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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第十一節の3

 「そうだ。・・・・だが、やはり思うようには行かないのだ。薬指が思うように動かない時、ワシは自分の人生を呪うよ」
 俺は心に、グッと来た。翁が弱音を吐くなんて。いや違う。この人は怪我をした時から、問題を目の前に据えて、乗り越えるために、ずっと闘ってきたのだ。
 「深浦さん、私、思うのですが、自分にとって一番新しい音は、間違っている音ではないでしょうか。私は、演奏の瞬間瞬間において誠実であるべきだと思ってはいますが、同時にハプニングや間違いも大好きです。それを上手く使って、違う世界に飛び込みませんか」
 「・・・・訳のワカランことを言うもんだ」そう言いながら、翁は右手を薫子に預け続けた。
 “俺も薫子の意見が好きです”と言いかけた瞬間、階下の店の入り口に、あゆみが立っているのが見えた。白いレインコートに雨が光っていた。赤い唇が鮮烈に見える。
 ひょっとすると、あいつも翁の奥さんの様に、情の濃い女なのかもしれないと、ふと思った。
 「やっと来たな。その歌声を聴かせもせず、ワシに伴奏させようとは、いい根性している」と翁は悪態をついた。
 「・・・・ごめんなさい。どうしても今日は仕事抜けられなくて。あら、良いわね。カオルンとお手手つないで」
 「歌詞は書けてるのか」と俺は訊いた。
 「あいにく書けてるわ。ただ、ライブで一人で歌ったこと無いから、吹っ飛んでしまうかもよ。・・・・だからちょっとだけ、飲んでも良いかな」少しヤケな感じのする言い方だ。
 薫子の携帯電話に井能さんから電話が入った。「もうすぐ、ここに来られるそうです」。
 着いた井能さんは、雨で濡れていた。「やっぱり、京都は蒸し暑いですね。ベースがちゃんと鳴れば良いですが・・・・」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-06-23 00:58 | 第三話 「紫の指先」