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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

 「責任感が強いと思われている殆どの人は義務感が強いだけで、責任感じゃないんだってさ。まあ、俺もそうみたいだな。雑多な細かい気がかりばっかりで。真っ新の頭で演奏したいなあ」
 ・・・・そうかな。昔のあなたは知らないけれど、今はそうじゃないんじゃない。「軋轢を楽しむ」位なんだから。
 でも、知らない女の話をされるのは、何かむかつくから、言わないでおこう。
 「ねえ、私が傷つけた、『最初の彼のお姉さん』は、『アイデアと、それを実現できる方法を探す気さえあれば、自分だけの世界を作ることが出来る』と言ったの。私は、その言葉が大好きなの。
 もちろん上手くなりたいけれど、今までに聴いたことの無い音楽がやりたいわ。だって、それが出来そうな、私たち五人じゃない?」
 「そうだな。出来る限り、みんなのアイデアで曲を作りたいよ。
 楽器演奏者である限り、曲の中で、自分をどれだけ実現できるかは必要だよ。けれど、演奏全体を自分のものにして、共演者を活かす演奏とか、構造を作る力も必要だ。
 もちろん、お情けは要らないけれど・・・・。
 ただ、その両方を、どう責任持って常に輝かせるか、っていうのは、大事なことだと思う。
 みんなで曲を作っていくためには。・・・・難しいことだけどね」
 そういえば、私は以前、携帯電話で遮られた時、貴方にこう言いたかったんだ。
 「私、あのライブで、カミさんのこと、尊敬したんだ。
 勿論、輝広が珍しく我を押さえて、カミさんのコンセプトに寄り添って、ギターでかっちりバッキングしていたことも良かったけれど、カミさんのドラムがポイントを押さえてくれたから、ちゃんと帰って来られたんだなって。
 私、音楽が一端壊れかけたら、後はバラバラになるだけだって、思っていた。そんな音楽しか演奏したこと無かったし。
 破綻すれすれの混沌の入り口から、何度も新しい服を着て、帰って来たなんて、今まで、経験した事、無かった。
 ホント、感動したんだ」って。
 あれ、寝ちゃったの。先に送らせるのかよ。もう。
 結構、可愛い顔してるなあ。
 ・・・・あれ、なに。やだ。ドキドキする。
 ・・・・ヤバイ。私、この人に惚れかけてるみたい?

 (第三話 終/二〇一一年七月十一日)
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-12-07 07:00 | 第三話 「紫の指先」
 カミさんは、場所だけ言って様子を見ている。
 「行き方を言わないの?酔っぱらいって、足下見られるから危ないんじゃない」
 「まあ、寝てしまって、全く見当の付かない所で下ろされたことはあるな。百万遍の知恩寺の前で引きずり下ろされて、膝を擦り剥いたこともあったし」と小声で言った。
 「でも、相手がどう出るか、見てるのも楽しいからな」
 「楽しい?」
 「全部自分で決めてしまうのは面白く無いだろ。そんなにぼられた事も無いし。遠回りされそうで、ヤバイ時は言うけれど。
 積極的には話しかけないが、運ちゃんと話をすることも楽しいな。時々、十円単位ならまけてくれる人もいるぞ」
 「ふーん。
 ・・・・ねえ、関係の無い話をして良い?」
 「・・・・いいよ」
 「私が今、付き合っている人は、全部自分で決めてしまう人なんだ。仕事もね、責任感が強いっていうか、他人に任せて破綻した時に顧客に迷惑をかけるのが嫌だって言って、企画や資料作成とか、主な仕事は抱え込んじゃって、部下には雑用しか頼まないの」
 「ふーん」
 「私、そういう責任感の強い人に弱いのよね」
 「そうか。でも、それって責任感かなあ。義務感じゃない?」
 「義務感?」
 「俺が以前、付き合っていた子は、会社勤めしながらバンドでキーボードをしていたんだけれど、その子がよく言ってた。
 あゆみの彼氏は、机の上、整頓されてる?」
 「資料いっぱいで、あまりされてない」
 「本当に仕事ができる人は、机の上がキレイに整頓されているんだって。仕事の根幹は部下にやらせて、ポイントだけ頭に入れて、それをチェックするだけで、後は部下に任せちゃう。だから些末な資料は手元に置かない。その代わり、失敗したら、部下の責任、全部引っ被るんだって。そういう人が、本当に仕事ができて、責任感のある人なんだって」
 「そう・・・・」
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-11-02 08:00 | 第三話 「紫の指先」
     十六

