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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第七節の4

 ・・・・待合いで、ハイライト・メンソールを吸いながら、右の薬指の甲をさすっている翁の前に立ち、薫子は言った。
 「私は所謂『テクニック』だけが即興演奏家の魅力だとは思いません。即興演奏に必要なテクニックは、やりたいことができることだと思っています。如何に速弾きができようが、やりたいことの無い演奏家は、価値が無いと思います」
 「それは分かっている」
 「じゃあ、深浦さんは、自分のやりたい即興演奏のために、誰と相談すべきなのか、よくご存じですよね」
 「・・・・誰」あゆみは不思議そうな顔をして言った。
 「右手の薬指と、もっとちゃんと相談した方が良いですよ」
 言いやがった。俺が言うのを躊躇していたことを。
 きっと翁は、何らかのトラブルで右手の薬指に傷を負い、思った様な演奏が出来ずに、シーンから消えた。そして、今でも過去の自分だけを厳しく追い続け過ぎているのだ。
 確かに今でも翁には、アマのミュージシャンと演奏するには、もったいない位の技術はあるだろう。だが、薫子と演奏するなら、身体的障害を気にしてアプローチに戸惑うような演奏では、一緒の地平には立てない・・・・。
 「君程、ずけずけものを言う人間には出会ったことが無い」
 「深浦さんが、既に会得しているはずの『間』を歌わせる演奏を極められれば、如何でしょうか。
 そうね・・・・。あなたはこれを聴いた方が良い」と言って、薫子はバーキンから一枚のCDを取り出して、翁に渡した。
 それは、例の変態オヤジが一九六三年に録音したソロ・ピアノ、「Mingus Plays Piano」だった。
 俺は思わず苦笑した。翁は大きくチッと言った。
 「何がおかしいの」薫子はきょとんとして言った。
 「何でも無い。おい、あゆみ、飲みに行こう」
 「え」
 「スタジオ代は出さないが、酒なら奢ってやる」
 「私達も飲みに行きましょうか」信じられないことに、薫子は翁に言った。「きっと私の事はご趣味じゃないでしょうから、安心して飲めそうですし。但し、タバコは控えめに。ワインの美味しい店にして下さいね」
 「よかろう。酒では負けん」翁はCDとタバコを鞄に納めた。
 ・・・・二人の背中を見送りながら、あゆみは「お酒でカオルンに勝てるかなあ」とつぶやいた。
 って、あいつは高校生だろ?
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-17 08:30 | 第三話 「紫の指先」