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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第七節の3

 やっぱり! 薫子は翁を知っていて、今日の練習に参加したんだ。翁とセッションするために。
 「・・・・最後にそう呼ばれてから三十年は経つな。君はひょっとすると歳をとらない魔女かね」
 「いえ。父のコレクションの中に、深浦さんが怪我をされる前に唯一残されたレコードがあって、時々聴いているので。
 私、実は深浦さんのファンなんです。
 レコード一曲目のオリジナル、“Tempestoso Like Bud”が特に好きです」と言って薫子は、ピアノ用に書かれたと思われる素早いテーマのメロディをすらすらとアルトで吹いた。
 それだけでなく、数小節、馬鹿っ速いソロまでも。
 翁は明らかに度肝を抜かれた様だった。
 「君、ワシのソロまでも記憶しているのかね」
 「私、一度見たり聞いたり読んだりしたことは、忘れようと努力しない限り、忘却できないんです」
 「凄いなあ」と、あゆみは言った。
 「・・・・悲しいことに」と薫子は小さく言い、そして続けた。
 「深浦さん、あなたの左手は慎ましやかで、色々なことをよく知っていて、そして、無駄口を叩かず、説得力がある。
 でも、どうして右手は自暴自棄にのたうち回って、自分自信を傷つける道化の様なことしか、言わないのですか」
 「完璧主義なんだろ」と俺は言った。
 「うるさいわい」翁はピアノの蓋を閉めた。
 「気分が悪い。橘くん、すまないがレッスンは今日限りじゃ」
 「逃げ出すのでしょうか」薫子はしれっと言った。
 「・・・・いや。こんな貧乳の小娘に馬鹿にされて、引っ込んだままでいられるか!
 しかし、これ程の手練れを相手にして、三対一では分が悪い。ワシにも共犯者が必要じゃ。次はワシがベーシストを連れてくるから、もう一度、やらんか」
 「結構ですが、あゆみちゃんへのレッスンは続けて欲しいのですが」
 「橘くん、次の練習の時は、ワシがつれてくるベーシストの演奏を間近で見たまえ。かなり勉強になるはずじゃ」
 「後、十五分だから、私達も片づけようか」とあゆみは言い、薫子は「そうね。深浦さん、少し待ってて下さい」と言った。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-10 14:06 | 第三話 「紫の指先」