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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

カテゴリ:第一話 「黒猫は踊る」( 33 )

     十二

 片付けている時にふと気付くと、鍛冶舎タケシの姿はなかった。演奏が途切れる瞬間まで、奴はいたのだろうか。
 打ち上げで行った、前と同じ店の同じ部屋の片隅で、俺は冬美の隣に座った。乾杯が終わって冬美は、ミネを飲みながら囁くように言った。
 「凄く美味しかった。もう少しでイケそうだったのにね」
 睫毛バサバサの奥の瞳に、濃厚なエロスが満ちあふれていた。
 薫子が冬美と一緒に先に帰った後、俺と輝広とあゆみは、また勝手に盛り上がって酒を飲み明かした。
 その日のライブの内容については全く話さなかった。
 ただ、俺は「異世界って何だ」と、あゆみに訊いた。
 既に酔っぱらっていたあゆみは、「ん。勢いで言ったちゃった。だって、違う世界に行けそうに感じたんだもん」と言った。
 そうだな。俺もそう思うよ。・・・・色々、問題はありそうだがな。
 後は、宮坂の話を少しだけした。
 馬鹿話の最後に、輝広が、「長い付き合いになりそうだな」とだけ言った。

 俺は『癩王のテラス』の奴らのことを、まだ良く知らない。どんなオリジナルをやっているのか、奴らがどんな生活をしているのか、奴等がどんな音楽が好きなのか。
 ただ、どんな意志の有り様をしているのかだけは分かる。
 それは音を聴けば分かることだから。
 そして、つい最近まで現実感のない感覚に支配されていた俺が、奴等の音に対することで、実感を持ち始めている。
 音によって、場にあり得る、ということの、厳しい嬉しさを感じている。
 ・・・・宮坂は、奴等の音に対してどんな距離の取り方をしていたのだろう。どんな場所であろうと、人が奏でる以上、今、瞬間に向かって放たれている音は、煌めきながら、凄まじいスピードで死に向かっている。
 あゆみは「宮坂さんの気持ちは少し分かる」と言った。
 あゆみ、俺も分かるよ。でも、他人の生は所詮他人のものだから、コレクションしてもダメだ。聴くという行為が、自分の中の命題と照らして、その本質に向かって積極的にアプローチする行為でなければ、喰われてしまう。奴のスタンスでは。
 俺が喰われる人間なのか、否か、お前達も、冷たい目で俺を見ていただろう?
 だが、それで良い。お互いそうでなければ、一緒にやる意味はないし、異世界には行けないさ。
 次の練習はまだ決まっていない。きっと、あのモヒカンの兄さんがやっている店で、あゆみが伝えてくれるだろう。
 夢の中で良い。黒猫と、変態オヤジに、もう一度会いたい。
 今度は俺が、お前達を踊らせてやる。

     (第1話 終わり)
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by jazzamurai_sakyo | 2008-08-13 01:26 | 第一話 「黒猫は踊る」
 “彼はもう生きていないのよ”と儚い顎が動いた。
 消え逝く、パッセージ、美しすぎる、黒猫の背。
 ビロードの手触りの、漆黒の闇。
 俺は奴を抱いていた。
 / 死んでいた魂を抱いていることしかできなかった。
 少女は奴を川に流した。
 / 再生のために。
 アルトは、ただ単純に美しく鳴っている。
 アルトが、こんなに明るくて、悲しい音をした管だと、今まで、知らなかった。
 きらきらと輝く河面、流される桜の花弁。
 橋の下の暗闇。
 匂い立つ生と、暴力的な死。
 それら全てだ、お前は。薫子。
 俺とお前は、共に創造する解放と神秘を共有できるだろうか・・・・。

 そう思った瞬間だった。
 タムを叩くはずのスティックが空を切り、次いで右足が抵抗無く前につんのめった。
 目を開くと、宮坂がドラムセットを前に引き倒している。
 ステージのライトの影の中で、一瞬見えたその目は、真っ赤だった。
