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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第九節の2

 彼のバックアップを得た翁は、左手でベースラインの補助に回らなくてはならない枷が無くなって、やりたい放題だった。
 数曲は、薫子が休んで、ピアノ・トリオで演奏したりもした。翁のオリジナルの“Tempestoso Like Bud”も。だが、速いスピードの曲が続くと時折言うことを聞かなくなる右手に、苛立ちを隠せない様子だった。
 反対に、ミディアム・テンポで聴かせるソロ、バラードでのプレイの方が、コードの再構成、テーマ解釈にオリジナリティがあり、素晴らしかった。きらびやかな右手に魅せられてしまうけれど、実は左手の仕事が器用で堅実なのだ。
 中休みに、持参のお茶を飲みながら、冬美は言った。
 「じいさん、下手だね。左手はまあ、ジャズやる程度なら使える程度にマシだけれど。右手はどうかなあ」
 「そうかあ。俺は上手いと思ったけどなあ」と輝広。
 「傷のある薬指に負担をかけない奏法を考えたら。小指にも負担かけちゃって、腱鞘炎気味でしょ。あまり無理し続けたら、小指の方が先に駄目になっちゃうよ。まあ、演奏のアプローチから見て、根本的な変更を余儀なくされるだろうから、年寄りにはキツイだろうけど」
 「君達は、ワシを馬鹿にしとるのか、薫子さんよ」きつく睨む翁の目を気にもせず、冬美は茶を飲んだ。
 「冬美ちゃんに言わせると、大抵の人は下手なんです。
 すみません、私達の中で一番口が悪くて。
 でも、指のことは間違っている訳じゃないのでしょう?」
 「・・・・まあな」と翁は言った。
 「この人は医者嫌いでね」と井能さんが言った。
 「薫子、君、医者の娘なんだから、良い医者紹介してやれよ」と冬美は言った。
 「ご紹介するくらいは出来ますが、今から手術して根治治療、という事にはならないでしょうね。外科治療としては、日常生活のレベルで完治しているようだから」
 「騙し騙し使うしかないそうだ。・・・・洒落臭い。そういうのが一番嫌いだ。アドリヴは一瞬の閃光だ。それを弱めることは、ワシの生き方でない」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-05-05 05:05 | 第三話 「紫の指先」