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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

カテゴリ:第三話 「紫の指先」( 64 )

 「責任感が強いと思われている殆どの人は義務感が強いだけで、責任感じゃないんだってさ。まあ、俺もそうみたいだな。雑多な細かい気がかりばっかりで。真っ新の頭で演奏したいなあ」
 ・・・・そうかな。昔のあなたは知らないけれど、今はそうじゃないんじゃない。「軋轢を楽しむ」位なんだから。
 でも、知らない女の話をされるのは、何かむかつくから、言わないでおこう。
 「ねえ、私が傷つけた、『最初の彼のお姉さん』は、『アイデアと、それを実現できる方法を探す気さえあれば、自分だけの世界を作ることが出来る』と言ったの。私は、その言葉が大好きなの。
 もちろん上手くなりたいけれど、今までに聴いたことの無い音楽がやりたいわ。だって、それが出来そうな、私たち五人じゃない?」
 「そうだな。出来る限り、みんなのアイデアで曲を作りたいよ。
 楽器演奏者である限り、曲の中で、自分をどれだけ実現できるかは必要だよ。けれど、演奏全体を自分のものにして、共演者を活かす演奏とか、構造を作る力も必要だ。
 もちろん、お情けは要らないけれど・・・・。
 ただ、その両方を、どう責任持って常に輝かせるか、っていうのは、大事なことだと思う。
 みんなで曲を作っていくためには。・・・・難しいことだけどね」
 そういえば、私は以前、携帯電話で遮られた時、貴方にこう言いたかったんだ。
 「私、あのライブで、カミさんのこと、尊敬したんだ。
 勿論、輝広が珍しく我を押さえて、カミさんのコンセプトに寄り添って、ギターでかっちりバッキングしていたことも良かったけれど、カミさんのドラムがポイントを押さえてくれたから、ちゃんと帰って来られたんだなって。
 私、音楽が一端壊れかけたら、後はバラバラになるだけだって、思っていた。そんな音楽しか演奏したこと無かったし。
 破綻すれすれの混沌の入り口から、何度も新しい服を着て、帰って来たなんて、今まで、経験した事、無かった。
 ホント、感動したんだ」って。
 あれ、寝ちゃったの。先に送らせるのかよ。もう。
 結構、可愛い顔してるなあ。
 ・・・・あれ、なに。やだ。ドキドキする。
 ・・・・ヤバイ。私、この人に惚れかけてるみたい?

 (第三話 終/二〇一一年七月十一日)
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by jazzamurai_sakyo | 2011-12-07 07:00 | 第三話 「紫の指先」
 カミさんは、場所だけ言って様子を見ている。
 「行き方を言わないの?酔っぱらいって、足下見られるから危ないんじゃない」
 「まあ、寝てしまって、全く見当の付かない所で下ろされたことはあるな。百万遍の知恩寺の前で引きずり下ろされて、膝を擦り剥いたこともあったし」と小声で言った。
 「でも、相手がどう出るか、見てるのも楽しいからな」
 「楽しい?」
 「全部自分で決めてしまうのは面白く無いだろ。そんなにぼられた事も無いし。遠回りされそうで、ヤバイ時は言うけれど。
 積極的には話しかけないが、運ちゃんと話をすることも楽しいな。時々、十円単位ならまけてくれる人もいるぞ」
 「ふーん。
 ・・・・ねえ、関係の無い話をして良い?」
 「・・・・いいよ」
 「私が今、付き合っている人は、全部自分で決めてしまう人なんだ。仕事もね、責任感が強いっていうか、他人に任せて破綻した時に顧客に迷惑をかけるのが嫌だって言って、企画や資料作成とか、主な仕事は抱え込んじゃって、部下には雑用しか頼まないの」
 「ふーん」
 「私、そういう責任感の強い人に弱いのよね」
 「そうか。でも、それって責任感かなあ。義務感じゃない?」
 「義務感?」
 「俺が以前、付き合っていた子は、会社勤めしながらバンドでキーボードをしていたんだけれど、その子がよく言ってた。
 あゆみの彼氏は、机の上、整頓されてる?」
 「資料いっぱいで、あまりされてない」
 「本当に仕事ができる人は、机の上がキレイに整頓されているんだって。仕事の根幹は部下にやらせて、ポイントだけ頭に入れて、それをチェックするだけで、後は部下に任せちゃう。だから些末な資料は手元に置かない。その代わり、失敗したら、部下の責任、全部引っ被るんだって。そういう人が、本当に仕事ができて、責任感のある人なんだって」
 「そう・・・・」
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by jazzamurai_sakyo | 2011-11-02 08:00 | 第三話 「紫の指先」
     十六

