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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

カテゴリ:第三話 「紫の指先」( 64 )

     十

 やっぱり、私はバカな女よ。
 高校時代はホント、メチャメチャだった。私は全然、勉強しなかった。京都の公立高校って、基本は私服なんだけど、私の高校は新設で制服があった。それが、めちゃダサイの。あまり着たくなかったから、学校に行かなかった。出席日数はギリギリだし、理数系はボロボロだし、卒業できたのは不思議。
 何時もお姉さんの所に入り浸ってた。お姉さんはニューウェーブ系の評判のアルバムは全部買っていた。それを聴きながら、萩尾望都、竹宮恵子、吉田秋生、内田善美、三原順・・・・とか、そういうちょっと難しい系の漫画を読ましてもらった。時には買えと進められた本を持ち込んで読んだり。三島由紀夫は面白かったけど、セリーヌとか、バタイユとか、おフランスの作家はさっぱり分からなかったなあ。
 本当に楽しい日々だった。でも、私って、そういうの、長続きしないんだ。
 高校二年の夏、私とお姉さんと、お姉さんの彼と、その友達でバンドを組むことにしたの。お姉さんは大学検定は合格したけれど、彼氏の行ってる大学には落ちちゃって、浪人生だった。何度か練習して、彼氏の大学の学祭で演奏しようということになった。
 お姉さんの彼氏は賢い人で、格好いい人だったけど、ちょっと私は怖かった。Rolling StonesとDavid Bowieが好きで、ギターが上手かった。Stonesは、全部テープに録音してくれた。
 お姉さんと「彼氏」は好きな音楽がちょっとずれていて、練習は何時もケンカになった。最初の頃は言い合いだったんだけど、段々揚げ足取りみたいになって、どんどん冷たいケンカになっていくの。二人とも我の強い人だったから、譲れない所が多すぎたのね。今なら私も分かるんだけど、全く趣味が違う場合でも、良い所を合わせれば、相乗効果で良い音楽ができることも多いよね。でも、言っても仕方ない、みたいな冷たいケンカになったら、何も創造はされないよね。
 私はそれでも頑張ったんだけど、ドラムの人は合わせているだけって感じになっちゃって。曲もコピーの曲ばかりだったから、何も面白みの無い演奏になっちゃって。
 学祭の日、リハの時間を過ぎても、演奏の時間になっても、お姉さんは大学に現れなかった。「彼氏」は主催の先輩に酷く怒られた。「彼氏」とドラムの人は、私に飲みに行こう、と誘った。
 前の日に恐ろしく緊張のあまり一睡もできなかった私は、直ぐにでも帰りたかった。一方で、ライブのために、ちょっと頑張ってめかしてきて、がっかりした私もいて、一人で帰るのをちょっと躊躇ったの・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-05-26 01:25 | 第三話 「紫の指先」
 「例の似非ジャズ系イベントさ。今度は、箱が『Stride』なんだ。ジャズ系の箱で、ジャズのイベントだろ。薫子は断るつもりだったんだけど、呼んでた大物がキャンセルになって、時間が空いたからどうしてもと頼まれて弱ってたんだ」と輝広は言った。
 「神ノ内さんは、どうしても都合つけて下さい。井能さんは如何ですか」
 「スケジュールが奇跡的に空いています。リハーサルは無理そうですが。新幹線代は、ベースの席も含めて、別に払ってくれますね。それと、宿泊費用も」と、井能さんは言った。
 冬美と、あゆみは驚かない。さては薫子、俺だけに話を通さず事を運んだな。
 「あゆみ、お前、良い所、薫子に持って行かれたぞ」と俺は言った。
 あゆみは「勉強させてもらうわ」とだけ、言った。
 少し腹が立ったが、俺は薫子に「やるよ」と言った。だが、腹立ちついでに、「ただし、一曲あゆみが歌ってくれるなら」と注文を付けた。
 「え、なんでそうなるの。嫌よ」
 「おまえが出ないで収まると思うのか。この人間関係を作ったのは、おまえだろうが」
 「そんなこと言ったって、ピンで歌ったことなんてないし」
 「あゆみが歌わないんだったら、俺は出ない」と言い切ってみたが・・・・。どう出る?