 ・・・・付き合っていた人は、私がバイトしている事務所の正社員だ。
 彼は、何時も怒りを抱えていた。彼は何時も何かに熱中し、全てを理解しようとし、全てを分かってもらおうとし、全てを解説しようとした。それに反して、他人がその問題を分からないことに、彼の熱い思いを理解できないことに怒っていた。
 でも、それは仕方のないことだった。だって、話している言葉が違うんだもの。何かを変えようとしてもがく人と、安穏として前と同じ方法でスルーしようとする人では、自ずと話す言葉が違ってくるんだから。
 彼は、目の前で、今の自分の理想的な形が、自分のできる限り動いていなければ気が済まなかった。確かに彼は、職場の誰よりも努力しようとしていた。でも、体力や気力や家庭のちょっとした不都合が、彼の意欲を削ぎ、そして彼もその糸を辿って、逃げ込んだりして、弱いところを見せた。
 でも、私は彼の子ども染みたやり口が、どちらかといえば好きだったから、度々、彼の仕事を手伝ったりした。
 そして、その仕事のお礼に、飲みに連れて行ってもらって、色々話をした。最近の若い子は、口うるさい人と飲みに行くのを嫌うけど、私は美味いお酒を飲ませてくれて、なおかつコストパフォーマンスが良い店に連れていってくれるなら、別に気にしない。店が悪かったら、直ぐ帰るけどね。その意味では、彼の行く店はみんな良かった。
 後、私は彼のおかげで、あまり好きでなかったクラシックが聴けるようになった。
 彼はマーラーを愛した。マーラーを愛する自分を愛した。どう考えてもナルシストよね。他人を信じられず、周りから浮いてて、上手く行かないことが多くて、ストレスを抱えて・・・・。
 私は彼のことをちょっと気の毒に思ってた。そうこうしているうちに、心の中に入り込まれちゃった。だって、彼は甘えるのが上手いんだもの。
 でも、私は、あの人の責任感というか、完璧主義が段々居心地悪くなってきていたの。
 彼は、タクシーに乗る時、行き先を運転手に告げない。
 全部、道順を説明する。
 「最短で行く。タクシーの運転手は、距離を稼ぐために客を騙して変な所を通るからな」と聞こえるように私に言う。
 私は、家まで送られる時、それが何時も嫌だった。別れるための最短の時間を選ばれている感じがしたのも嫌だったし、全部自分のコントロール下に置かないと気が済まないような彼の態度に、何か違和感があった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-10-05 00:04 | 第三話 「紫の指先」
 「俺もそう思う。破綻すれすれの一発勝負。結局、ジャズの魅力はそれだよ。それを再認識した翁は、怖いものなしだな。
 あの音は、熱いから、きっと音楽で飯が食えるようになるよ」
 「ふふ」「なに?」
 「カミさんも相当よ」「そうかな」
 「ちょっと良い?」
 「何?」を訊くつもり?
 「あのね。私が日頃、どんな音楽を聴いて、演奏しているのかなんて、あの人には関係なかった。あの人の好みの型にはまった私を好んだだけで、ライブハウスでベースを弾くような私は好きじゃなかったのよ」「そう」
 「でも、私は本当と思える喜びを知ってしまった」
 「うん」そうだろうな。
 「だから、・・・・もう、帰れないんだ」
 俺は、あゆみを見た。憑き物が落ちた顔があった。
 俺は、「お前、また歌えよ。歌、良いよ」とだけ言い、照れ隠しにあゆみの肩をポンポンと叩いた。そして、俺達は飲み続けた。
 「お、今からバンドネオンを入れて、オリジナルを演奏するってさ」「へえ」
 「ふんふん。このオリジナルはマシだな。こんなのもっとやれば良いのにな」
 「きゃははは」「何がおかしい」
 「音楽バカね、カミさんは。それとも、私に気を使ってる?」
 「そういう訳ではないが・・・・」
 「バレバレよ。面白いわあ。
 ねえ、私もさ、バレてると思うけど、伸びては縮むバンドネオンみたいに、気持ちが行ったり来たりで、安定しないのよ。
 ・・・・これ以上、バンドにいると、迷惑がかかると思う」
 あゆみは目を伏せて、言った。
 おっと、まだテイク・オフしてなかったか。
 「似合わないから、自分をクサすのも大概にしろ。終いには怒るぞ。・・・・そうだな、落ち込んだ時は、この前アンコールで歌ったように、『何時でも電話して。君には友達がいるんだから』」
 俺はそう言って、あゆみの頭を軽くポンポンと叩いた。
 「・・・・じゃあ、カミサンも携帯電話、持ってよ」
 「俺は、そんなもんに使う金ないよ。個人練習で出かけてる時以外は、夜は殆ど家にいるから」
 「分かった。何時でも良いのね」
 「・・・・やっぱり深夜二時以降は非常事態だけにしてくれ」
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-09-07 20:00 | 第三話 「紫の指先」
 「なるほど、一バンド一曲ずつね。あれ、うちが二枚目トリで、・・・・この演奏時間。ひょっとして、まるまる入ってるの?」
 「その通り。十八分四十二秒。『青い光』が、イントロの冬美ちゃんの即興も含めて、全部入ってる」
 「信じられない。歌の部分だけだと思ってた」
 「私も。よっぽど気に入られたみたいだわ」
 「・・・・他のバンドに悪いな。全然、出演してなかったのに」
 「YAEが強力に押してくれたんだって」
 ・・・・あいつ、やってくれたな。「かけてもらおう」
 いい音だ、とは言えなかったが、メリハリのある録音だった。ラインの音だけじゃなくて、ちゃんと外の音もミックスしてあった。やっぱり、この四人は・・・・「凄いな」。
 「私も、凄いと思うわ。カミさんのドラム」
そうじゃなくて。あゆみの粘っこいグルーヴ感が改めて凄い。
 「・・・・こうやって聴くと、俺達、合ってないわけじゃないな」
 「私もそう思った」
 「ベースが良く歌ってる」
 「そう? ただただ必死よ」
 「神ノ内さん、何だか良く分からない曲だけど、この演奏良いじゃない。くれるなら、店で宣伝するけれど?」と「紫煙」の姉さんは言った。
 「千枚作って、実はもう、何故か在庫があまりないそうです」とあゆみは言った。

