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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第四節の3

 俺は既に深浦氏を尊敬していた。確かに口は悪いが・・・・。
 ベースソロを振られたあゆみは辿々しかった。そういう俺のドラムソロも、スイング風を意識したせいか、相当ダサかった。
 ガン。テーマに帰る。壁の時計が、そろそろ俺達の借りている時間が終わることを告げている。
 あゆみのほっとした顔を見ながら、俺も少し苦笑した。
 その時だった。BメロのアドリブからAメロのテーマに帰る所で、深浦氏はつっかえた。それはちょうど、Budがつっかえる箇所と同じ箇所だった。
 だが、深浦氏はBudの様にはリカバリー出来なかった。つっかえた瞬間、右手を左手で包み込んで固まっていた。
 俺とあゆみは、中途半端に終わった。
 「どうしたんですか?」
 「・・・・すまん。同じ所だな」深浦氏は弱々しく言った。「あんな所で言うことを聞かなくなるとは思わなかった。無意識のうちに意識してしまったようだな」
 彼は右手を下に向けて素早く振った。その時まで気が付かなかったが、右手の薬指の根本に、傷跡があった。そして、その薬指は少し紫色に見えた。
 「・・・・今日は、もう止めておこう。スタジオ代は、橘君持ちだったな」そういうと深浦氏はアップライトの蓋を閉めて、さっさとスタジオを出ていった。
 その背中を見ながら、俺は何故、彼が最後にリカバリーしてテーマに戻らなかったのだろうかと、思っていた。
 「次の練習は、もう少し早い時間にしておくれ。歳のせいか、眠くてかなわんわ」待合いで、ハイライト・メンソールを吸いながら、深浦氏は、右の薬指の甲をさすっていた。
 「カミさん、スタジオ代、三分の一は持ってくれる?」
 「え、今日はあゆみ持ちだろ?」
 「恨めしい~。また、たかってやる~」
 「橘君」深浦氏は使い込んだ一澤帆布の鞄から、一枚のCDを取り出し、あゆみに渡した。「本物のベース・ウォーキングとはこういうものだという優れたお手本を貸してあげよう」
 それは、例の変態オヤジMingusが、晩年の一九七四年にカーネギーホールで演じた名演で、俺も愛聴する盤だった。
 「A面のコードはCだ。それだけだ。これを、全部覚える気で聴きたまえ。次のレッスンでは君のボディ同様、メリハリと色気のある音で、俺のこいつを少しは熱くしておくれよ」
 老ピアニストはそう言い、またも左手の親指を人差し指と中指の中に入れて、ニヤニヤしながら握って見せた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-16 16:02 | 第三話 「紫の指先」