 「あゆみちゃん、お願いします。今のままじゃ、華やかさが無くて浮きすぎちゃう・・・・」と言った薫子は、井能さんを見て、「ごめんなさい」と言った。
 「じゃあ、おまけ程度に一曲だけよ」
 「宜しくお願いします。深浦さんは?」
 翁は少し渋ったが、薫子が「今までの借りは返さないおつもりですか」と冷たく言ったり、「女の子のお客さんは多いと思いますよ」等と少々甘く言ったりすると、翁は「まあ、ギャラがあるなら出てやっても良い」と言わざるを得なくなった。
 「では、本番まで練習は無しです。選曲と構成は、希望を私に伝えて下さい。後日、やる曲と、簡単な楽譜及び構成表をファックスで送ります。では、本番で」と言い、薫子は覚めた顔で井能さんの電話番号を手帳に収めた後、すっと帰っていった。
 俺は、やられた、という気持ちを感じながら、薫子を見送り、そして、あゆみを飲みに誘った。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-05-19 01:11 | 第三話 「紫の指先」
 「相棒さんとのご相談は、まだ充分じゃ無いんですね」
 「草ちゃん。ちょっと良いかな」あゆみは言った。「草ちゃんはバッキングも上手いと思うの。どういう風にとは上手く言えないけれど。だから、演奏の中で、自分をどれだけ圧倒的に輝かせるか、じゃなくて、演奏全体を自分のものにして、共演者を活かす演奏と、その中で自分の演奏の魅力は何処なのか、その両方を、どう責任持って常に輝かせるか、っていうやり方が、今の草ちゃんに合っていると思うのよ。その、なんて言うかな、草ちゃんは自分に、右手に義務を課し過ぎていると思うのよ」
 「あゆみは、時々上手いこと言うな」と輝広は言った。「確かに、一歩退いて弾いている時のあんたは、怖い位に良い」
 あゆみの言った責任と義務の話って、この前、飲んだ時に考えていたことに似てるけど、俺、言ったっけ?。
 切れるかと思った翁は黙って右手をさすっていた。気の強い男が、年相応に、少し小さく見えた。
 「さて、お話はこれ位にして、もう一曲やりませんか。“Monk’s Mood”はいかが」と薫子は言った。
 「お嬢ちゃんは、どうもワシをMonk風に矯正しようというつもりらしいが、いらぬお節介だ」
 「いえ。深浦さん風で良いですよ。Bud Powell の『A Portrait of Thelonious』風でも良いですし。お好きにどうぞ」
 そういって、薫子はフルートを持ち出した。
 「まあ、良いわ」深浦翁は、ピアノの前で右手をこすりながら少し考えた後、ゆっくりとそのコードを引き出した。
 井能さんがゆっくりと付いていく。俺は、あまり得意じゃないブラシを引っぱり出した・・・・。
 酒を飲みながら、しっとりと聞き惚れる、という類の演奏にはなり得ないが、リラックスした中に緊張感のある、良い演奏だった。俺は、自分を殺し気味にして、音数を選んだ。
 深浦翁は時折、型に填らないように、かき混ぜようと地団駄踏んだが、要所で良く歌うフレーズを入れた。ブルーな雰囲気だった。
 ・・・・練習が終わって、精算をしている時、俺は「今日は、貸し借り無しですね」と、翁に軽口を叩いた。「まあな」と翁は言い、半額を支払った。
 会計から帰ってきた薫子は、並んで座る翁と井能さんの前に立つと、「深浦さん、井能さん。七月二七日の夜は空いていらっしゃいませんか。ギャラは私が払いますから、この編成でこのライブ、出ていただけませんか」と言い、スタジオの壁に貼ってあるチラシを指さした。
 「・・・・オクトパス・デ・ジャズ?」って何だ。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-05-12 05:12 | 第三話 「紫の指先」
