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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     三

 「ただし、叩けるか叩けないかは、すぐに答えられない。もう二年も、叩いていないし。合うかどうかも、分からないし」
 「たぶん、神ノ内さんは私達のバンドには合うと思う。
 四月二十日、十時位から、木屋町の『The End of North』でやるから、観に来て下さい。そしてその時、必ず答えを聞かせて」
 「おい、バンド名は」
 「『癩王のテラス』よ」
 そう言って、彼女は振り向いて自転車に乗った。
 ・・・・おいおい、俺は『The End of North』なんて、何処にあるか知らんぜ。
 そのライブハウスは、木屋町の市営駐車場の南側にある、ラブホテルの地下にあった。
 本当に久し振りに、俺はタウン紙を立ち読みし、場所と開始時間と対バンを確認した。
 その対バンの中に、あまり会いたくない名前を発見した俺は、わざわざ夕方に『North』に電話し、タイムスケジュールを再確認したのに・・・・、階段を降りる途中で、案の定、こうだ。
 「やあ、神ノ内くん、久し振り。相変わらず暗い目えしてはんなあ。こんな所に、何の用事やの。ひょっとして、僕、見に来てくれたん」
 相変わらずの、妙に抑揚の無い関西弁で、鍛冶舎タケシは話しかけた。口には、これも相変わらずのハイライトだ。
 「ああ、そうだな。それもあったんだが、悪い。間に合わなかったみたいだな」
 「今日は掛け持ちで次があんねん。明日、休みやしな・・・・。なあ、あのソナーのスネア、どうしたん。もう使わへんのやったら、くれへんかなあ」
 「ああ、あれね。何処行ったか、分からんわ」
 「そうか。あったら、また頂戴。じゃあ」と言って、鍛冶タケシは細い体にギターを二本抱えて階段を上がっていった。
 ・・・・何時見ても、胡散臭い奴だ。しかし、今でも京都にいたとは思ってなかった。面倒を見ていたバンドのメジャーデビューにくっついて、東京に行ったと聞いたのに・・・・。
 どうでも良い。今は、考えない・・・・。
 受付のオッサンは胡乱な目をしていた。
 チャージを払いながら俺は、「あの、『癩王のテラス』っていうのは、何時?」と聴いた。
「次の、次の次」
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-30 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」
 バンドには、プロにならないか、という話が度々持ちかけられるようになった。だが、俺はその気になれなかった。
 一月に三回程度のライブには何時もそこそこの客が入り、ツアーに行けば、客で来ていた地元の女を抱けた。飯も酒も寝る部屋もその女持ちで。
 だが、俺は段々、バンドを維持することに嫌気が増していった。
 リーダーと言われて、色々な雑務を引き受けて、そして俺が客の前でやっているこの音は何だ?
 まるでスタイル・カウンシルからポール・ウェラーの毒を抜いてグラニュー糖を塗したかのような演奏しかできなくなった。
 それでいてバンドは、毎回毎回顔一面に「私を楽しませて」と言わんばかりになっている客を相手に有頂天になっていた。やり続けている曲には、もうずっと前から飽きが来ているのに、止められずにやり続けたり、何度もアイデアを再利用したりして、出し殻のようになるまで扱ったりした。
 唯俺一人が時折、言われた通りにならない感情と直結したがる両手、両足を無理矢理理性で押さえ付ける苦痛に、空々しい笑顔を歪ませていた。
 その俺の様子は、他のメンバーには鬱陶しいものでしかなかったんだろう。
 二年前の春、俺は突然、キーボーディストから「辞めてくれないか」と言われた。電話の向こうで奴は、積年の恨みを晴らすかのように言った。「何時も何時も暗い顔で演奏されちゃ迷惑なんだよ。あんたの頭でっかちと、硬いドラムには、昔からうんざりだった。俺達はあんた抜きでメジャーデビューする」と。
 俺は、「ああ」とだけ言って電話を切った。
 それから俺は仕事しかしていない。仕事場の図書館と家との道を行ったり来たりするだけの日々。他の音楽仲間から時折回ってくるハッパを楽しむ位だ。
 辞めて以来、新しい音楽を買うことはないし、シーンをチェックすることもしない。古いジャズばかり聴いている。
 『南蛮』は東京に進出したが、メジャーで耐えられるだけの力は無かった。CD一枚出しただけで、解散したはずだ・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-23 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」
     二