 ・・・・付き合っていた人は、私がバイトしている事務所の正社員だ。
 彼は、何時も怒りを抱えていた。彼は何時も何かに熱中し、全てを理解しようとし、全てを分かってもらおうとし、全てを解説しようとした。それに反して、他人がその問題を分からないことに、彼の熱い思いを理解できないことに怒っていた。
 でも、それは仕方のないことだった。だって、話している言葉が違うんだもの。何かを変えようとしてもがく人と、安穏として前と同じ方法でスルーしようとする人では、自ずと話す言葉が違ってくるんだから。
 彼は、目の前で、今の自分の理想的な形が、自分のできる限り動いていなければ気が済まなかった。確かに彼は、職場の誰よりも努力しようとしていた。でも、体力や気力や家庭のちょっとした不都合が、彼の意欲を削ぎ、そして彼もその糸を辿って、逃げ込んだりして、弱いところを見せた。
 でも、私は彼の子ども染みたやり口が、どちらかといえば好きだったから、度々、彼の仕事を手伝ったりした。
 そして、その仕事のお礼に、飲みに連れて行ってもらって、色々話をした。最近の若い子は、口うるさい人と飲みに行くのを嫌うけど、私は美味いお酒を飲ませてくれて、なおかつコストパフォーマンスが良い店に連れていってくれるなら、別に気にしない。店が悪かったら、直ぐ帰るけどね。その意味では、彼の行く店はみんな良かった。
 後、私は彼のおかげで、あまり好きでなかったクラシックが聴けるようになった。
 彼はマーラーを愛した。マーラーを愛する自分を愛した。どう考えてもナルシストよね。他人を信じられず、周りから浮いてて、上手く行かないことが多くて、ストレスを抱えて・・・・。
 私は彼のことをちょっと気の毒に思ってた。そうこうしているうちに、心の中に入り込まれちゃった。だって、彼は甘えるのが上手いんだもの。
 でも、私は、あの人の責任感というか、完璧主義が段々居心地悪くなってきていたの。
 彼は、タクシーに乗る時、行き先を運転手に告げない。
 全部、道順を説明する。
 「最短で行く。タクシーの運転手は、距離を稼ぐために客を騙して変な所を通るからな」と聞こえるように私に言う。
 私は、家まで送られる時、それが何時も嫌だった。別れるための最短の時間を選ばれている感じがしたのも嫌だったし、全部自分のコントロール下に置かないと気が済まないような彼の態度に、何か違和感があった。
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by jazzamurai_sakyo | 2011-10-05 00:04 | 第三話 「紫の指先」
 「俺もそう思う。破綻すれすれの一発勝負。結局、ジャズの魅力はそれだよ。それを再認識した翁は、怖いものなしだな。
 あの音は、熱いから、きっと音楽で飯が食えるようになるよ」
 「ふふ」「なに?」
 「カミさんも相当よ」「そうかな」
 「ちょっと良い?」
 「何?」を訊くつもり?
 「あのね。私が日頃、どんな音楽を聴いて、演奏しているのかなんて、あの人には関係なかった。あの人の好みの型にはまった私を好んだだけで、ライブハウスでベースを弾くような私は好きじゃなかったのよ」「そう」
