第三話 「紫の指先」 第九節の1
九
「井能くんだ。なかなかの手練れだぞ」
深浦翁のリベンジのために用意された練習の日、俺は少々、びびっていた。まさか翁が、硬派な演奏で知られ、メールス、ベルリン等のジャズフェスで「葉隠れのコントラバス」と称されて絶賛されたベテランのベーシスト、井能さんを連れてくるとは、思ってもみなかったからだ。
「こんばんは。井能義信さんですね」と、教えられてもいないのにフルネームを言ったついでに、代表的な参加作品の数枚を挙げて、「素晴らしい」と評した薫子にもびびったが・・・・。
こいつこそマニアだ。
「たまたま、彼が京都に来る予定があったのでな」
「深浦さんには、昔の借りがありまして。もっとも私は、既に返したつもりではいるのですが」と井能さんは言った。
「利息じゃ利息。さて、先日はスタジオで小馬鹿にされた上に酒でも不覚をとったが、今日は借りを返すぞ」
「立て替えた飲み代は返して欲しいのですが。・・・・私も利息つけますよ」
「ところで、この女形と、むさい兄ちゃんはなんだ」
「期末試験も終わって暇なので、見学でーす」冬美は制服姿のまま、しれっと言った。
「見学れーす」輝広は、木で鼻を括った様に言った。
「まさか、同じバンドのメンバーじゃあるまいな」
「そのまさかです」薫子は少し迷惑そうに言った。
「まさか、演奏に乱入して掻き回すつもりではなかろうな」
「僕達、楽器持ってきてませんから」と冬美は言い、「まあ、授業参観みたいなもなんです」と輝広は言った。
「三人見学するには、椅子が必要ね」と、あゆみが言った。
・・・・一人の見学者と二人の冷やかしを前に、俺達は演奏した。楽譜も用意せず、気分でスタンダードを選んでは、テキトーな打ち合わせだけで、短めに。薫子はThelonious Monkの “In Walked Bud”をリクエストした。
時々苦笑している井能さんのベースは、ことウォーキングと即興に関しては、あゆみとは比べものにならない程、上手い。
「井能くんだ。なかなかの手練れだぞ」
深浦翁のリベンジのために用意された練習の日、俺は少々、びびっていた。まさか翁が、硬派な演奏で知られ、メールス、ベルリン等のジャズフェスで「葉隠れのコントラバス」と称されて絶賛されたベテランのベーシスト、井能さんを連れてくるとは、思ってもみなかったからだ。
「こんばんは。井能義信さんですね」と、教えられてもいないのにフルネームを言ったついでに、代表的な参加作品の数枚を挙げて、「素晴らしい」と評した薫子にもびびったが・・・・。
こいつこそマニアだ。
「たまたま、彼が京都に来る予定があったのでな」
「深浦さんには、昔の借りがありまして。もっとも私は、既に返したつもりではいるのですが」と井能さんは言った。
「利息じゃ利息。さて、先日はスタジオで小馬鹿にされた上に酒でも不覚をとったが、今日は借りを返すぞ」
「立て替えた飲み代は返して欲しいのですが。・・・・私も利息つけますよ」
「ところで、この女形と、むさい兄ちゃんはなんだ」
「期末試験も終わって暇なので、見学でーす」冬美は制服姿のまま、しれっと言った。
「見学れーす」輝広は、木で鼻を括った様に言った。
「まさか、同じバンドのメンバーじゃあるまいな」
「そのまさかです」薫子は少し迷惑そうに言った。
「まさか、演奏に乱入して掻き回すつもりではなかろうな」
「僕達、楽器持ってきてませんから」と冬美は言い、「まあ、授業参観みたいなもなんです」と輝広は言った。
「三人見学するには、椅子が必要ね」と、あゆみが言った。
・・・・一人の見学者と二人の冷やかしを前に、俺達は演奏した。楽譜も用意せず、気分でスタンダードを選んでは、テキトーな打ち合わせだけで、短めに。薫子はThelonious Monkの “In Walked Bud”をリクエストした。
時々苦笑している井能さんのベースは、ことウォーキングと即興に関しては、あゆみとは比べものにならない程、上手い。
by jazzamurai_sakyo
| 2010-04-28 23:57
| 第三話 「紫の指先」