 すぐに元輝が、奴の腕を引き寄せる。宮坂はそれを振り解いて、クラッシュシンバルのスタンドも引き倒した。
 輝広がその左頬を殴り、奴は尻餅を付いた。
 主催者の眼鏡の男が飛んできて、宮坂の肩を抱き、奴に何か言ってる・・・・。あゆみも、その前に立って、宮坂を見ていた。
 薫子は・・・・、虚ろな目をして俺を見ていた。
 俺は、ドラム椅子に座ったまま、足を組み、壁に背を凭れた。そして、薫子の顔を見ていた。左目の下の小さなほくろを。
 言わなければならないことは、何もなかったけど、俺の唇は動いた。“タノシカッタナ”と。
 薫子の目は何時もの覚醒を取り戻し、紫煙の中で儚い顎がコクンと小さく頷いた。そして、あゆみに何か言った。
 あゆみはマイクに向かい、「ありがとう。これで終わります。『癩王のテラス』でした。
 これから、私たちは異世界に行きます」と言って、スタンドからマイクを外し、そのまま座り込んでいる宮坂の前にしゃがんで頭を撫でてやった。
 そして、「乗り遅れたからって駄々こねないでね」と、マイクに向かって冷たく言った。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-08-06 01:05 | 第一話 「黒猫は踊る」
 そうだね。
 薫子は、ロングトーンの、美しいフレーズを唱って俺を待つ。その瞬間、俺は区切りのつもりで硬くて大きなフィルを入れた。
 そして、その直後から、俺達は、それまでとは次元の違うフォービートの中にいた。
 そのビートはあくまでもオン・タイムのフォービートだ。
 でも、明らかにスウィングしていない・・・・。こんな全くタメのない硬質のビートを、フォービートと呼べるのか?
 だが、俺のドラムは、今まで俺が聴いたことのない程、“唱って”いた。
 それも恐ろしいテンションで。
 そして、そのテンションを薫子がきりきりと加速させる。
 それでも、俺と薫子は、熱くはならない。
 意識がどんどん覚めていく。
 今までライブしてきて、こんなに恐ろしいスリルを味わったことはなかった。こんなに厳しい覚悟をしたことも。
 一瞬でも躊躇したら、一瞬でも妥協したら、俺は薫子に喰われてしまうだろう。そして、俺は抜け殻になり、音楽は腐敗するだろう・・・・。
 こんなに冷たくて、イキっぱなしのスリル。
 俺は薫子の全てを自分の近くに寄せ、全てを見ている。
 きっと、彼女も同じように感じているだろう。
 俺は、こんなに自分に近い音を聴いたことはない。そして、俺はそれを一瞬のうちに育み、そして惜しげもなく殺す。
 薫子のアルトは同じフレーズを決して繰り返さない。何にも譲歩しない。
 俺達は、裏切り続けながら、寄り添う。
 お互いの仕掛けは、お互いを裏切りながら、次の扉を一緒に開けさせる。
 次から次へ、俺達は違う世界に行く。
 俺は“名状しがたい自由”を感じていた。
 そうだ。黒猫は言った。
 “形式の中であろうと、自由でいることはできる”と。
 “誰にも名付けることのできない解放と神秘を探すんだ。
 君は必ず、それに抱かれることができる”と。
 今、この瞬間、瞬間がそうなのか。
 俺は目を閉じた・・・・。
 中空を舞う黒猫。その一瞬を思い出す。
 俺の記憶の中で、奴が弧を描いて落ちていく一瞬は、長い時間だった。奴を追う、赤い飛沫。
 異なったバリエーションの、長いパッセージが、鋭く、高速で奏でられた。
 血の存在感。正確な音の飛沫達。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-07-30 22:25 | 第一話 「黒猫は踊る」
 そんなことをふと考えながら、俺は薫子に合わせていった。
 薫子は決してアルトにノイズを交えない。アルトサックスが楽器として持っている、一番クリアーな音を鳴らしている。
 薫子は客席に背を向けて、俺の方を向きながら、目を閉じて吹いている。
