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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第十一節の1

     十一

 その土曜は蒸し暑かった。ライブの対バンは、関西では有名なパワー・フュージョン・バンドのドラマーが組んでいるギター・トリオ、コルトレーン・サウンドから技術を抜いた様な雰囲気カルテット、それから主催者のハウス系似非ジャズ、だった。
 三条木屋町上るビルの五階『Stride』で、リハの時から深浦翁は荒れていた。原因は対バンの胡散臭さに加え、ピアノの音が悪い、ということだった。
 「深浦さん、この湿度だから仕方ありませんよ」と俺は言ったのだが、与えられたリハの時間が短い上に、井能さんがリハに参加しないこともあって、翁は「弾く気がおこらん」とご立腹だった。
 こんな時でも、薫子は容赦ない。「天気が崩れそうだから、薬指が痛いんでしょう? なんなら逃げますか」と言った。
 恐らく強烈な天の邪鬼の翁は、そんな風に言われたら、逆に向かざるを得ない。
 「やかましいわ。テーマの処理とキメだけ確認すればいいんじゃろが」
 「今は、それしかできないでしょうね。とりあえず三人で合わせましょうか」
 翁の演奏は精彩を欠いた。テーマが弾ききれない場面もあった。
 リハの後、俺達は直ぐ近くの「ベイロン」に、軽く食事をとりに出た。
 といっても、翁と俺は飲むのだが。待つ間、翁は右手の薬指をさすり続けた。
 「よっぽど痛いんですね。・・・・ごめんなさい。本当に止めますか」薫子は翁の右手をとり、さすってやる。珍しく、瞳に年相応の逡巡の影があった。
 「ここまできて、止められる訳がなかろう。
 ・・・・冷たい手かと思っていたが、熱い掌じゃな。なかなか気持ち良いわ」と言って、翁は手を預けるままにしている。
 「最初から最後まで酷使するからですよ」
 「客の耳が悪そうだからな、手を抜け言うのだろうが」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-06-09 23:41 | 第三話 「紫の指先」