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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第二話 「青い光」 第10節の6

 ひょっとして、投げている訳じゃないだろうな。
 俺は、薫子の手首を握って、フロアーの外に連れ出した。
 「冬美が来なくても、あの曲を演るしかない。薫子が、フルートで冬美のパートを演るんだ」
 「・・・・いいわ。その代わり、冬美ちゃんが来なかったら、歌詞は歌えない」
 「・・・・何故」
 「答えなきゃいけない?」薫子は、また言った。
 「今度は、“良いよ”とは言えないな」
 「・・・・歌う意味が無いのよ」薫子は俺の目を見た。その瞳に、嘘が無いのを見た時、俺は、少し迷った。
 “止めるか?”と言いかけた。
 だが、俺は今日の演奏を、自分なりに大事な転機と思っていた。俺が本当に、自分をこの世界に問いかけるために。
 だから、俺は自分に対して言う様に、薫子に言った。
 「それは、客には関係がないことだ。分かっているだろう? この癖の強い対バンと客の中じゃ、強い意志力を演奏に込めなければ、演奏が上手いだけじゃ、印象に残るパフォーマンスはできない。
 オマエが歌わないと、この曲は多分、空虚な絵空事になってしまう。そして、・・・・前には進めない」
 「オマエなんて言わないで」
 「どうでも良いから、俺の言ったことが理解出来るのか、出来ないのか、それに答えろ」
 一瞬の沈黙があった。薫子の瞳には、まだ少し、迷いがある様に見えた。
 この迷いが、紫野山さんの言う、“ガキ”の部分なのか・・・・。
 等と、考えているうちに、ふっと、薫子の瞳に何時もの強い眼差しが戻ってきた。
 「・・・・分かっている。貴方に声をかけた時から、それは分かっている」
 薫子は、俺の目を直視しながら言った。
 それで良い。その強い意志力が、たぶん薫子だ・・・・。
 その時だった。店の入り口から、冬美が入って来たのは。
 「あれ。お出迎え?」と戯けた冬美の、頬と唇は生気が無く、青ざめていた。
 薫子は、するすると冬美に近づくと、冬美の背中に両手を回して、抱きついた。気づいた周りの何人かの好奇の目を余所に、耳元で何か言った様だが、次の瞬間には突っぱねて奴の左頬をひっぱたいていた。
 冬美は、何も言わずに立っていた。周囲の客が、ビビってる。
 ・・・・拍手の音がする。どうやら、“White Heat”の持ち時間は終わった様だ。
 「行くぞ」俺は二人に声をかけた。
by jazzamurai_sakyo | 2009-04-22 01:51 | 第二話 「青い光」

by jazzamurai_sakyo