 アルトは次第に、早いパッセージを紡ぎ出す。感情に流されない音だ。タンギングの切れが凄い。音の粒質にバラツキがなく、一音一音が凄い存在感だ。時々、パンパンパンパンとリードが鳴った。・・・・どんな舌をしてやがる。
 俺は、本当はリード奏者を煽らなければならない立場なのに、切り込まれる快感に身を預けそうになる・・・・。
 ふと見ると、二コーラス終わった所で、あゆみが弾くのを止めている。輝広も・・・・。冬美を含めて三人は、ステージの上で、俺と薫子のデュオを聴いている。
 俺は何時しか、薫子の音を味わうばかりになっている。薫子は、冬美の様には、俺が自分を取り戻す瞬間を与えてくれない。
 冷たく、それでいて甘い、包容に捕らわれていく・・・・。
 その時、俺の視界の中に、鍛冶舎が煙草に付ける炎が見えた。
 その瞬間、俺は少し覚めた。そして気付いた。
 俺と薫子は、グルーブが合い過ぎている。こんなに、ハマる演奏者と一緒にやったことは一度もなかった。
 そう気付いて初めて、“このままじゃ、やばい”ことが理解できた。俺自身が、彼女のシーケンサーになってしまう。
 そして、輝広と冬美の醒めた視線にも気が付いた。
 あゆみは、グルーブに身を預けつつ、心配そうな顔をしている。
 ・・・・ああ、ごめんごめん。お前ら、そんな顔しなくても大丈夫。俺は、俺だから、ね。
 そして俺は、薫子がフレーズを再構成する瞬間を待つ。対峙するだけの、コントロールできる意志が戻ってきた。
 俺は、薫子のフレーズに、違うアクセントのフィルを乗せ、切り込む様にスネアを鳴らした。
 おい、自分だけで遊んでないで、俺の音をもっと聴けよ。
 一瞬の間を捉えて、俺は三連のバスドラを大きく入れて、スネアとクラッシュを突き刺した。
 薫子は、目を開けて俺を見た。瞳が真っ黒に俺を射抜く。
 そして、マウスピースから離された唇が、動いた。
 “イキマショウカ”と。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-07-23 21:32 | 第一話 「黒猫は踊る」
     十一

 テーマを演奏していた時に、ふとフロアーを見ると、鍛冶タケシは殆ど同じ格好で立っていた。乗ってもいないが、出ていってもいないということは、何か奴にとって美味しい部分があるのだろう。
 宮坂は・・・・、この展開に少し疲れた顔をして呆然として立っていた。おいおい、お前のメインディッシュは、これからだぜ。
 薫子のソロ・パートのネタは予め決めてあった。
 “私は、そのままやって欲しい”と彼女は言った。
 “そのままって”冬美が怪訝そうに訊いた。
 “レコード通りの雰囲気っていうか・・・・”
 “六〇年代の黒人解放運動ジャズってヤツだな”と輝広がちゃかした。
 “私、ミンガスみたいなウォーキング、長くは無理よ。フォービートなんか、それ風にしか弾けないんだから・・・・”あゆみは不安げだった。
 “あゆみちゃんは、最初の方だけ、全体の雰囲気を造ってくれたらいい。ワンコーラスだけでも・・・・。後は、神ノ内さん、4ビートを出してくれますよね”
 出してはやるが、“慣れたくないから、私のソロの練習はしたくない”と言われた俺は、実は、ここからが一番不安だった。
 練習で薫子はあまりアルトを吹かず、スタジオ備え付けのキーボードばかり弾いていた。
 グルーブが合うのか、合わないのか、全く分からなかった。
 ・・・・テーマが終わる。俺は、トップシンバルを控えめにスウィングさせる。ベースはウォーキングしている。
 薫子は、意外にもすっと入ってきた。整ったフレーズだ。輝広は上手くカウンターメロディーを入れる。
 まっとうなジャズだ。ただ・・・・、薫子のフレーズには、全く黒っぽい所がない。
 あれ、そう言えば、この曲が入っているレコードは数枚持っているが、ドルフィーがこの曲を吹く時、ドルフィーを黒いと思ったことがあっただろうか。
 薫子に最初に会った時、彼女は「You don’t know what love is」を吹いていた。俺はそれを聴いて、“まるでエリック・ドルフィのようだ”と思ったが、今、同じことを感じている。