 「でも、私は本当と思える喜びを知ってしまった」
 「うん」そうだろうな。
 「だから、・・・・もう、帰れないんだ」
 俺は、あゆみを見た。憑き物が落ちた顔があった。
 俺は、「お前、また歌えよ。歌、良いよ」とだけ言い、照れ隠しにあゆみの肩をポンポンと叩いた。そして、俺達は飲み続けた。
 「お、今からバンドネオンを入れて、オリジナルを演奏するってさ」「へえ」
 「ふんふん。このオリジナルはマシだな。こんなのもっとやれば良いのにな」
 「きゃははは」「何がおかしい」
 「音楽バカね、カミさんは。それとも、私に気を使ってる?」
 「そういう訳ではないが・・・・」
 「バレバレよ。面白いわあ。
 ねえ、私もさ、バレてると思うけど、伸びては縮むバンドネオンみたいに、気持ちが行ったり来たりで、安定しないのよ。
 ・・・・これ以上、バンドにいると、迷惑がかかると思う」
 あゆみは目を伏せて、言った。
 おっと、まだテイク・オフしてなかったか。
 「似合わないから、自分をクサすのも大概にしろ。終いには怒るぞ。・・・・そうだな、落ち込んだ時は、この前アンコールで歌ったように、『何時でも電話して。君には友達がいるんだから』」
 俺はそう言って、あゆみの頭を軽くポンポンと叩いた。
 「・・・・じゃあ、カミサンも携帯電話、持ってよ」
 「俺は、そんなもんに使う金ないよ。個人練習で出かけてる時以外は、夜は殆ど家にいるから」
 「分かった。何時でも良いのね」
 「・・・・やっぱり深夜二時以降は非常事態だけにしてくれ」
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by jazzamurai_sakyo | 2011-09-07 20:00 | 第三話 「紫の指先」
 「なるほど、一バンド一曲ずつね。あれ、うちが二枚目トリで、・・・・この演奏時間。ひょっとして、まるまる入ってるの?」
 「その通り。十八分四十二秒。『青い光』が、イントロの冬美ちゃんの即興も含めて、全部入ってる」
 「信じられない。歌の部分だけだと思ってた」
 「私も。よっぽど気に入られたみたいだわ」
 「・・・・他のバンドに悪いな。全然、出演してなかったのに」
 「YAEが強力に押してくれたんだって」
 ・・・・あいつ、やってくれたな。「かけてもらおう」
 いい音だ、とは言えなかったが、メリハリのある録音だった。ラインの音だけじゃなくて、ちゃんと外の音もミックスしてあった。やっぱり、この四人は・・・・「凄いな」。
 「私も、凄いと思うわ。カミさんのドラム」
そうじゃなくて。あゆみの粘っこいグルーヴ感が改めて凄い。
 「・・・・こうやって聴くと、俺達、合ってないわけじゃないな」
 「私もそう思った」
 「ベースが良く歌ってる」
 「そう? ただただ必死よ」
 「神ノ内さん、何だか良く分からない曲だけど、この演奏良いじゃない。くれるなら、店で宣伝するけれど?」と「紫煙」の姉さんは言った。
 「千枚作って、実はもう、何故か在庫があまりないそうです」とあゆみは言った。