 翌日、俺は仕事を終えて、梅田の大阪ブルーノートへ。
 俺達は、その若い日本人ピアニストの指使いがよく見える席に並んで座り、赤ワインのボトルを飲んだ。彼は、巧かった。きっと、深浦翁より、指使いは器用だっただろう。
 でも・・・・。俺は死ぬ程、退屈だった。若いくせに、癖のない歌物のスタンダードばっかりやりやがって。
 「退屈ね」食い入るように聴いていたくせに、あゆみもそう言った。
 「・・・・結局、あの人はこういうちゃんとした所で、綺麗な音を聴く人なのよ」「そう」
 「私、草ちゃんの方が、断然好きだな」
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-08-03 00:40 | 第三話 「紫の指先」
     十五

 冬美は帰る時まで機嫌が悪く、毒を吐いていた。輝広は言葉少なだった。きっと二人は、半身を盗られたように感じていたのだろう。俺だって、今、こいつ等をステージ下から見上げるのは、あまり良い気持ちがしないと思う。
 全体の軽い打ち上げの後、薫子と輝広は、深浦翁と井能さんをつれて飲みに行った。
 俺とあゆみは、寺町御池の「Bar紫煙」に行った。俺は薫子達と一緒に行きたかったんだが、少しブルーなあゆみが帰ると言い、薫子が「今日の歌、良かったんだから、バンドの時もオリジナルを歌うように、あゆみちゃんに言っておいてもらえますか」と頼まれて、あゆみを誘ったのだ。
 土曜の夜だというのに、客はまた、俺達だけだった。
 不意にあゆみが言った。「明日の日曜の夜、空いてる?」
 「ああ」
 「大阪ブルーノートのチケットがあるのよ」
 「誰のライブ?」
 「知らない。カミさん知ってる?」
 あゆみは手帳からチケットを出す。
 「ああ、和製Chick Coreaみたいな奴だろ。こんなチケット、どうしたの」
 「別れた彼がくれた。私、彼と別れちゃった」「・・・・そう」
 「別れてって、私から言ってやった」「そう」
 「予約してたからって、くれたの」「そう」
 「今の職場、辞めるつもりないから、彼との関係は、まあ、ちょっとキツイけれど。
 私は、今までの自分とはサヨナラしなきゃね」
 「仕事は手伝ってやったら。でも、甘やかすのは止めとけよ」
 「そうするわ・・・・」
 俺は突っ込んで聴くつもりもなく、あゆみもそれ以上言わなかった。
 「あ、そうだ。さっきカオルンからカミさんにって、預かったんだけど。これ、この前の“underground garden”の閉店ライブ・イベントの時のオムニバスCD。坂本さんが人数分くれたんだって」
 「・・・・ダサイな、このジャケット。二枚組?」
 「裏見てよ。ちょっとびっくりするわよ」
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-07-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 ・・・・低くて、暗い歌い方だけど、粘つく感じの無い、すっきりとした歌い方だった。等身大の、あいつの、気持ちの良さが出ていた。
 そうか。あゆみは、今を捨て去って、次の世界に行くつもりだな。歌詞に発言を引用された俺は、少し恥ずかしい気がした。
 そして、アンコールはCarole Kingの「You've Got a Friend」だった。これはあゆみのリクエストだ。名手を従えて、あゆみは自信ありげに歌い切った。
 俺たちが終わったのは、既に十時に近かった。帰ろうとする冬美を見送るため、俺たちばかりか、翁や井能さんまで店の一角に集まっていた。
 どうやら、井能さんはあゆみを気に入ったみたいだ。ベースを教える代わりに、ツアーに同行して歌ってくれないか、というお誘いを、あゆみは丁重にお断りした。
 「大丈夫ですか・・・・、右手は」薫子が翁に言った。
 「ああ、少しくたびれているが、大丈夫だ。ほら、この通り」
 一瞬の出来事だった。翁は右手を伸ばして薫子の胸を揉んだ。蜘蛛の足のように、するすると。
 「草ちゃん!」あゆみが叫んだ。
 「あまり、甲斐がないな」
 そりゃ、“あるやなしや”だもの。
 「・・・・手じゃなければ、叩いても良いですか」と言うが速いか、薫子は翁の頬を軽く平手打ちした。井能さんが面食らっていた。
 「・・・・優しいな。本気じゃないとは。惚れたか」翁はにやりとして右手を離した。薫子の表情は冷静だった。
 「ええ、その通りです。
 私は、深浦さんに惚れました。
 冬実ちゃんにも、先生にも、あゆみちゃんにも、・・・・神ノ内さんにも、惚れてます。それがなにか?」
 「ふん。ワシに何を求める?」
 「何も求めない・・・・。深浦さんが深浦さんでいること以外は。そうね、では、私のバンドにご協力を」
 「入れとは、とは言わないのか」
 「うちは一応、ロック・バンドですよ?」
 「え、そうだったのか」と、俺と輝広は同時に驚いた。
 「・・・・まさかプログレじゃないでしょうね」と、あゆみが言った。
 「フン!」と冬美が鼻を鳴らした。
 「必要な時だけで良いのです。それと、自慢の奥様をご紹介下さいな。料理がお上手なのでしょう?」無視して薫子は続けた。
 「・・・・いいぞ。女の孫が無いから、喜ぶだろう。
 それと、やはり礼を言わねばならんだろうな。
 お前の言う、“ハプニングや間違い”な。つまりそれはワシそのものだ。だから、妻がワシを助け、励ましてくれたようなやり方で、左手がすれば、右手は軽々と飛べるのだ」
 翁の左手は、右手を包み、さすった。
 「ふふふ」と薫子は微笑んだ。
 翁の薬指は血の気も良く、明るい色をしていた。俺は何となく安心したのだが、それに気付いたのか、翁は右手の親指を人差し指と中指の中に入れ、「今日は少し、俺のこいつも熱くなりよったわ」と、ニヤニヤしながらぐっと握って見せた。
 薬指は仕事をやり遂げ、ひっそりと自慢げに添えられていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-06-01 08:30 | 第三話 「紫の指先」
     十四