 それは何故なんだろう。扱っている素材が似通っているだけで、フレーズの組み立て方とか、スタイルが似ているという訳ではないのに・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-07-16 16:08 | 第一話 「黒猫は踊る」
 俺は、いきなりブレイクせず、少しトップシンバルとハイハットだけでフォービートを入れてやった。するとあゆみは、とてもゆったりしたテンポの、印象的なリフを繰り返した。コーラスとリバーブが効いて、優しい感じだ。一部の客はそれを聞いて喜んでいる。
 ・・・・何故だ?あゆみが良く弾くリフなのかな。
 それに合わせて薫子のピアノの単音とヴァイオリンがユニゾンで冷たいメロディーを奏で始める。
 やっぱりそうだ。宮坂は言っていた。 “薫子ちゃんの造るグルーブは、何時も、トランスっぽい感じだったんですよ。それをあゆみチャンが横に揺らして・・・・“
 俺は出来るだけ小さい音で、リフを倍にとり、機械的な十六ビートを、トランスっぽく入れてやった。薫子と冬美は顔を見合わして笑い、あゆみは苦笑していた。俺は目で、あゆみに、“こんな感じかな?”と言ってやった。
 その上で、ピアノ、ヴァイオリンが音少なにコレクティブ・インプロヴィゼイションを展開するが、あくまでベースフレーズを生かすためのものだ。ギターはステレオリバーブを深くかけて、バッキングに徹するが、恐ろしい存在感だ。
 ・・・・あゆみのリフを聴いていると、こいつはひょっとすると、歌モノでも良いメロディーを書けるんじゃないか、と俺は思っていた。練習の間、時折聴かせるそれは、一回聴けば覚えられるし、下手すると俺は部屋で独りで口ずさんでいた。
 ・・・・ただ、ベースのグルーブは、はっきり言って、まだ俺としっくり来ていない。
 そんなことを考えていた瞬間、あゆみは踵を返して俺を振り向いたかと思うと、エフェクターを切ってボリュームを上げ、えらく激しいリフを弾き始めた。・・・・口元は笑っているが、目が真剣だ。
 実は、俺はこの瞬間を待っていた。きっと、開き直った時の大きなビートもこいつの本質だと思っていた。リズムを大きくとって乗っかってやる。輝広も反応して、まるでキース・リチャードの様にリフを繰り返す。呆れて、薫子と冬美は弾くのを止めた。あゆみは、そのノリでリフを展開したが、程良いところで振り向いて、合図した。その時、唇が何かを言っていた。俺は約束のフレーズをフィルインし、テーマに帰った。薫子はアルトを口にして、テーマを吹いた。
 ・・・・最後は、薫子のソロだ。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-07-09 00:04 | 第一話 「黒猫は踊る」
 一旦、ブレイクしてから、予め決めておいたフレーズのフィルを俺がぶち込んで、テーマに帰る約束だ。マイクをつけたアルトの薫子は余裕で、ステージに帰りながらテーマを吹いた。
ふと見ると、次のソロの輝広は、ピックアップ・マイク付きのテナーを喰わえて、にやりっと笑っていた。
 “あっ、やられた”と、一瞬、俺は思った。何処から持ってきたんだ。今日はギターしか持ってきてなかったじゃないか?等と、考える間もなく、俺はテーマの最後を処理した。
 その瞬間に、輝広のテナーは馬鹿でかい音で、猥雑に遠吠えした。そして、何時の間にか備え付けのピアノに薫子は座っている。あゆみと冬美は俺を振り返りながらステージを降り、にやにやと笑っている。
 輝広の、殴りつける様なソロが始まった。
 増幅されたそれは、ただの暴力的なノイズだ。そこに、薫子は、不協和音をゴンゴンとぶち込んで来る。
 暫し、俺は考えたが、“その方向で来るならそれで、俺も一度やって見たかったんだ”と考えを切り替えた。
 俺は、トップシンバルからフリーなパルスを打ち込み始めた。最初は、スネアも控えめに、戸惑った様に。輝広は、容赦なく音の固まりをゴロゴロと出し続けた。
