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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第十一節の7

 ふと見ると、薫子は呆れたような、感心するような顔をして翁を見ていた。自分のテーマへのアプローチを否定されたと感じたのかな。
 さて、翁のソロが終わりに近づき、破綻なく仕上がりそうだ。余程弾き込んできたのかな。薫子はどうする。
 被せずに出た。うん。良く鳴らしてる。上手いな。
 そして、翁の曲解釈などお構いなしと言わんばかりに、無邪気なフレーズを吹いた。
 そこへ翁が暗いコードを、トン、と入れる。
 薫子はちょっと自虐的な明るさで離れる。
 翁は、薫子のフレーズをなぞって捕まえる。
 一転して薫子は脈絡のない早いパッセージを入れて、ますます離れようとする。そして、例の強烈なタンギングで、行ったり来たりする。コードの枠ぎりぎりだ。翁は、手を止めている。困った俺はふと、井能さんを見ると、彼は笑いながら、堅実に弾いていた。
 ふん。押すしかないか。俺は、少々ブラシを乱暴に使って、薫子をプッシュした。その部分はAメロの最後部分だ。
 すると翁が左手で低く、「You Don’t Know What Love Is」、とフレーズを入れた。
 すると、薫子はBメロに入るところで、少し湿った音に変わり、内証的なフレーズを吹き始める。告白するもののように。
 黒めにサポートする翁。途端にフルートは哀愁を帯び始める。テーマに合った演奏だ。
 珍しく切なく吹いている。ここの歌詞は「失恋した心は、思い出が蘇るのを恐れている/涙を味わった唇は、キスの味が判らなくなる」だ。
by jazzamurai_sakyo | 2010-07-28 01:21 | 第三話 「紫の指先」

by jazzamurai_sakyo