 彼のバックアップを得た翁は、左手でベースラインの補助に回らなくてはならない枷が無くなって、やりたい放題だった。
 数曲は、薫子が休んで、ピアノ・トリオで演奏したりもした。翁のオリジナルの“Tempestoso Like Bud”も。だが、速いスピードの曲が続くと時折言うことを聞かなくなる右手に、苛立ちを隠せない様子だった。
 反対に、ミディアム・テンポで聴かせるソロ、バラードでのプレイの方が、コードの再構成、テーマ解釈にオリジナリティがあり、素晴らしかった。きらびやかな右手に魅せられてしまうけれど、実は左手の仕事が器用で堅実なのだ。
 中休みに、持参のお茶を飲みながら、冬美は言った。
 「じいさん、下手だね。左手はまあ、ジャズやる程度なら使える程度にマシだけれど。右手はどうかなあ」
 「そうかあ。俺は上手いと思ったけどなあ」と輝広。
 「傷のある薬指に負担をかけない奏法を考えたら。小指にも負担かけちゃって、腱鞘炎気味でしょ。あまり無理し続けたら、小指の方が先に駄目になっちゃうよ。まあ、演奏のアプローチから見て、根本的な変更を余儀なくされるだろうから、年寄りにはキツイだろうけど」
 「君達は、ワシを馬鹿にしとるのか、薫子さんよ」きつく睨む翁の目を気にもせず、冬美は茶を飲んだ。
 「冬美ちゃんに言わせると、大抵の人は下手なんです。
 すみません、私達の中で一番口が悪くて。
 でも、指のことは間違っている訳じゃないのでしょう?」
 「・・・・まあな」と翁は言った。
 「この人は医者嫌いでね」と井能さんが言った。
 「薫子、君、医者の娘なんだから、良い医者紹介してやれよ」と冬美は言った。
 「ご紹介するくらいは出来ますが、今から手術して根治治療、という事にはならないでしょうね。外科治療としては、日常生活のレベルで完治しているようだから」
 「騙し騙し使うしかないそうだ。・・・・洒落臭い。そういうのが一番嫌いだ。アドリヴは一瞬の閃光だ。それを弱めることは、ワシの生き方でない」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-05-05 05:05 | 第三話 「紫の指先」
     九

 「井能くんだ。なかなかの手練れだぞ」
 深浦翁のリベンジのために用意された練習の日、俺は少々、びびっていた。まさか翁が、硬派な演奏で知られ、メールス、ベルリン等のジャズフェスで「葉隠れのコントラバス」と称されて絶賛されたベテランのベーシスト、井能さんを連れてくるとは、思ってもみなかったからだ。
 「こんばんは。井能義信さんですね」と、教えられてもいないのにフルネームを言ったついでに、代表的な参加作品の数枚を挙げて、「素晴らしい」と評した薫子にもびびったが・・・・。
 こいつこそマニアだ。
 「たまたま、彼が京都に来る予定があったのでな」
 「深浦さんには、昔の借りがありまして。もっとも私は、既に返したつもりではいるのですが」と井能さんは言った。
 「利息じゃ利息。さて、先日はスタジオで小馬鹿にされた上に酒でも不覚をとったが、今日は借りを返すぞ」
 「立て替えた飲み代は返して欲しいのですが。・・・・私も利息つけますよ」
 「ところで、この女形と、むさい兄ちゃんはなんだ」
 「期末試験も終わって暇なので、見学でーす」冬美は制服姿のまま、しれっと言った。
 「見学れーす」輝広は、木で鼻を括った様に言った。
 「まさか、同じバンドのメンバーじゃあるまいな」
 「そのまさかです」薫子は少し迷惑そうに言った。
 「まさか、演奏に乱入して掻き回すつもりではなかろうな」
 「僕達、楽器持ってきてませんから」と冬美は言い、「まあ、授業参観みたいなもなんです」と輝広は言った。
 「三人見学するには、椅子が必要ね」と、あゆみが言った。