 だが、所詮は習得中だ。輝広がネタに躊躇した瞬間を狙って、俺は鋭くフィルをぶち込んだ。続けて、バスドラムとスネアを激しくロールして、フリーのビートを強烈に出してやった。
 その瞬間に、一番前で観ていた奴らは仰け反った。
 輝広は、一瞬、“しまった”という顔をしたが、以前にも増して、デカイ音で吹き続ける。そして、次からは俺が付け入る隙がないように、薫子が騒乱をフォローする。
 俺は、出来る限り同じ手癖を繰り返さないように気を付けて、バリエーションに変化を付けてフリービートを叩き続けた。
 それが絶頂に盛り上がった時、突然ヴァイオリンとベースが、オクターブ違いのユニゾンで、「フォーバス知事の寓話」を解体したようなマイナーなメロディーをゆっくり奏でた。荒れ狂うノイズの汚濁の中を漂う、ヴァイオリンのクールな美しさに、俺はくらくらした。
 “こいつら、狂ってる”
 そう思い出した時、輝広は赤い顔で俺を見返した。合図だ。ヴァイオリンのフレーズがテーマを導いて、輝広は最後の遠吠えを決める。俺がオンタイムでフィルインし、テーマに帰った。そのテーマの間中、輝広はテナーから口を外し、地声で何か怒鳴っていた。
 さて、次はベース・ソロだ。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-07-02 01:33 | 第一話 「黒猫は踊る」
     十

 つまり今日は、前回と同じメニュー、ミンガスの「フォーバス知事の寓話」をやる。
 “あのね、前回は・・・・”薫子は、最初の練習の日に言った。
 “前回は、私たちのことを神ノ内さんに見せるために、無伴奏ソロを回したから、今回は同じ素材で神ノ内さんと私たちがどんな感じで一緒にやるのか、うちのファンに見せてあげてね。だから、練習では内容はあまり決めない。適当にジャムるから、手の内を見ればいいわ。”
 ・・・・テーマのブリッジ以降は、前の通りの処理にした。取って付けたようにハードコアな雰囲気で盛り上げて、テーマエンドでは、俺は派手なフィルをまき散らして終わって見せた。
 そしていきなり、一旦無音になった。
 その中を、ヴァイオリンが、冷たくマイナーなメロディーを弾き始める。得も言われぬ沈痛さだ。
 そのメロディーの一瞬の間を捉えて、俺は大きくフィルインして、ミディアムテンポの硬質なエイトビートを叩き、それに、あゆみがファズを思い切りかけたリフを叩き込んでくる。
 ・・・・冬美のソロパートの仕掛けは、打ち合わせ済みだった。
 冬美自身が“僕も、デヴィッド・クロス役をやりたいな”と言ったからだ。つまり、七〇年代キング・クリムゾン風に。
 “この私に、もう一度ジョン・ウェットン役をやれと仰るのでしょうか”と、あゆみはおどおどしていた。
 “ファズ貸してやるよ”と輝広が言った。
 ・・・・それにしても、冬美は本当に上手い。デヴィッド・クロスはお世辞にも上手いとは言えないから、比べるのも野暮だ。それに、他人の意見なんて聞くもんか、の態度とは裏腹に、他の音が良く聴こえている。俺の仕掛けたフィルに対する反応も鋭いし、逆に俺が突っ込むための餌まで蒔いてくれる。そして、時折、元輝を挑発し、フレーズを絡ませるが、ギターが絡んできたら、全く違う素材のフレーズに解体し、冷たくあしらう。
 俺は、実は冬美は、凄くエロチックな人間なんじゃないかと、少しずつ思い始めていた。
 そんなことを考えながら、フロアーを見ると、ノっている客がかなりいた。ウソだろ、と思ったが、宮坂も七〇年代キング・クリムゾン風のインプロヴィゼーション大会の虜になっていた。薫子は独り、フロアーに降りて、鋭い目でステージを見ていた。
 ・・・・最後だけはギターを寄り添わせて、込み入ったフレーズを上昇させながら、冬美はゆっくりと俺を振り返った。合図だ。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-25 00:40 | 第一話 「黒猫は踊る」
 “なんだ?何故、いる?”