 翌日、俺は仕事を終えて、梅田の大阪ブルーノートへ。
 俺達は、その若い日本人ピアニストの指使いがよく見える席に並んで座り、赤ワインのボトルを飲んだ。彼は、巧かった。きっと、深浦翁より、指使いは器用だっただろう。
 でも・・・・。俺は死ぬ程、退屈だった。若いくせに、癖のない歌物のスタンダードばっかりやりやがって。
 「退屈ね」食い入るように聴いていたくせに、あゆみもそう言った。
 「・・・・結局、あの人はこういうちゃんとした所で、綺麗な音を聴く人なのよ」「そう」
 「私、草ちゃんの方が、断然好きだな」
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by jazzamurai_sakyo | 2011-08-03 00:40 | 第三話 「紫の指先」
     十五

 冬美は帰る時まで機嫌が悪く、毒を吐いていた。輝広は言葉少なだった。きっと二人は、半身を盗られたように感じていたのだろう。俺だって、今、こいつ等をステージ下から見上げるのは、あまり良い気持ちがしないと思う。
 全体の軽い打ち上げの後、薫子と輝広は、深浦翁と井能さんをつれて飲みに行った。
 俺とあゆみは、寺町御池の「Bar紫煙」に行った。俺は薫子達と一緒に行きたかったんだが、少しブルーなあゆみが帰ると言い、薫子が「今日の歌、良かったんだから、バンドの時もオリジナルを歌うように、あゆみちゃんに言っておいてもらえますか」と頼まれて、あゆみを誘ったのだ。
 土曜の夜だというのに、客はまた、俺達だけだった。
 不意にあゆみが言った。「明日の日曜の夜、空いてる?」
 「ああ」
 「大阪ブルーノートのチケットがあるのよ」
 「誰のライブ?」
 「知らない。カミさん知ってる?」
 あゆみは手帳からチケットを出す。
 「ああ、和製Chick Coreaみたいな奴だろ。こんなチケット、どうしたの」
 「別れた彼がくれた。私、彼と別れちゃった」「・・・・そう」
 「別れてって、私から言ってやった」「そう」
 「予約してたからって、くれたの」「そう」
 「今の職場、辞めるつもりないから、彼との関係は、まあ、ちょっとキツイけれど。
 私は、今までの自分とはサヨナラしなきゃね」
 「仕事は手伝ってやったら。でも、甘やかすのは止めとけよ」
 「そうするわ・・・・」
 俺は突っ込んで聴くつもりもなく、あゆみもそれ以上言わなかった。
 「あ、そうだ。さっきカオルンからカミさんにって、預かったんだけど。これ、この前の“underground garden”の閉店ライブ・イベントの時のオムニバスCD。坂本さんが人数分くれたんだって」
 「・・・・ダサイな、このジャケット。二枚組?」
 「裏見てよ。ちょっとびっくりするわよ」
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by jazzamurai_sakyo | 2011-07-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 ・・・・低くて、暗い歌い方だけど、粘つく感じの無い、すっきりとした歌い方だった。等身大の、あいつの、気持ちの良さが出ていた。
 そうか。あゆみは、今を捨て去って、次の世界に行くつもりだな。歌詞に発言を引用された俺は、少し恥ずかしい気がした。
 そして、アンコールはCarole Kingの「You've Got a Friend」だった。これはあゆみのリクエストだ。名手を従えて、あゆみは自信ありげに歌い切った。
 俺たちが終わったのは、既に十時に近かった。帰ろうとする冬美を見送るため、俺たちばかりか、翁や井能さんまで店の一角に集まっていた。
 どうやら、井能さんはあゆみを気に入ったみたいだ。ベースを教える代わりに、ツアーに同行して歌ってくれないか、というお誘いを、あゆみは丁重にお断りした。
 「大丈夫ですか・・・・、右手は」薫子が翁に言った。
 「ああ、少しくたびれているが、大丈夫だ。ほら、この通り」
 一瞬の出来事だった。翁は右手を伸ばして薫子の胸を揉んだ。蜘蛛の足のように、するすると。
 「草ちゃん!」あゆみが叫んだ。
 「あまり、甲斐がないな」
 そりゃ、“あるやなしや”だもの。
 「・・・・手じゃなければ、叩いても良いですか」と言うが速いか、薫子は翁の頬を軽く平手打ちした。井能さんが面食らっていた。
 「・・・・優しいな。本気じゃないとは。惚れたか」翁はにやりとして右手を離した。薫子の表情は冷静だった。
 「ええ、その通りです。
 私は、深浦さんに惚れました。
 冬実ちゃんにも、先生にも、あゆみちゃんにも、・・・・神ノ内さんにも、惚れてます。それがなにか?」
 「ふん。ワシに何を求める?」
 「何も求めない・・・・。深浦さんが深浦さんでいること以外は。そうね、では、私のバンドにご協力を」
 「入れとは、とは言わないのか」
 「うちは一応、ロック・バンドですよ?」
 「え、そうだったのか」と、俺と輝広は同時に驚いた。
 「・・・・まさかプログレじゃないでしょうね」と、あゆみが言った。
 「フン!」と冬美が鼻を鳴らした。
 「必要な時だけで良いのです。それと、自慢の奥様をご紹介下さいな。料理がお上手なのでしょう?」無視して薫子は続けた。
 「・・・・いいぞ。女の孫が無いから、喜ぶだろう。
 それと、やはり礼を言わねばならんだろうな。
 お前の言う、“ハプニングや間違い”な。つまりそれはワシそのものだ。だから、妻がワシを助け、励ましてくれたようなやり方で、左手がすれば、右手は軽々と飛べるのだ」
 翁の左手は、右手を包み、さすった。
 「ふふふ」と薫子は微笑んだ。
 翁の薬指は血の気も良く、明るい色をしていた。俺は何となく安心したのだが、それに気付いたのか、翁は右手の親指を人差し指と中指の中に入れ、「今日は少し、俺のこいつも熱くなりよったわ」と、ニヤニヤしながらぐっと握って見せた。
 薬指は仕事をやり遂げ、ひっそりと自慢げに添えられていた。
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by jazzamurai_sakyo | 2011-06-01 08:30 | 第三話 「紫の指先」
     十四