 緊張が一気に解けた溜息と、申し分の無い拍手があった後、「では、最後に、あゆみちゃんの歌で、終りにします」と薫子が小さくアナウンスした。
 ボーカルマイクが用意される。
 あゆみは客席から舞台へ上がったが、かなり緊張している。
 「ダメだ。ベース持ってないと落ち着かない」
 ボーカルマイクを素通りして、俺の前に来たあゆみは言った。
 「ベースを弾いている時と特別違うようには感じるなよ」
 「私の歌を聴いたら、きっとカミさんと私、合わなくなるよ」
 何、女みたいなこと言ってんだ、こいつ。
 「大丈夫。俺はあゆみのことを良く知っている」
 「何を」
 「鶴亀算の嫌いなことと、ハスキーな良い声だということ」
 すこし、あゆみの頬が赤くなったような気がした。
 翁がイントロを弾く。まだモノになっていない、あゆみのきれいなオリジナルだ。

 「酷く 孤独 こども
  響く 届く ことも
  期待 したい 何か
  誰か 優しい 仕草

  けれど 待ってて どうするの
  自分を 押し込め 殺しちゃう
  そういうのって もう止めない?

  私と貴方 軋轢を 楽しみたい
  お互いの 孤独を 確認したい
  みんな孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの」

 ふふん。絶対に薫子には書けないし、歌えない歌だな。
 薫子のフルートが、優しく絡む。

 「みんな 孤独 こども
  大人に なんて なれない
  なのに 貴方は 自分だけ
  孤独じゃ ないと 言ったのよ

  だから 私は貴方と さよならする
  私たち 対等でないなら 遊べない
  そういうのって もう止めない?

  私は貴方の 寂しさが 好きだった
  お互いの 孤独が 引き寄せた
  二人孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの

  馴れ合いなら いらない
  対等でないなら 遊ばない だから、バイバイ」
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-05-04 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 小さな鼻腔が、タバコで汚された空気をそれでも健気に吸い、はちきれんばかりの輝かしい音となって解き放つ。
 客達の、中途半端な、情念、雑念をそれでも吸い込んで、アルト特有の、キラキラした、粒の立った、雑味の全く無い音に浄化して撒き散らかす。
 飢えた客は、ただ、それを享受する。
 その輝きを、しっかりと捉えることはできないのに。
 なんて、汚らしい。だが、崇高な儀式・・・・。
 おっと、俺は崇め奉る気はない。
 ただ何故、俺はこいつに会い、何時も、身を削がれるような緊張感で、この音と対峙しなければならなくなったのだろう、と考えていた。
 捉えることが難しい、スパークしながら走り去る閃光。
 眩し過ぎる。だが、こんなに怖くて、楽しいことはない。
 薫子は激情には駆られない。むしろ、次第に冷えていくのが分かる。
 その速度が、硬度が増す程に、俺の力も満ちていく。身体は熱くなるけれど、心は落ち着いていく。
 翁のピアノソロを聴いてから、なんだか、余計な意識が抜けた気がする。俺は、薫子を聴き、薫子は俺を聴いている(ような気がする)。
 俺は運命など信じない。
 だが、出会うべき者は、必ず出会うと信じていた。
 今、はっきりと俺は薫子に出会った必然を感じていた。
 薫子は、「“思い”は残ると信じている」と言った。
 音楽は奏でられる端から空中に消え去る。どんなに音の良い録音をしようが、その生命は削がれ、再生されるたびにまた削がれて行く。人の心にも偏った残像しか記録されない。
 だが、逆に、どんなに音が悪かろうが、断片になろうが、強い“思い”は、決して滅ぼすことが出来ないのだ。
 俺は、それをEric Dolphyの「Last Date」の中に、何時でも鮮明に感じることが出来る。
 だから、そう言い切った薫子に驚いた。
 何故なら、薫子にも、この二十歳前の女の子の中にも、それを感じるからだ。
 きっとこいつは、何処かで、強く決意したのだ。
 それがどんな決意であって、何を成そうとしているのかは、分からない。だが、即興演奏という終わりの無い旅に、向かおうとする人の決意であることは分かる。
 俺も、一緒に行って良いか?
 “そうね。今くらい、しっかりと話せればね”
 薫子の声がしたように感じた。テーマに帰る時間だ。
 本当に楽しかった。
 足元には暗闇が広がる。常に新生しなければ囚われてしまう暗闇。俺たちは必死にスパークする。その光が一時の安らぎに向かう時間。
 薫子が、翁と井能さんの分厚い音に乗り、イントロにも増して、明確に、「Confirmation」を吹奏している間、俺は、二人で共に創造する解放と神秘を、共有できる時が来るのだろうかと、夢想した。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-04-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 被せて入った翁のフレーズは軽やかだった。右手がメロディーを紡ぎ出す。左手が寄り添い助ける。時々右手が言葉足らずになりそうな時、左手がそれをしっかりと説明するフレーズを紡ぐ。そして、さらに右手はジャンプしていく。
 右手がアイデアを提示し、歌い切れない所は、左手が十分に歌って、ストーリーを完璧なものに近づけていく。
 そう、「アドリヴは一瞬の閃光」。示されたその光の先へ、倒れることなく右手と左手は先頭を譲り合いながら、走り去っていく。それがとても美しい。
 薫子が笑っている。なんて無邪気に、子どもの顔で。
 このジジイは、もう心配なさそうだ。やれやれ、また厄介で魅力的な知り合いが増えてしまったようだ。
 そしてピアノソロが終わる。テーマに帰る手前で、左手にフレーズを歌わせながら、翁は立ち上がり、薫子と俺を指差す。“ワンコーラス、二人でやれ”と。
 すぐさま薫子が翁をリスペクトしたような流麗なフレーズを吹く。俺は、少し驚いたが、アクセントを付けて次の小節へ。
 そうか。まだ楽しんで良いのか・・・・。
 翁と、井能さんが俺を見て笑っている。しまった、嬉しげな顔でもしていたのだろうか。どうせガキですよ、三十前なのに。
 と一瞬考えたのもつかの間、俺は二人の世界に入っていく。
 俺は薫子を見つめる。コードの呪縛から離れようとして、でも曲想が提示する世界を否定することなく、自由に飛び回る薫子の音と、指と、頬と、唇と、目を。
 なんて美しいんだろう。そしてなんて怖い。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-03-02 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 俺は、苦手なドラムソロを敢行する。短いようで長い四小節。
 そして、薫子のソロ。圧倒的な。
 本当はピアノソロの後に来るはずのフォーバース(四小節交換)。つまりの、薫子と俺との、「入れたり出したり」。
 俺には、ドラムソロを長く続ける程の、気の利いた芸はない。
 だが、薫子は容赦してくれない。
 俺が客なら、おまえのファンなら、きっと真正面でおまえの生音を浴びる今この瞬間を、恐ろしい快楽と思うだろう。
 今の俺には、それを感じる余裕はない。
 ただ、お前に甘えず、お前に引きずられず、お前を拒否せず、お前の美しさと、俺の全ての、両方を輝かせるために、俺がやれることは何か。ただ、それだけを考えてスティックを振り、ペダルを踏む。
 薫子は、ドラムソロを、俺を冷徹に見ている。