 ・・・・一人の見学者と二人の冷やかしを前に、俺達は演奏した。楽譜も用意せず、気分でスタンダードを選んでは、テキトーな打ち合わせだけで、短めに。薫子はThelonious Monkの “In Walked Bud”をリクエストした。
 時々苦笑している井能さんのベースは、ことウォーキングと即興に関しては、あゆみとは比べものにならない程、上手い。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-28 23:57 | 第三話 「紫の指先」
 「え。それもかなり馬鹿ね」
 「所詮、文化系だからな。部活もブラバンだったし」
 「ブラバンは体育会系でしょ」
 「文化系だろ」
 「まあいいわ。私は本当に馬鹿な女よ」
 「まだ言うか」
 「だって、本当にそうなんだもん。何処が馬鹿かって、とにかく男の趣味が悪い。既にお察しの通り、ファザコンなんだ」
 「そうみたいだな」
 「というか、年上で、私より賢くて、ちょっぴり優しい所を見せてくれる人なら、結構、もう誰でも良いというか。そんな感じなんだ」
 「ふーん・・・・」俺は少し携帯の男のことが気になった。
 「やっばり、私はバカな女よ。そうじゃなきゃ、あんな男と付き合わない。自分の都合の良い時にしか遊んでくれない、我が儘な妻子持ちなんかと」
 「ふーん・・・・」俺は何を言ったら良いか、戸惑った。
 でも、少し気になって、もう少しだけ突っ込んで、言うことにした。説教じゃ、ないつもりだけど。
 「あゆみ、その、年上の男、もう止めとけよ」
 「え」
 「お前、絶対、無理して、甘やかしてやるんだろう? そんなのは、もう止めとけ。今は、バンドだけで良いじゃないか?」
 「そうね・・・・。いらないわ。もうしんどいもん・・・・」
 そう言って、あゆみは少し泣いた。
 俺はちょっとだけ、左肩を貸しながら、グラスを傾けた。
 Four Roses黒は、十二時半頃に無くなり、それから俺達は少し考え、結局、もう一本入れた。それから、俺達は、朝まで飲んだ。くだらない話から、新曲のアレンジの事まで。
 朝まで飲んで分かった事は、お互いが持っている音源が、数枚を除いて、全く重なっていないという事だった。
 そのうちの一枚に、Carole Kingの「Tapestry」があった・・・・。
 五時半頃、店を出た時、俺は結構酔っていた。が、あゆみは足取りもマトモで、ただ、上機嫌だった。
 「あゆみは酒、強いな」
 「カオルン程じゃ無い。飲み代は、また、今度返すね」
 「ああ、気にしなくて良い。どうせ、LPかCD買うか、酒飲むしか、金の使い道も無い」
 「あはは。気が大きくなってるよ、この人。おじさんだ、オジサン。似合わないから止めて」
 「おじさんさ。だって三十歳超えてるんだぞ」
 ・・・・それからタクシーに乗ったはずだが、覚えていない。
 何もしなかったとは思うが、ちょっと心配だな。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-21 00:30 | 第三話 「紫の指先」
 「そりゃそうだと思った。そして俺は、薫子に『軋轢を楽しむために、君の誘いを受けた』と言った」
 「何それ」
 「そう思わないか。グルーブなんて、放っときゃ良いんだよ。そんなことは、誰か他の奴が気にすることだ。俺達は、音で違う世界に行くために、集まっているんだから」
 あゆみは、少しグラスを傾け、そして、ゆっくり言った。
 「・・・・そうね。その通りだわ。
 私ね、この前のライブ、えらく感動したのよ。演奏する前は、みんな、何か少しずつ傷ついた感じだった。私はヴォイドに会って、酷く緊張していたし。そして始まったら、冬美ちゃんが練習通りに演奏しないでしょ。殆ど、破綻すれすれで、何度も駄目になるかと思った。でも、テンション高く保ちながら、何とか帰って来られた。それも、予想より豊かな地に」