 鍛冶舎は、少しゆるんだ口元に上手く丸めたハッパを喰わえながら、フレームの小さな伊達メガネの奥で、鋭くつり上がった一重まぶたの目を、俺に向けているように見えた。独特な細く長い指が、広い掌の中でルー・リードのようにそれを包んで、赤い光点を描いている。
 久しぶりのライブで少し緊張を抱えていた俺としては、会いたく無かった人間だ。だが、“ええい、今日はツマランことを考えている暇はない。”
 俺は、意識を遮断して、ドラム周りをセッティングした。
 ふと、俺の右前方のあゆみを見ると、濃厚にラメ入りの口紅を塗った唇が動いている。
 “私の、前に、宮坂さんがいるよ”
 そして、強めに縁取った目が宮坂を見た。
 俺は、傲然としている奴に目で挨拶してやった。
 セッティングに一番時間がかかるのは、俺だった。冬美が、 “ドラムもちゃんとチューニングしてよね”というからだ。
 「そろそろ、良い?」と薫子の紅すぎる唇が動いた。薫子は今日、自分のアルトのピックアップ・マイクをラインにつなげるだけだから、楽なもんだ。
 “良いよ”しかし、このトップシンバルは鳴らないな。
 そして、あゆみはマイクに向かい、「こんばんは。『癩王のテラス』です」と言い、言い終わるが早いか、薫子のアルト・サックスは『The End of North』の空気を切り裂いた。
 無伴奏で、早いフレーズを紡ぎ続ける。生音で十分な音量と、正確なコントロールで。そして、それを今日は一分程続けた所でいきなり停止した。
 少し出を戸惑ったが、ゆったりとしたタメのあるベース・リフが流れだした。そして、俺は、慣れた手つきでフォービートを叩き始める。意識してわざとらしく、トップシンバルをスウィングさせた。鳴らないから余計に粘っこいファンキージャズ風のビートが出来上がった。元輝のギターも芝居がかったバッキングだ。
 そして、俺は大きくフィルインした。アルトとヴァイオリンが、あの癖の強いテーマを正確にユニゾンする。俺は笑いたくなるのを押さえられなかった。
 不機嫌そうに観ていた宮坂の表情は、テーマが流れ出した瞬間、明らかに凍り付いた。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-18 01:10 | 第一話 「黒猫は踊る」
 “両親がいない?死んだのか?”
 “そうみたい。ただ、理由までは詳しく知らないの”
 “話したくないんだろうな”
 “違うの。訊けば話してくれそうなんだけど、話す時の口調が何か自嘲的で、それを見るのが辛いんだ”と、あゆみは言い、それ以上は言わなかった。
 「・・・・神ノ内さん。何か私の顔に変な所でもあるの?」
 薫子に言われて、俺は慌てて目を逸らせた。
 「いや、別に・・・・。薫子は、出る時はメイクしないのか?」
 「薫子にはメイクなんか要らないよ。睫毛バサバサの二重のぱっちりツリ目、頬は真っ白、唇は血を舐めたみたいなんだから。その上に何か塗ったら、魔女だよ」と冬美が言った。
 「まあ、したこともないし」薫子は、抑揚無く言った。
 「お前ら、どっちもどっちだろ」輝広はクロスにフィンガーイースを軽く吹き、それでフレットを拭きながら言った。
 「最後、確認だけど、私、やっぱりソロしなくちゃいけないのよね」
 「・・・・あのね、この期に及んで、まだそんなこと言ってんの?」輝広の手が止まって、あゆみを睨んでる。
 「だって、即興って苦手なんだもん」
 「あゆみちゃん、がんばってね」冬美はウインクして見せた。
 「うーん・・・・」
 冬美以外のメンバーは、時折下に降りて対バンを観た。冬美は二時間ほど寝ていた。
 「こいつ、煙草は大嫌いなくせに、自分の知らない人間がセックスしたベッドで寝るのは気にならないのかねえ」と輝広は言った。
 『癩王のテラス』の前のバンドが始まったのは、丁度十一時で・・・・、まあ、四十分程度押してるってことだ。
 十一時三十分、あゆみの携帯が鳴った。「そろそろ来てって。結構、入ってるみたいよ」
 「そう言っても、『North』じゃ詰めても七十人位だろ」そう言って、ギターのケースだけを抱えて立った輝広は、よく見たらこの前と一緒の服だ。あゆみは、ストライプの入った、OLの勝負スーツみたいな黒っぽい上下を着て、パンプスを履くのを手間取った。下着の上に直接着たのか、胸の谷間の闇が深い。
 「・・・・まあ、“クール”にね」俺も三点セットを抱えた。
 「ふふ」と笑って、薫子は素足にコンバースを履いて、部屋のドアを閉めた。
 ・・・・確かに『North』のフロアーは、前、俺が初めて来た時よりも詰まっていた。
 濃厚な煙草の匂いと、薄暗いライトのせいで、視界はあまり利かず・・・・。誰だ。かなりモノの良いハッパの匂いが強烈にする。その匂いが漂い来る方を見ると、今日は出演する予定がないはずの鍛冶舎タケシがいる。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-11 00:28 | 第一話 「黒猫は踊る」