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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 その瞬間、ギターソロは己を全うし、三コーラス目に向かった。気が付くと、冬美が来ており、既にヴァイオリンを顎に挟んでいた。・・・・そして、奴は、あのテーマを弾く。
 その時の目の冷たさが、俺に突き刺さった・・・・。
 「良いんじゃないの」と最初に言ったのは冬美だった。「僕、こういう正確なドラム、好きだな」
 「やっぱりブルフォード好きだと思った。俺も良いと思う。あんた、最近は叩いてないっていうの、ウソだったんだな」
 「いや、ドラムセットに座るのは、本当に二年以上、間が空いている」
 『南蛮』を辞めて以来、スタジオでドラムセットを叩いたことは、この二年間全くなかったが、実は毎日、寝る前最低二時間、メトロノームをヘッドフォンで聴きながら練習台でパラディドルや基礎練習はやっていた。これは、中学でブラスバンド部に入った時以来の習慣だから、寝る前の歯磨きの様なもので、止めたことはなかった。
 ただ、キックには多少、不安があった。生音が鳴らない練習台といえども、夜に思い切りペダルを踏むには、俺の借りている家と隣の家の距離が気になった。
 だが、足は心配していたよりも、動いてくれた。
 「久し振りだな、こんなに楽しめたのは。・・・・あ、ごめん。シーケンサーもまあ、良かったんだけど」と、輝広は言った。
 薫子は、「そう」とだけ言い、「あゆみちゃんは?」と訊いた。
 「格好良いなあ。私、こんなソリッドなドラムと、今まで一緒にやったことないよ。・・・・がんばってみる」とだけ、あゆみは言った。
 「足はもう少し精度を高めてね、オッサン」と冬美は言った。
 あ、やっぱり少しばらついたか・・・・。
 「じゃあ、次のライブのこと、決めようか?」と薫子は言った。
 「え、いきなりライブか。・・・・良いのか?」
 「そんだけ叩いといて、良いも悪いもないだろ」と輝広が言った。
 「そういうこと」とあゆみが言った。
 そして、「あのね、前回は・・・・」と切り出して、薫子が自分の案を言った時、輝広は思い切り笑った。
 ・・・・俺は、まだはっきりと参加すると言っていなかったが、その独特の雰囲気から逃れたいとは思わなかった。
 きっと、こいつらは、一瞬で俺の力量を理解しただろう。抜け目無く、相手を騙し食らいつく瞬間を求め、張りつめた緊張の中で音を選ぶこと。到来した瞬間を完全に楽しみ切るための、睨め回す様なアプローチ。ひしひし来るテンション。比喩しがたい個性。今まで体験したことのない、このメンバーの中で自分が演奏できること。そのスリル。
 薫子の、俺の気持ちを見透かすような「じゃあ・・・・」の一言をすんなりと受け止め、俺は「癩王のテラス」に加わることにした。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-04-30 22:25 | 第一話 「黒猫は踊る」
 「それで、連休のライブでは、何を演奏するんだ。オリジナルがあるなら、聴かせてくれないか」
 「ああ、あるにはあるんだが。薫子が次のライブではやる気がないみたいだ」
 「じゃあ、今日は何をやるんだ」
 「まあ、そんなに決めなくても良いと思う。最初はゆっくり行ったら良いんじゃないの?