 冷徹だが、軽蔑のない、例の温度で。
 俺は、お前のその視線が好きだ。一瞬たりとも、気の抜けない、緊張感が。
 お前が、俺を、いや、他人を、入り口から拒絶する人間で無いことが、分かっているから。
 お前は、あゆみを取り戻すために、ボイドと対決した。
 そのことを話す時に見た、頬の赤らみは、決して、ボイドを人間として無視した者に現れるものじゃなかった。
 無視は苛烈なノン。対決は相手を意識するノンだ。
 だから、お前はきっと何処かで、ボイドともう一度、「出会う」つもりだろう?
 だが、音楽の場でお前と出会う人間は、お前と対等に話せる技術と力がなければ、ただひれ伏すか、無視するかしかない。ひれ伏せば薫子は興味を失い、無視すれば蹂躙しようとするだろう。
 ・・・・四回のフォーバースが終わる。今日の俺は、防戦一方だが、俺は絶対にお前に支配されはしない。例え傷付こうが、俺はお前と切り結ぶのが楽しいからだ。きっと、他の三人もそうだろう。
 終わりのテーマに戻る時だ。薫子はフレーズをまとめた。
 俺へのまなざしは何か言いたげだ。だが、今は翁へ振り向いた。翁も俺たちを見ていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-02-02 10:00 | 第三話 「紫の指先」
 冷たく高速の即興のまま、二コーラス目に入る。薫子は息切れ一つしない。翁は相変わらず、可愛くフォローする・・・・。
 が、突然、俺の方を振り向いて、左目でウインクする。
 そして、トンと不協和音を響かせる。
 俺は、乗じて喧しくタムを打ち鳴らす。
 あいつを混乱させる気は無いが、ジャズ・ドラマーはバックミュージシャンじゃない。ジャズは食い合いだ。
 食われたままで終われるか!
 薫子が振り返る。口元が笑っている。あいつはやる気だ。ピンマイクはアルトの口に付いている。
 だから、吹く向きはお構いなしだ。
 目が俺を捕らえる。鼻腔が小さく広がり、大きく吸い込むのが分かる。
 最前列の、冬美の冷たい顔も見える。薫子を凝視する眼差しが、俺も突き刺している。
 輝広とあゆみも俺たちを見ている。
 薫子の頬が少し膨らんだり縮んだりする。
 凄い音量で、こんな速いフレーズを吹いているのに、顔色は変わらない。とても、慎ましやかに仕事している。
 俺は今、あいつの考えていることの十六分の一音符単位、出来ればその半分の範囲の遅れで、共感し、出来れば、先手を打ちたいと思う。
 だが、四分の一小節は感覚が遅れている。
 フォローして、プッシュしてやるだけじゃダメだ。
 俺に着いて来いよ!/と誘ってもあいつは振り向かない。
 そのフレーズは中途半端だよ!/どっからそのフレーズ持ってきた!くそ、最高じゃないか!
 これで行け!/だが、あいつはそれを踏み台にする!
 俺達の距離は少しずつ縮まる。/追いつくことができない。
 ああ、あいつは何なんだ。凄い。
 俺はプッシュしてやることしか出来ないのか・・・・。
 と思った時だった。
 フレーズの最後、リードがコントロールを失って、高く呆けた音を出した。意を決したように、長くそれは放たれる。
 井能さんの太い音で俺は自分を取り戻す。
 翁が重いコードをぶち込む。
 おれは、精一杯鋭く、フィルインする・・・・。
 しまった!小節の終わりだ。次はピアノ・ソロだ。
 だが、俺は次の仕掛けに入っている。
 翁が振り返る。「そのまま、行っとけ!」と唇が動く。
 井能さんの右手がベースのネックを握って止まった。
 ・・・・薫子が俺の正面に来て、向けた人差し指を上に振った。「行け」という意味だ。
 ・・・・ここまで詰められちゃ、行くしかないね。
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# by jazzamurai_sakyo | 2011-01-05 23:22 | 第三話 「紫の指先」
 テーマが終わり、薫子が飛ぶ。リードがカンカンカンカンとなる音が聴こえるかの如く、音は粒立ち、一つ一つが力を持つ。明るく、クリアーに、放たれる。
 “The Sorcerer”での演奏が、まるでウォームアップだったかのように、俺のど真ん中に投げ込む。
 俺は必死だ。勿論、スウィングなんて無理だ。ただ、フォービートを維持するだけだ・・・・。
 でも、ええい、失敗を恐れてはいられない!
 今日、一番、やれてないのは、俺だからだ。
 “ハプニングを上手く使って、違う世界に飛び込みませんか”と薫子は言った。そうするよ。幸いベースが堅実だ。井能さんを頼りに、恐れず突っ込んで行こう。
 トーン、と、ピアノの音がした。そして、コロコロとアルトにクロスする。
 薫子は、くすぐられる様に、それを可愛がる。翁は、あえて速さを捨てて、薫子と遊ぶつもりかな。
 俺は、それを隙と捉えて、リムショットの連打を打ち込む。
 だが、薫子は、低くブローして俺をあしらう。
 そして高低のフィールドを自由に交換して、思いっきり前へ蹴り飛ばす。
 くそ。無視されているのではないことは分かっているが、その乱されない姿勢を、俺は少し腹立たしく感じていた。
 俺がこんなに必死でやっているのに、こいつは何故、何時も独りで、甘えを排して、媚びることなく、立っているのだろう。
 俺は、薫子を追いかける。そして、ノースリーブの背中を見つめる。痩せている、と思ったけれど、華奢ではない肩だ。
 そのきれいな肩の筋肉が、感性を飛翔させるために、熱を帯びているのが分かる。あいつは複雑なフレーズを吹き切るのに、身体をくねらせたりはしない。凛とした背中は、目的のために最少の力で、最高の音を出すためにだけ、鍛えられているのだろう。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-12-01 23:52 | 第三話 「紫の指先」
     十三