 「そうだな」
 「私あの時・・・・」と、あゆみが言いかけた時、不意に携帯電話が鳴った。
 「・・・・どうぞ」と俺は言った。
 あゆみは番号表示を確認して、それから「別にいい。切っとくわ」と言って、電源を落とした。
 「良いのか。彼氏だろ」と、俺は悪戯っぽく言った。
 「いらない」あゆみはそう言って、グラスを傾けた。
 「別にいい。もう、いらないわ」
 「そうか。・・・・今、言いかけたことは何だった?」
 「何だったっけ。私は馬鹿な女だから、忘れちゃった」
 「何が馬鹿なの」こいつ、時々自己否定に入るんだよな。
 「まず算数が出来ないの」あゆみは少し酔ったのか、壁に凭れて足を組み、鶴亀算から算数、数学が出来なくなったこと、姉の存在、父親との確執、最初の男、影響を与えた年上の女性の事、音楽との出会い、何故ベースを弾くようになったか、等を話した。本当だな、飲むと結構、喋るんだ。
 今までの二人飲みは、リラックスした飲みじゃ無かったのか。
 「鶴亀算は俺も分からなかった。学生時代、短期間だけ公文式学習室でバイトしてたんだけど、鶴亀算が教えられなくって、方程式で教えたら、生徒の親から苦情が来てクビにされたんだ」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-14 01:13 | 第三話 「紫の指先」
 「そうじゃない。そうだなあ・・・・。
 今、想像してみるに、自己批判の強い男と、抑圧された女が演奏する堅い音なんて、まるでナチスだ」
 「まあ、そうかもね。はは。雁字搦めね」
 「俺は、“今の”あゆみみたいな、後乗りの音のベースとはやったことは無かったんだ。硬い奴ばかりで。
 ・・・・そういえば、俺が一緒にやってきたベーシストは、エゴを出せないヤツばかりだった。たぶん全員、今はサラリーマンやってると思う」
 「サラリーマン? はは。面白い」
 「面白くなんか、ないさ。俺は奴らを音で押さえ付けてきた。何も面白くない。・・・・?」
 そうか、俺は予定調和が嫌いだと良いながら、今までやってきたバンドでは、メンバーを押さえ付けてきたんじゃないか?
 理想ばかり求めて、狭いルールを作って、それが音楽の質を高めるために必要だと思ってきた。でも、きっとその切迫した考え自体が、メンバーにとって気詰まりだったんだ。
 俺は今まで、俺を解雇したメンバーに才能が無いと切り捨てていた。実際、一枚だけ出た『南蛮』のCDを聴いても、全く魅力を感じなかった。だが、俺は奴らの良い所を、充分に引き出せていなかったんじゃないか。
 リーダー面して、抑圧して、思い通りに行かないことに苛立って。俺はそれが俺の責任感だと思っていた。
 でも、それはただの義務感だったのかもしれない。
 ふいに俺は、以前見た夢の中で、変態オヤジと黒猫のEricが言っていた、「どのような形式であれ、抑圧に変わる危うさがある」「そして、抑圧には際限がない」という言葉を思い出した。
 「・・・・カミさーん、帰ってきて」あゆみは右手を目の前でひらひらさせた。目が、少しとろんとしている。
 ふん、言おう。
 「俺は薫子に、俺とあゆみでは『気持ち良いと思えるグルーヴが全然違う』と言った。そうしたら薫子は、『私は気持ちの良いグルーヴを求めて一緒に演奏している訳ではない』と言った」
 「・・・・それで」あゆみのグラスが止まった。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-07 00:30 | 第三話 「紫の指先」
 「ベーシストを引き抜くと言うより、友達として助けてくれたんだと思う。私こんなんで頼りないでしょ。それであの頃、ヴォイドに覚醒剤やらされてたんだ。それを知ってカオルンは私に会う度、『止めなさい』って、ずっと言ってた。