 緊張が一気に解けた溜息と、申し分の無い拍手があった後、「では、最後に、あゆみちゃんの歌で、終りにします」と薫子が小さくアナウンスした。
 ボーカルマイクが用意される。
 あゆみは客席から舞台へ上がったが、かなり緊張している。
 「ダメだ。ベース持ってないと落ち着かない」
 ボーカルマイクを素通りして、俺の前に来たあゆみは言った。
 「ベースを弾いている時と特別違うようには感じるなよ」
 「私の歌を聴いたら、きっとカミさんと私、合わなくなるよ」
 何、女みたいなこと言ってんだ、こいつ。
 「大丈夫。俺はあゆみのことを良く知っている」
 「何を」
 「鶴亀算の嫌いなことと、ハスキーな良い声だということ」
 すこし、あゆみの頬が赤くなったような気がした。
 翁がイントロを弾く。まだモノになっていない、あゆみのきれいなオリジナルだ。

 「酷く 孤独 こども
  響く 届く ことも
  期待 したい 何か
  誰か 優しい 仕草

  けれど 待ってて どうするの
  自分を 押し込め 殺しちゃう
  そういうのって もう止めない?

  私と貴方 軋轢を 楽しみたい
  お互いの 孤独を 確認したい
  みんな孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの」

 ふふん。絶対に薫子には書けないし、歌えない歌だな。
 薫子のフルートが、優しく絡む。

 「みんな 孤独 こども
  大人に なんて なれない
  なのに 貴方は 自分だけ
  孤独じゃ ないと 言ったのよ

  だから 私は貴方と さよならする
  私たち 対等でないなら 遊べない
  そういうのって もう止めない?

  私は貴方の 寂しさが 好きだった
  お互いの 孤独が 引き寄せた
  二人孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの

  馴れ合いなら いらない
  対等でないなら 遊ばない だから、バイバイ」
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by jazzamurai_sakyo | 2011-05-04 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 小さな鼻腔が、タバコで汚された空気をそれでも健気に吸い、はちきれんばかりの輝かしい音となって解き放つ。
 客達の、中途半端な、情念、雑念をそれでも吸い込んで、アルト特有の、キラキラした、粒の立った、雑味の全く無い音に浄化して撒き散らかす。
 飢えた客は、ただ、それを享受する。
 その輝きを、しっかりと捉えることはできないのに。
 なんて、汚らしい。だが、崇高な儀式・・・・。
 おっと、俺は崇め奉る気はない。
 ただ何故、俺はこいつに会い、何時も、身を削がれるような緊張感で、この音と対峙しなければならなくなったのだろう、と考えていた。
 捉えることが難しい、スパークしながら走り去る閃光。
 眩し過ぎる。だが、こんなに怖くて、楽しいことはない。
 薫子は激情には駆られない。むしろ、次第に冷えていくのが分かる。
 その速度が、硬度が増す程に、俺の力も満ちていく。身体は熱くなるけれど、心は落ち着いていく。
 翁のピアノソロを聴いてから、なんだか、余計な意識が抜けた気がする。俺は、薫子を聴き、薫子は俺を聴いている(ような気がする)。
 俺は運命など信じない。
 だが、出会うべき者は、必ず出会うと信じていた。
 今、はっきりと俺は薫子に出会った必然を感じていた。
 薫子は、「“思い”は残ると信じている」と言った。
 音楽は奏でられる端から空中に消え去る。どんなに音の良い録音をしようが、その生命は削がれ、再生されるたびにまた削がれて行く。人の心にも偏った残像しか記録されない。
 だが、逆に、どんなに音が悪かろうが、断片になろうが、強い“思い”は、決して滅ぼすことが出来ないのだ。
 俺は、それをEric Dolphyの「Last Date」の中に、何時でも鮮明に感じることが出来る。
 だから、そう言い切った薫子に驚いた。
 何故なら、薫子にも、この二十歳前の女の子の中にも、それを感じるからだ。
 きっとこいつは、何処かで、強く決意したのだ。
 それがどんな決意であって、何を成そうとしているのかは、分からない。だが、即興演奏という終わりの無い旅に、向かおうとする人の決意であることは分かる。
 俺も、一緒に行って良いか?
 “そうね。今くらい、しっかりと話せればね”
 薫子の声がしたように感じた。テーマに帰る時間だ。
 本当に楽しかった。
 足元には暗闇が広がる。常に新生しなければ囚われてしまう暗闇。俺たちは必死にスパークする。その光が一時の安らぎに向かう時間。
 薫子が、翁と井能さんの分厚い音に乗り、イントロにも増して、明確に、「Confirmation」を吹奏している間、俺は、二人で共に創造する解放と神秘を、共有できる時が来るのだろうかと、夢想した。
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by jazzamurai_sakyo | 2011-04-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 被せて入った翁のフレーズは軽やかだった。右手がメロディーを紡ぎ出す。左手が寄り添い助ける。時々右手が言葉足らずになりそうな時、左手がそれをしっかりと説明するフレーズを紡ぐ。そして、さらに右手はジャンプしていく。
 右手がアイデアを提示し、歌い切れない所は、左手が十分に歌って、ストーリーを完璧なものに近づけていく。
 そう、「アドリヴは一瞬の閃光」。示されたその光の先へ、倒れることなく右手と左手は先頭を譲り合いながら、走り去っていく。それがとても美しい。
 薫子が笑っている。なんて無邪気に、子どもの顔で。
 このジジイは、もう心配なさそうだ。やれやれ、また厄介で魅力的な知り合いが増えてしまったようだ。
 そしてピアノソロが終わる。テーマに帰る手前で、左手にフレーズを歌わせながら、翁は立ち上がり、薫子と俺を指差す。“ワンコーラス、二人でやれ”と。
 すぐさま薫子が翁をリスペクトしたような流麗なフレーズを吹く。俺は、少し驚いたが、アクセントを付けて次の小節へ。
 そうか。まだ楽しんで良いのか・・・・。
 翁と、井能さんが俺を見て笑っている。しまった、嬉しげな顔でもしていたのだろうか。どうせガキですよ、三十前なのに。
 と一瞬考えたのもつかの間、俺は二人の世界に入っていく。
 俺は薫子を見つめる。コードの呪縛から離れようとして、でも曲想が提示する世界を否定することなく、自由に飛び回る薫子の音と、指と、頬と、唇と、目を。
 なんて美しいんだろう。そしてなんて怖い。
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by jazzamurai_sakyo | 2011-03-02 08:30 | 第三話 「紫の指先」