第三話 「紫の指先」 第四節の1
四
「なんだ。ジャズというよりはプログレッシブ・ロックでもやりそうな顔の兄ちゃんだな。君はBill Brufordが好きだろ」
ジャズ系ライブハウス『Stride』が経営する、白川通りに面したスタジオの待合いで、その小柄な老ピアニストは唐突に言った。
臆した訳ではなかったが、あまりに図星だったので切り返すことができず、俺は一瞬、凍ってしまった。彼はその間を見逃さず、「図星だろ」とトドメを刺した。
「草ちゃん、ホント失礼ね。まだ、紹介もしてないのに・・・・」
「君、なんとゆう名前だったかな。どうも最近、男の名前が覚えられん」
「神ノ内です」
「ワシは深浦草太郎という。君、橘君とは既に何発位やっとるのかね」老ピアニストはそう言い、左手の親指を人差し指と中指の中に入れて、握った。
「・・・・一週間に二回だから、二〇回は超えますよ」と俺は言い、左手の中指を立ててやった。
「・・・・こらこら。馬鹿な男の典型みたいなことやってないで、早くスタジオ入って」あゆみは二人の男の背中を押した。
そんな出会い方だったから、ピアノ椅子を念入りに直した後、小さな背中を屈めた深浦氏が、Bud Powell直系の様な指使いで高速フレーズを弾き出した時、かなり驚いた。
“Jazz giant”に入ってる“Tempus fugue-it”だ。
この難曲を、レコードと同じスピードで弾ける技術にも驚いたが、音の立ち加減、無駄な感情のユレの無さ、生で聴く感動に、俺はやられてしまった。
「ふむ。このピアノも最悪だな。まあ、あの店のアップライトよりはましだが」
「草ちゃんみたいなプロから見たら、どんなピアノも最悪でしょ。ここはただの貸しスタジオなんだから」
「カミヤマくん。どうかね、付いてこれそうかな?」
「やりますよ」俺は名前を訂正する気も失せ、そう答えた。
「では橘君、これ覚えてるかね?」深浦氏は「クレオパトラの夢」を弾く。「これは単純な曲だからね、入門には良いだろ」
どうやらBud の“The Scene Changes”を渡されたようだな。確かに、あの盤は全ての曲がシンプルだ。
「・・・・やってみるわ」
「なんだ。ジャズというよりはプログレッシブ・ロックでもやりそうな顔の兄ちゃんだな。君はBill Brufordが好きだろ」
ジャズ系ライブハウス『Stride』が経営する、白川通りに面したスタジオの待合いで、その小柄な老ピアニストは唐突に言った。
臆した訳ではなかったが、あまりに図星だったので切り返すことができず、俺は一瞬、凍ってしまった。彼はその間を見逃さず、「図星だろ」とトドメを刺した。
「草ちゃん、ホント失礼ね。まだ、紹介もしてないのに・・・・」
「君、なんとゆう名前だったかな。どうも最近、男の名前が覚えられん」
「神ノ内です」
「ワシは深浦草太郎という。君、橘君とは既に何発位やっとるのかね」老ピアニストはそう言い、左手の親指を人差し指と中指の中に入れて、握った。
「・・・・一週間に二回だから、二〇回は超えますよ」と俺は言い、左手の中指を立ててやった。
「・・・・こらこら。馬鹿な男の典型みたいなことやってないで、早くスタジオ入って」あゆみは二人の男の背中を押した。
そんな出会い方だったから、ピアノ椅子を念入りに直した後、小さな背中を屈めた深浦氏が、Bud Powell直系の様な指使いで高速フレーズを弾き出した時、かなり驚いた。
“Jazz giant”に入ってる“Tempus fugue-it”だ。
この難曲を、レコードと同じスピードで弾ける技術にも驚いたが、音の立ち加減、無駄な感情のユレの無さ、生で聴く感動に、俺はやられてしまった。
「ふむ。このピアノも最悪だな。まあ、あの店のアップライトよりはましだが」
「草ちゃんみたいなプロから見たら、どんなピアノも最悪でしょ。ここはただの貸しスタジオなんだから」
「カミヤマくん。どうかね、付いてこれそうかな?」
「やりますよ」俺は名前を訂正する気も失せ、そう答えた。
「では橘君、これ覚えてるかね?」深浦氏は「クレオパトラの夢」を弾く。「これは単純な曲だからね、入門には良いだろ」
どうやらBud の“The Scene Changes”を渡されたようだな。確かに、あの盤は全ての曲がシンプルだ。
「・・・・やってみるわ」
by jazzamurai_sakyo
| 2009-12-02 22:27
| 第三話 「紫の指先」