 薫子はドラムの前までタオルを取りに来ると、少し屈んで首筋を拭いた。そしてフロアタム側から俺の耳元に囁いた。
 「タタタタって、これくらい速く始めて・・・・」
 ・・・・今まで全く意識したことのない香りが、ふっとした。若い汗の香りだ。俺はちょっとくらくらした。
 「良いですか」
 「ああ、良いよ」と、朦朧と答えてしまった。
 「・・・・今日の神ノ内さん、らしくないですよ」
 「・・・・緊張かな」俺は、目を逸らして言った。
 「やっぱり、らしくない」
 まあな。だが、仰せの通りに致しますよ。
 その香りを、お前の本気を嗅いだ限りは。
 俺は閉じたハットを素早く叩き出す。翁の「速いぞ!」という叫び声が聞こえた。だが、俺は意に介さず、軽くフィルインする。井能さんが苦笑しながら入ってくる。
 Charlie Parkerの「Confirmation」、薫子のリクエストだ。
 薫子は明るく快活にテーマを歌う。諦めた翁の左手が、やれやれといった感じで、コードを落とす。
 きっと薫子の中で、ここまでのシナリオは出来ていたのだろう。本物なのか、もう一度、試すつもりだな。
 俺は良いけどな、速いのは。客は相当びっくりした顔をしている。それは、恐らく薫子の技術の高さにだろう。
 ただ速いのは馬鹿でもできるが、往々にして演奏が痩せてしまう。音は出切らない、手癖に頼るから、バリエーションもない。
 テンポを維持するのに、意識が集中するからだ。
 テンポという手段が、目的になってしまう。
 ところが・・・・、薫子の切れは尋常じゃない。テーマ吹奏の中に、ちゃんとその後の即興の方向性が示されている。あいつは、真正面からParkerをリスペクトするつもりだ。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-11-17 07:00 | 第三話 「紫の指先」
 コイツは、突き付ける。常に、選択を。進むか、退くか。右か、左か。
 何時だってそうだ、らしくない瞬間も知っているけれど、コイツの本性はそのはずだ。
 刹那刹那、俺は決断し、対峙しなければならない。
 急上昇するフレーズ、Jackie McLeanのような。
 俺はスネアを連打し、クラッシュを突っ込ませる。
 果敢に六順目に向かう翁。粒の立った音で右手を滑らせる。
 何というフレーズ、逃げも隠れもしない、モードの限界を高速で描き切ろうする・・・・。無茶だ、出来っこないよ。
 そら、またつっかえた。
 だが、右手は全く動揺しない。
 左手にそれを発展させる高速フレーズを弾かせて、また、その上に乗って、すべらかに歌わう。
 それをまた受け取って発展させていく薫子の七順目。
 やられた・・・・。凄い同調。翁はコードでプッシュし、左手のフレーズは薫子の即興を拡大する。
 引き続いて、左手のフレーズから低くつなぐ。
 ゴンゴンゴンゴン!と太い音がゆったりと上昇する。
 段々と力を蓄えてラストに向かう、左手。
 ガツンとコードが落とされる。
 それに乗って飛ぶ薫子。ラストのソロ。
 飛び出す刹那に刺激的なコードを撃つ翁。
 薫子のソロは翁の八順目に乱入する。翁は気にせず、左右のつなぎを意識させず、上手く交差させて、爆発的フレーズで急上昇する。多少の濁りなど関係ない。
 飛んでやがる・・・・。
 クソ、楽しいじゃないか! 俺は目一杯プッシュしてやる。
 翁の背中が喜悦に満ちているのが分かる。
 カッコいいぜ、じじい。
 八順目が終わりに近づく。スカンスカンとスネアを鳴らせ、Elvin Jones風のタムの連打を入れた時、薫子は少し熱を帯びたまま、テーマに帰ってくる。
 翁は飛び続けている。凄いな。
 テーマは繰り返され、翁は降りてきた。ユニゾン。俺はスネアを連打し、翁は決めのコードを落とす。
 俺は、ハイハットを開放で鳴らして、アクセントをつける。
 井能さんは複数弦を鳴らす・・・・。
 客が大きく拍手した。そらそうだろうな。これを聴いて冷えてたら、ライヴにくる意味ないよ。
 薫子が、横を向いて少し笑った。
 翁も薫子を見て満足そうに笑った。
 ふん。やっぱり吹っ切れたな・・・・。これが翁の本当の姿だったんだな。
 そう思った瞬間、薫子は振り返り、俺を見て“そうよ”と言わんばかりの自慢気な顔をした。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-11-03 01:13 | 第三話 「紫の指先」
 俺はアプローチを変えて、プッシュしてやる。まるで示し合わせたかのようだな。
 いや、違う。恐らく、翁は薫子を認めたな。だから、導かれる所に行こうとしているのではないのか。だが、薫子の性格からして、それはなかなか困難なお付き合いだぞ・・・・。
 三順目、改めて曲に向き直ったように、音を選ぶ薫子。この曲の使える音は広い。噛み締めるように付き合う翁。
 やるな。俺はハイハットを開いて連打し、リズムを広げる。
 四順目、曲想を裏返したかのように、上下に動くフレーズを正確に吹く薫子。お前はひょっとしてMilesのモード研究も相当やったんじゃないのか。
 続いて、素早い指使いで上下に飛ぶ翁。跳ねてるけど、きつくないか?
 俺の心配は当たった。終わり間際に右指がつっかえたのだ。
 俺はかき消すようにフィルを入れる。
 五順目、薫子は容赦なく高速フレーズを紡ぐ。引き離しにかかるのか。とにかく、凄い。例のタンギングで、くっきりとした音列が、バンバンバンと、まるで連打のように効いてくる。俺は合わせて畳み掛ける。井能さんのベースが唸った。
 さて、翁の紫の指先はどうする・・・・。
 心配は無用だった。翁は薫子のフレーズの尻尾に乗って、加速する。
 さては、Harbieを相当研究したな・・・・。新感覚派は嫌いじゃなかったのか?
 等と考えている暇は無かった。本当に速い。こんな細かい譜割で弾ききれるのか・・・・。
 と思った瞬間、外した!中途半端な所で。
 俺はフォローせず、逆に崩しにかかる。今は喰い合う時だ。
 だが、翁は音が混濁し、分断しかかるのも恐れず、躊躇せず弾き切る。フレーズは説得力を無くさない。そして、冷静に左手の連続に変化するコードを挟んで、次のフレーズに行く。
 背中が落ち着いている。
 薫子は何も気にせず六順目に向かい、一層大きな音で紡ぐ。
 何処で仕掛ける?
 俺に翁を心配して、迷っている暇は無い。薫子の前では。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-10-20 01:46 | 第三話 「紫の指先」
 おっと、という顔をして、井能さんが振り向いた。知ってか知らずか翁がトンとコードを落とす。俺はその助け船ですら喰うつもりでスネアの縁を叩く。井能さんは、急激に下へ降りて、低音をドンと鳴らす。
 すみませんね、一人で場を作らせちゃって。まあ尤も、俺は援護する気はないが。
 俺は、間合いを詰めていく。だが、油断すれば切られる。何せ相手は“葉隠れの侍”だ。
 しかし、彼の低音捌きは本当に凄いなあ・・・・。簡単には斬り込めない。油断すると己を失ってしまう。
 当然のことだが、俺もまだまだ・・・・だな。時々、感嘆し、焦り、導かれ、反発しながら、俺は井能さんとのやり取りを楽しむ。
 終わりが近づく。俺は軽くフィルして、井能さんはビートを刻みだす。うーん。これも凄いクールなグルーヴだ。
 薫子のアルトと翁の右手がテーマをユニゾンして吹奏する。
 左手がコードを落とす。
 俺は少し派手なフィルを入れる。
 さて、楽しい「入れたり出したり」の時間だ。だが、それは薫子と翁のではない。俺とお前達のだ。
 すっと薫子が入る。Shorterが睨み返しそうなクールなフレーズ。あいつ、“Milesはファシストよ。私は嫌い”と言ったくせに。どの口がこんなフレーズをすらすらと歌ってるんだ。
 それを受けて、換わった翁がするすると弾く。速い!
 よくもこんな綺麗なフレーズを高速で展開できるな。尊敬するよ、全く。
 二順目、薫子はキイキイと高い音から入って急滑降する。
 速すぎて取り付く間が無い。だが、俺はスネアを乱暴に鳴らす。手早く、それでいて複雑なフレーズを組み合わせる薫子。
 簡単には盛り上げさせないつもりだな。
 グルーヴはがっちり井能さんが確保してくれてる。
 俺は行かなきゃだめだ。
 バスとフロアを連打して土台から崩そうとする。
 それでも薫子は崩れずに吹き切って、翁が滑り込んでくる。左右のオクターブ違いでゴツゴツとしたフレーズで攻める。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-10-06 22:34 | 第三話 「紫の指先」
 “俺が一緒にやってきたベーシストは、エゴを出せないヤツばかりだった。”
 じゃあ、演奏が上手くて、かつエゴを示せるベーシストと演奏する時には、今のように、一歩、退くというのか。
 ひょっとして俺は、ベーシストの奏でる音楽が、よく分かってなかったんじゃないか。
 バンドの中で退いた存在だと、リズムを司るのは自分だと、ベースは自分の支配下にあるものだと、無意識に思っていたんじゃないか。
 そういう奢った気持ちがあるから、責任感ではなく、義務感に支配されるんじゃないのか。
 今、俺が聴いている井能さんの演奏と、あゆみの演奏の違いは何だろう。確かに技術の差はあるだろう。だが、井能さんだって、あゆみのようにはファズの効いた音は鳴らせないだろう。
 俺が知っているのはそれだけで、実は俺はまだ、あゆみの本当の音楽を知らない。
 あいつは父親の存在という圧迫感の中で、自分の解放を探るためにベースを手にしたんだろう。
 そして、薫子と、冬美と、輝広という、性格は悪いにしても開放的な考え方を持っている(だろう)共演者を得た。だが、最も理解してやるべき楽器を演奏する俺は、未だ昔の硬い考え方に縛られている・・・・。
 俺が、そういう固執から自分を解放してやることが、あゆみを解放してやることになるんじゃないか。
 夢の中で黒猫のエリックは言った。“形式として自由を求めれば、すぐさま、抑圧は君を取り囲み、飼い慣らすだろう”と。俺はまだ、型に填めて考えすぎているんじゃないか。
 そんなことを閃いていた時、アルトを抱えて、俺を見る薫子に気が付いた。右手を小さく振って、ビートをキープしている。
 うん。冷たいけど、優しい目だ。ありがとう。その視線が俺を覚醒する。残りの小節は少ないが、俺は退くのは止めた。
 もっと良く聴いてみよう。そして、相手の共犯者となるんだ。
 俺は井能さんの一瞬の間を捉えてハイハットで切り込む。
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-09-15 00:45 | 第三話 「紫の指先」
     十二