 ・・・・なあ、このリフ知ってる?」と言って、輝広はヘビーなディストーションで、有名なリフを弾き始めた。
 「ああ」「そう、じゃ1、2、3、4」と言って、俺達は、何の打ち合わせも無く、それをやり始めた。
 ・・・・久し振りに聴いた。キング・クリムゾンの“イージー・マネー”を。俺は元々、ジャズというよりも、プログレが好きで、特にキング・クリムゾンは高校生時代に良く聴いた。ビル・ブルフォードのドラム・フレーズは良くコピーした。
 輝広のグレッチは、こういうヘビーなリフを弾くのには適していないと思うが、それでも、エフェクターのチョイスが合っているのか、まるでレスポールの様な音がした。
 それに、歌っている声が低く太く、デカくて、まるで奴が吹いているテナーと同じだった。
 ・・・・1コーラス目が始まる時に、あゆみがスタジオに入ってきた。慣れた手順でセッティングを済ませ、何も言わずに合わせ始める。
 ・・・・ギターソロに入る前に、薫子が入ってきた。少し驚いた様な顔をしたのもつかの間、ちょっと笑って、アルトを肩から下ろし、スタジオ備え付けのキーボードに電源を入れた。
 輝広のギター・ソロは、誰に似ているとも言い難い音だった。やってる曲が曲だから、ロバート・フリップの様な組み立てにならざるを得ないのだろうが、それでも、フレーズの編み込み方が誰々に似ている等とは、俺は言えなかった。
 そんな俺の思考を全く斟酌しない場所から紡ぎ出されるフレーズの斬新さを、本当に純真に楽しみつつ、俺は叩いた。
 久し振りに味わう楽しさだった。時として寄り添い、裏切り、反発し、宥め合う・・・・。こんなに楽しんだのは、久し振りだ。
 音楽でしか味わうことの出来ないエロスだ。これは・・・・。
 “そして、空中に消えてしまった音楽は、二度と取り戻すことは出来ない”
 突然、エリック・ドルフィーの最期の言葉が、俺の頭の中に閃いた。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-04-23 00:07 | 第一話 「黒猫は踊る」
     七

 あんな酷い酩酊状態でも、俺は電話番号を交換できたらしい。日曜日の夜、あゆみから電話が入った。
 「おはようございまーす。あゆみでーす」
 「なんで、この番号、知ってる・・・・」
 「えっ。なんでって、私とカミさんの仲じゃない。手帳をご覧下さーい」
 俺のボロボロの手帳には、俺以外の誰かのヘロヘロの字で、「二十二日、午後九時~十二時、京大オルタナ部のスタジオにて初練習」と書いてあった。
 「あー、じゃあ、それあってる。それ、私書いたの。でも、私、書いたという記憶がなかったの。カオルンから電話かかってきて、『確かめておいて』って、言われたの」とあゆみは言った。
 「えっと、連絡無しに一五分以上遅刻した場合は、スタジオ代全額が遅刻した人の支払いになるのでご注意下さい。あっ、次は部室だから関係ないか。でも、カオルンがもの凄く冷たく怒るから、集合時間は守って下さいねん。
 じゃあねえ」と言ってあゆみは電話を切った。
 ・・・・昼間、上の空で仕事を片づけた俺は、その夜、ペダル、スティックケースを担いで、前日、皮を張り替えたばかりのソナーを自転車の荷台に乗せ、京大オルタナ部のスタジオに向かった。
 スタジオとは名ばかりの、京都大学に幾つかある軽音部の部室の隣室を改造した部屋だ。
 ・・・・そこは学生の頃、一度使ったことがある。
 鍛冶舎タケシと練習した時に使ったから、迷わなかった。
 着いた時には、まだ前のバンドが練習していた。ハードコアな感じのバンドだった。練習開始時間の十分前になっても、誰も現れないし、前のバンドの練習も終わらなかった。
 やっと五分前に、輝広が、ギターとテナーを持って現れた。
 「おはよう」と奴は言い、そのままスタジオのドアを開けて、まだ練習しているバンドの中に入っていった。それを見て、前のバンドは演奏を止めた。輝広は、ギターを弾いていたガタイのデカイ、モヒカンの兄さんに「スミマセンネ」と言い、その兄さんは、「ああ、スマン」と言って、機材を片付けた。
 「今日は『癩王』の練習じゃないの?」とベースの長髪のイタリア人みたいな兄さんが聞いた。
 「いや、そうですよ。ああ、この人、今度入るかもしれないドラムです」
 「宜しく」とだけ、俺は言った。
 スタジオは以前来た時と同じく、埃っぽくて、ビールの空き缶と焼酎の瓶がアンプの上に並び、そして薄暗かった。
 前のバンドのメンバーと輝広が話していた内容から察すると、どうも、輝広は京大の学生の様だ。俺は、聞くともなくドラムのセッティングをしていただけだが。
 前のバンドが帰り、セッティングは終わった。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-04-16 00:00 | 第一話 「黒猫は踊る」
     六

 ・・・・俺の想像力も、大したもんじゃないな。
 これが夢だとは既に分かっていた。
 あの黒猫が、横笛を吹きながら、二本足で歩いている。
 辺りは真っ暗なのに、あいつが楽しげに歩いている様子が良く分かる。
 何がそんなに楽しいの、お前は。
 “楽しいのは、僕じゃなくて、君でしょう?”
 俺が? 何で?
 “つい、この前まで、君は死んでいたようなもんでしょう?つまらない毎日にうんざりしていた。諦念からシニカルな振りを装って、仕事と酒の繰り返しをコントロールしているような顔をしていたけれど、本当は何か刺激的なことを、そして愛を、探していたはずだよ”
 ・・・・お前は、えらくお喋りだったんだな。
 “エリックは、君を気に入ったんだよ”
 ふと気付くと、黒猫は、あの変態ベーシストの黒く太い腕に抱かれていた。
 “道路から連れてきてくれましたから。危うく、散り散りになって、埃になって空気の中を虚しく舞うところでした”
 “そうなれば、海には帰れない”
 海に帰る?