 その女子高生の言うように、俺は二年前まで、バンドをやっていた。
 辞めたのは、解雇されたからだ。
 今から五年前、二十五歳の頃、俺は働きながら、大学時代のサークル仲間とジャズのバンドをやり始めた。「ジャズ」と言っても、フォービートじゃない。
 一概にジャズと言っても、そのジャンルが包括する範囲は広い。メンバーは、トランペット、テナーサックス、キーボード、ベース、ドラムの五人で、ジャズとしては普通のフォーマットだったが、俺はバンドを組む時に、「ジャズとかロックとか、枠に捕らわれずに、メンバーが表現したいことを明確に表現し、なおかつ、客を楽しませ、空間を共有できるバンド」が作りたいと言い、それを目指した。
 もともとは、俺がメンバーを集めたバンドだったし、確かに最初は、即興演奏に比重を置いた音づくりを指向した。パワー・フュージョンみたいな音しか出せなかったが、何時かは自分達にしかできない、独特の世界を作るつもりだった。
 ただ、客が入らなかった。バブル崩壊直後の日本では、インスト中心の小手先が上手いバンドを聴く客は一握りだった。
 ある日、キーボーディストが、ギタリストを連れてきた。ギターは下手だったが、歌が上手かった。リーダーだった俺は、ギタリストにカッティングだけは格好が付くように練習させることと、少しずつ歌もののナンバーを作るようにした。
 ギタリストは、歌詞を書いた。敵が不明瞭な反抗的な歌詞と、甘い恋愛の歌詞を。
 テクニックがあって、リズムがタイトで、アンサンブルのアレンジが綺麗で、パンキッシュなギターとボーカルの取り合わせは、このバンドを踊れるバンドに変身させた。
 客は集まりだした。
 そして、バンドの音は俺の指向を離れていった。ギタリストとキーボーディストが、二人で書いた曲のみが取り上げられるようになっていった。俺が作る曲は、歌詞が乗せられることもなく、リハーサルされることもなく、却下された。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-16 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」
 俺は、彼女から離れた場所に、ゆっくりと座った。恐らくは、彼女の年齢よりも古いだろう、ボロボロのフルート。それは、黒いセーラー服には、およそ似つかわしくないものだった。
 俺は彼女に釘付けになった。呆然として、目が離せない。
 だが、川面が乱反射して、ラリった俺の視界を遮り、彼女の顔が見えない。
 突然、小さな小さな、けれど本当に芯の入った安定したピッチで、「You don’t know what love is」が流れ出した。ゆっくりと、ゆっくりと、テーマを二回。
 そして、テーマをバラバラに崩して即興した。
 ・・・・キラキラと飛び散った音。小さな小さな破片。
 全ては切り刻まれている。ただ、その音の破片達は、鮮やかな存在感で、俺の目の中で鳴った。
 そして、最後のテーマに帰る時には、即興によって歌われた全ての音が、全て無駄なく機能して構築された。
 まるでエリック・ドルフィのようだ。
 俺は何時の間にか泣いていた。その涙は腕の中の黒猫を濡らした。
 ・・・・しかし、こいつはもう動きはしないのだ。
 俺は顔を上げた。不定型な視界の中に、彼女がこちらを振り返っているのに気付く。
 目尻の切れ上がった冷たい目が俺を直視した。左の眦に小さなほくろがある。
 俺はその瞳から逃れることが出来なくなった。
 俺はふと、四条木屋町で見た、幾つの年なのか皆目検討のつかない、老いた売春婦の幼い瞳を思い出した。
 そして血塗られたような唇が動いた。
 「あの、失礼ですけど、以前、『南蛮』というバンドでドラムを叩いていた、神ノ内さんですよね」
 その声の生命感の無さに俺も切り裂かれた。
 「ああ」
 「今度、私のバンドで叩きませんか」
 俺は「いいよ」と言って、抱いていた猫の頭を撫でた。
 四月の日射しを受けて、その黒い毛は綺麗に光っていた。
 「ただし、この猫の葬式を手伝ってくれたらね」
 「いいですよ。私にください」
 そう言って彼女はフルートを片づけると、死体を受け取った。
 彼女も黒猫の頭を撫でた。
 そして次の瞬間、その死体を、思い切り川に放り投げた。
 中空を飛ぶ、黒い形象。その後を追う、二、三の赤い飛沫。
 彼女の目もそれを追う。
 「何をしたって、彼はもう生きていないのよ」
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-09 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」
     一