 カミさんと同じで私もハッパは大好きだけど、覚醒剤は嫌だった。あれをやる人は、セックスすると気持ち良いらしいんだけれど、私は逆で気持ち悪くなるし、それに父親の事ばかり思い出して頭から離れなくなるの。
 それから、ヴォイドの口が何か少し臭う気がするの。普段は気にならないんだけれど、覚醒剤をやってキスしている時、ああ臭い、って、そればかり気になって、優しくしてあげたい気持ちが、努力しないと出て来なくなるの」
 「あれは良いことなんか一つも無い。俺はやったこと無いけど、やってる奴はみんな音が悪くなっていった。なんか、細かい事ばかり気になって仕方なくなるらしいんだ。切迫感に苛まれて、いらいらするらしい。酒も不味くなるらしいし。
 第一、俺は酒以外に不健康なことするつもりは無いんだ。最近はハッパも必要なくなった」
 「すぐ抜けられて本当に良かったわ。お酒が不味くなるのは嫌だ。その点は一緒ね、私達。
 演奏してても、ズレてばっかりなのに。はは」
 あゆみは、そういって、グラス半分になっていたソーダ割りを一気に飲んだ。そして、少し、唇を拭った。
 あゆみも、やはりそう思っていたのか。
 「前のバンドでヴォイドに支配されていた頃の私となら、カミさんと合ったかもね」
 あゆみは、Four Roses黒に手を伸ばす。そして、自分のグラスと、俺のグラスを作る。
 「ありがとう。・・・・そうかもしれない。その頃のあゆみとなら、ソリッドな音にまとまっただろうな。でも、つまらなかったと思う」
 「気休めはいい」
 あゆみはそう言ったが、少し拗ねた口調だった。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-31 01:20 | 第三話 「紫の指先」
     八

 「Light My Fire事件でしょ? 忘れられないなあ」
 「何、それ」
 俺とあゆみは、何時もの紫野山さんの店ではなく、少しバスに乗り、寺町御池上ルの古いビル三階にある、「Bar紫煙」に行った。バーボンが飲みたいと、あゆみが言ったからだ。
 かなり昔にボトルを入れた記憶があった。俺より少し年上の姉さんが一人でやっている店で、入り口に置かれた骸骨は本物だとの噂があった。客は俺達だけだった。
 「神ノ内さん、えらく美人の彼女ね」と、自分も美人の姉さんは言い、俺のボトルを出した。つまみの注文を訊いた後は、座敷で俺達が飲むに任せていた。小さな音で、偶然にもThe Doorsが流れている。
 「あ、聞いてない?カオルンったらねえ、膝を抱えてのたうち回ってるヴォイドを見ながら、私が飲んでいたウォッカのストレート、頭にぶっかけてね。『ねえ、誰かライター貸して』って言って、薄くなった髪の毛に、火、付けてね。
 叫いてるヴォイドに、『うるさい。 “Light My Fire”でしょ。本望でしょ』って、言ったのよ」
 「わはは・・・・」怖えー。
 「一瞬、燃えただけなんだけどね。
 ・・・・私、年上の男に、弱くって、反抗したことが無かったんだけれど、あれで少し人間が変わったかな」
 「年上の男って、俺もそうだけど」
 「カミさんはカオルンが連れてきた人だから、初対面の時から気を遣ったことは無いなあ。
 ……私、父親が天敵なの。あいつの前に出ると全然ダメなの。なんにもできないの。ただ、はい、はい、って言うばかりで。だから、家を出た時は本当に気楽になったんだけれど、でもダメなの。ベース片手にバンドをやり始めてからも、偉そうなことを言う、年上の男ばかりに捕まっちゃって。何時も、そうだったの」
 「天下のフェロモン散布マシーン、あゆみ姉さんがねえ。
 でも、薫子が喧嘩してまで、君を引き抜くなんて」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-24 08:15 | 第三話 「紫の指先」