 “そう。あの娘さんにも、お礼を言いたいところです”
 そういう黒猫の頭を、オヤジは軽く撫でた。
 黒猫は、やがてオヤジの腕をすり抜けて、また、踊り出す。
 オヤジも、あの珍妙な腰つきで踊り始める。
 ・・・・なあ、お前達は今、楽しいかい?
 “僕達が一緒なら、何時だって楽しかった”
 “何時だって、自由だった”
 黒猫は横笛で聞き覚えのあるミンガスの曲を吹き始めた。
 ああ、“What Love”だっけ。あの演奏は、俺も好きだ。一九六〇年の録音で、エンドテーマ手前、殆どフリーな、長い、ミンガスとドルフィーのデュオの部分がある。その部分は、本当に、自由なお喋りの様なのだ。
 あれは、あの形式の中では自由な演奏だな。
 俺がそう思った瞬間、
 “形式と自由は対立しない”
 “だが、自由を概念化する時、自由は形式になる”
 “どのような形式であれ、抑圧に変わる危うさがある”
 “そして、抑圧には際限がない”
 ミンガスと黒猫は、代わる代わる言った。
 “形式の中であろうと、自由でいることはできる”
 “一方、ある自由を自由と名付けた時から、それは形式となり、自由を抑圧する”
 “気をつけるのだ。本当の自由に形式はない”
 “形式として自由を求めれば、すぐさま、抑圧は君を取り囲み、飼い慣らすだろう”
 “そうだ。自由の形を名状するのは止せ。誰にも名付けることのできない解放と神秘を探すんだ”
 “君は必ず、それに抱かれることができる”
 “共に創造する解放と神秘を、愛する人たちと共有するんだ”
 二人はそう言って、踊りながらゆっくりと消えていった・・・・。
 ・・・・ガバッと布団を跳ね上げた瞬間、俺は軽い頭痛におそわれた。
 「あー、やっぱり」夢だった・・・・。
 言っていたことの意味は良く分からなかったが、それでも、夢の中でドルフィーとミンガスに会えたことは嬉しかった。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-04-09 10:00 | 第一話 「黒猫は踊る」
 「俺はわがままだぜ。相手が高校生でも、含めて諭すような物言いは出来ないし」
 「それは私も、みんなも同じこと」
 俺の目を見て、薫子はきっぱりとそう言った。切れ長の二重の目が、固い意志力を表す光で俺を刺した。左目の下の、小さなほくろが、印象的だった。
 「次のライブは何時だ?」
 「来月の連休中」
 「間に合うのか?」細かいことが気になって、俺は言った。
 薫子が、何か答えようとした瞬間、
 「ああー、カオルンとカミサン、こんな所でひそひそー。あゆみも寄る寄るうー」
 ・・・・あゆみは、かなり出来上がっているらしい。薫子の右腕にしがみついて駄々をこねる。あゆみより華奢な薫子は、困った顔をしてこっちを見た。
 「神ノ内さん、一緒にやるって」
 「え、本当。あゆみ、嬉しい。もう、シーケンサーと付き合うのって、飽きて来ちゃってえ。でも、こうなると思ってた。カミさん、これから宜しくねえ」そういって、あゆみは今度は俺の左腕にしがみつき、そして胸が押しつけられた。
 ・・・・でかいな。
 「・・・・薫子。この娘って、何時もこんなに挑発的にエロいのか?」そう言った直後、俺は腹に、あゆみの膝蹴りを見舞われていた。
 その瞬間、薫子は楽しそうに笑っていた・・・・。
 その後のことは、あまり良く覚えていない。駆け込んだトイレで俺は吐いた。少々怒って席に帰ると、「ごめんなさーい、ユルシテー。お詫びの印に、じゃあ、ワイン」と何時頼んだのか分からない赤ワインのフルボトルから、あゆみは俺のグラスたっぷりとそれを注いだ。口の中が気持ち悪かった俺は、その赤ワインを勢いよく飲み干し、あゆみに返して、「あんたも飲め 」と言って注ぎ返し・・・・、そんなことをやっていたら、フルボトルの空き瓶が四本、俺とあゆみの前に立っていた。
 ・・・・途中から薫子と輝広が、俺達の横で、俺達を煽っていた様な気がする・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-04-02 02:20 | 第一話 「黒猫は踊る」