 桜の花弁。泥の中に踏みしだかれた、その汚らしい美しさ。
 飲み尽くしたハイネケンをビニール袋に片付ける。高野川と賀茂川の合流点の手前、飛び石の上で遊ぶ子供達。その色鮮やかな服が視覚に染み入る。明るい、四月の光の中で、それは目まぐるしく動いている。
 「もう終わりだな」と何の感慨もなく呟く時の、吐き気のしそうな快感。
 枝の先で散り残った花弁達は、怠そうに鈍く、俺の視界をちらつく。日射しは暖かく太股を照らす。安全靴の中を重く湿気る。
 残されてきた最後のハッパが、今、口元で全て焼き尽くされた。指先は、その熱を怖がらずに味わっている。
 俺の右側、少し離れた場所で、同じように川面を見ながら腰掛けていたアベックの男の方が、川の水たまりに小石を投げ入れた。
 その音の凝縮に俺は打ち抜かれる。
 恐ろしい明るさの中に、風が少し吹く。俺はもう一本買っておいたハイネケンを開ける。
 いきなり、カミソリのような音を立てて、白い飛沫が髪にかかる。
 笑わずにいられない。
 「ねえ、なんかあの人、気持ち悪くない」
 小声とは思えない声で、アベックの女の方が男に話しかけ、二人は立ち上がった。
 喉に流されたハイネケンは、ぬるく、それが俺を不快にした。
 「そうだ、チョコレートを買ってこなくっちゃ」
 ふらっと立ち上がって、何の恥じらいもなく、ほら、俺はまだ大丈夫だ、と思う。
 出町柳商店街へ行くために飛び石へ向かう。温かい空気がまとわりついて、俺を撫で、そして過ぎて行く。
 「ハーゲンダッツでも良いんだよな」
 わはは。一つ一つ飛び越えるのが、こんなにスリルに満ちているとは思わなかった。楽しくて仕方がない。虚無感を除いては。

 さすがに帰りは飛び石を行く自身が無く、俺は出町橋を回った。自分でもおかしいと思う程に、ニコニコとしながら、グリコのアーモンドバーを頬張りつつ土手に降りようとすると、アスファルトの上で、黒猫が死んでいた。
 「可哀想」と小声で言って、次の瞬間には違う事を考えているに違いない女子大生二人。
 俺はしゃがんでそいつを見てみる。
 きれいな、漆黒の固まり。ただ、口から血を流しているだけ。
 後ろからクラクション。俺はちらっとそっちを見て、猫の首根っこを掴んで持ち上げる。
 顎が外れている。
 仕方なくアーモンドバーを口で噛んだまま、両手でそいつを抱き、土手に降りる。
 グレーのパーカーの袖元についた、そいつの鮮明な赤い暴力。
 腕の中のそいつは、まだ暖かかった。
 何処かに埋めてやろうと思い、自分が最初に座っていた場所に行くと、女子高生が一人、座ってしまっていた。
 フルートを抱いて。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-02 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」
 予告

 エリック、何故、君は傍にいない?
 俺は何時も君を探している。
 僕はチャールスの傍にいるよ。そして、音楽の女神の気まぐれに付き合わされて、ちょっと辟易している・・・・。

 酒飲みの体たらくにーさん(ちょいオヤジ)と、曰くありげな女子高校生が出会う時、血滴は飛び、花びらは踏み拉かれ、川は海へと帰り、生と死は何気に交差する。
 澱んでいる暇は無い、薫子の前では。

 二〇〇八年、新春二日目より、「My Monkey Record」専属ライター、Jazzamuraiがお送りする、jazz & prog & ちょっと少女漫画チックなStory。

 初回予告 第一話 「黒猫は踊る」!

 彗々たる星斗にも勝りて、夜が吾等の裡に開きたる永遠の眼こそ聖なれ。

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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-01 00:05 | 次回予告