 俺は軽くフィルしてシンバルをそっと揺らす。
 最後はまた、アルコのベースをバックに、薫子がテーマを変奏する。ゃっぱり、このアレンジなら、フルートのソロを先にした方が良かったか。
 だが、井能さんがしっかりとテーマを奏でてくれたおかげで、上手くまとまった。カデンツァは、無しだ。
 ふん。今度は結構な量の拍手があった。冬美は拍手しない。
 俺は薫子がアルトに持ち替えるのに、ドラムの側に来た時に言った。「冬美が睨んでるぞ」
 「嫉妬よ。ああいう時は気にしない方が良いわ。・・・・触ったら切られるだけ」と薫子は言った。
 嫉妬って、お前らやっぱり、付き合ってんの?
 などと考えている間もなく、井能さんが速いテンポでウォーキングした。やっぱり、フォービートに関しては、この野太さは、あゆみにはまだ出せないな。
 Harbieの“The Sorcerer”。この曲は翁のリクエストだ。きっと挽回するつもりなのだろう。
 薫子は例の不敵なテーマを、この前よりも切れ重視で吹いた。俺はより乱暴に入っていく。そして、テーマの終わりに入る部分で、派手におかずを入れてやる。
 それを無視して、翁はトンと美しく冷静にコードを入れた。
 そして、もう一度、右手のシングルトーンとアルトのユニゾンでテーマを繰り返す。ベリー・クール。俺も嫉妬かな。変則的なおかずを入れてやったが、二人は崩れない。そしてまた、左手がコードを美しく落とす。
 ベースが躍り出た。ソロは井能さんからだ。
 うーん、凄いな。上下の跳躍と、楽器の鳴らせ方が圧倒的だ。
 なんという開放感、なんという歌いっぷり。おっと、うっかりするとリズムを失いかける・・・・。俺も応じるか。いや、今日はもう少し大人しくしよう。せっかく、尊敬できるベーシストと共演しているのだから・・・・。
 待った!
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# by jazzamurai_sakyo | 2010-09-01 23:37 | 第三話 「紫の指先」
2010年8月11日、18日、25日は、夏休みのため中止です。
2010年9月から月2回の放映で行きます。
予定は第一、第三水曜日です。

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# by jazzamurai_sakyo | 2010-08-11 23:44 | 第三話 「紫の指先」