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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第三話 「紫の指先」 第十三節の1

     十三

 薫子はドラムの前までタオルを取りに来ると、少し屈んで首筋を拭いた。そしてフロアタム側から俺の耳元に囁いた。
 「タタタタって、これくらい速く始めて・・・・」
 ・・・・今まで全く意識したことのない香りが、ふっとした。若い汗の香りだ。俺はちょっとくらくらした。
 「良いですか」
 「ああ、良いよ」と、朦朧と答えてしまった。
 「・・・・今日の神ノ内さん、らしくないですよ」
 「・・・・緊張かな」俺は、目を逸らして言った。
 「やっぱり、らしくない」
 まあな。だが、仰せの通りに致しますよ。
 その香りを、お前の本気を嗅いだ限りは。
 俺は閉じたハットを素早く叩き出す。翁の「速いぞ!」という叫び声が聞こえた。だが、俺は意に介さず、軽くフィルインする。井能さんが苦笑しながら入ってくる。
 Charlie Parkerの「Confirmation」、薫子のリクエストだ。
 薫子は明るく快活にテーマを歌う。諦めた翁の左手が、やれやれといった感じで、コードを落とす。
 きっと薫子の中で、ここまでのシナリオは出来ていたのだろう。本物なのか、もう一度、試すつもりだな。
 俺は良いけどな、速いのは。客は相当びっくりした顔をしている。それは、恐らく薫子の技術の高さにだろう。
 ただ速いのは馬鹿でもできるが、往々にして演奏が痩せてしまう。音は出切らない、手癖に頼るから、バリエーションもない。
 テンポを維持するのに、意識が集中するからだ。
 テンポという手段が、目的になってしまう。
 ところが・・・・、薫子の切れは尋常じゃない。テーマ吹奏の中に、ちゃんとその後の即興の方向性が示されている。あいつは、真正面からParkerをリスペクトするつもりだ。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-11-17 07:00 | 第三話 「紫の指先」