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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     十

 つまり今日は、前回と同じメニュー、ミンガスの「フォーバス知事の寓話」をやる。
 “あのね、前回は・・・・”薫子は、最初の練習の日に言った。
 “前回は、私たちのことを神ノ内さんに見せるために、無伴奏ソロを回したから、今回は同じ素材で神ノ内さんと私たちがどんな感じで一緒にやるのか、うちのファンに見せてあげてね。だから、練習では内容はあまり決めない。適当にジャムるから、手の内を見ればいいわ。”
 ・・・・テーマのブリッジ以降は、前の通りの処理にした。取って付けたようにハードコアな雰囲気で盛り上げて、テーマエンドでは、俺は派手なフィルをまき散らして終わって見せた。
 そしていきなり、一旦無音になった。
 その中を、ヴァイオリンが、冷たくマイナーなメロディーを弾き始める。得も言われぬ沈痛さだ。
 そのメロディーの一瞬の間を捉えて、俺は大きくフィルインして、ミディアムテンポの硬質なエイトビートを叩き、それに、あゆみがファズを思い切りかけたリフを叩き込んでくる。
 ・・・・冬美のソロパートの仕掛けは、打ち合わせ済みだった。
 冬美自身が“僕も、デヴィッド・クロス役をやりたいな”と言ったからだ。つまり、七〇年代キング・クリムゾン風に。
 “この私に、もう一度ジョン・ウェットン役をやれと仰るのでしょうか”と、あゆみはおどおどしていた。
 “ファズ貸してやるよ”と輝広が言った。
 ・・・・それにしても、冬美は本当に上手い。デヴィッド・クロスはお世辞にも上手いとは言えないから、比べるのも野暮だ。それに、他人の意見なんて聞くもんか、の態度とは裏腹に、他の音が良く聴こえている。俺の仕掛けたフィルに対する反応も鋭いし、逆に俺が突っ込むための餌まで蒔いてくれる。そして、時折、元輝を挑発し、フレーズを絡ませるが、ギターが絡んできたら、全く違う素材のフレーズに解体し、冷たくあしらう。
 俺は、実は冬美は、凄くエロチックな人間なんじゃないかと、少しずつ思い始めていた。
 そんなことを考えながら、フロアーを見ると、ノっている客がかなりいた。ウソだろ、と思ったが、宮坂も七〇年代キング・クリムゾン風のインプロヴィゼーション大会の虜になっていた。薫子は独り、フロアーに降りて、鋭い目でステージを見ていた。
 ・・・・最後だけはギターを寄り添わせて、込み入ったフレーズを上昇させながら、冬美はゆっくりと俺を振り返った。合図だ。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-25 00:40 | 第一話 「黒猫は踊る」
 “なんだ?何故、いる?”
 鍛冶舎は、少しゆるんだ口元に上手く丸めたハッパを喰わえながら、フレームの小さな伊達メガネの奥で、鋭くつり上がった一重まぶたの目を、俺に向けているように見えた。独特な細く長い指が、広い掌の中でルー・リードのようにそれを包んで、赤い光点を描いている。
 久しぶりのライブで少し緊張を抱えていた俺としては、会いたく無かった人間だ。だが、“ええい、今日はツマランことを考えている暇はない。”
 俺は、意識を遮断して、ドラム周りをセッティングした。
 ふと、俺の右前方のあゆみを見ると、濃厚にラメ入りの口紅を塗った唇が動いている。
 “私の、前に、宮坂さんがいるよ”
 そして、強めに縁取った目が宮坂を見た。
 俺は、傲然としている奴に目で挨拶してやった。
 セッティングに一番時間がかかるのは、俺だった。冬美が、 “ドラムもちゃんとチューニングしてよね”というからだ。
 「そろそろ、良い?」と薫子の紅すぎる唇が動いた。薫子は今日、自分のアルトのピックアップ・マイクをラインにつなげるだけだから、楽なもんだ。
 “良いよ”しかし、このトップシンバルは鳴らないな。
 そして、あゆみはマイクに向かい、「こんばんは。『癩王のテラス』です」と言い、言い終わるが早いか、薫子のアルト・サックスは『The End of North』の空気を切り裂いた。
 無伴奏で、早いフレーズを紡ぎ続ける。生音で十分な音量と、正確なコントロールで。そして、それを今日は一分程続けた所でいきなり停止した。
 少し出を戸惑ったが、ゆったりとしたタメのあるベース・リフが流れだした。そして、俺は、慣れた手つきでフォービートを叩き始める。意識してわざとらしく、トップシンバルをスウィングさせた。鳴らないから余計に粘っこいファンキージャズ風のビートが出来上がった。元輝のギターも芝居がかったバッキングだ。
 そして、俺は大きくフィルインした。アルトとヴァイオリンが、あの癖の強いテーマを正確にユニゾンする。俺は笑いたくなるのを押さえられなかった。
 不機嫌そうに観ていた宮坂の表情は、テーマが流れ出した瞬間、明らかに凍り付いた。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-18 01:10 | 第一話 「黒猫は踊る」
 “両親がいない?死んだのか?”
 “そうみたい。ただ、理由までは詳しく知らないの”
 “話したくないんだろうな”
 “違うの。訊けば話してくれそうなんだけど、話す時の口調が何か自嘲的で、それを見るのが辛いんだ”と、あゆみは言い、それ以上は言わなかった。
 「・・・・神ノ内さん。何か私の顔に変な所でもあるの?」
 薫子に言われて、俺は慌てて目を逸らせた。
 「いや、別に・・・・。薫子は、出る時はメイクしないのか?」
 「薫子にはメイクなんか要らないよ。睫毛バサバサの二重のぱっちりツリ目、頬は真っ白、唇は血を舐めたみたいなんだから。その上に何か塗ったら、魔女だよ」と冬美が言った。
 「まあ、したこともないし」薫子は、抑揚無く言った。
 「お前ら、どっちもどっちだろ」輝広はクロスにフィンガーイースを軽く吹き、それでフレットを拭きながら言った。
 「最後、確認だけど、私、やっぱりソロしなくちゃいけないのよね」
 「・・・・あのね、この期に及んで、まだそんなこと言ってんの?」輝広の手が止まって、あゆみを睨んでる。
 「だって、即興って苦手なんだもん」
 「あゆみちゃん、がんばってね」冬美はウインクして見せた。
 「うーん・・・・」
 冬美以外のメンバーは、時折下に降りて対バンを観た。冬美は二時間ほど寝ていた。
 「こいつ、煙草は大嫌いなくせに、自分の知らない人間がセックスしたベッドで寝るのは気にならないのかねえ」と輝広は言った。
 『癩王のテラス』の前のバンドが始まったのは、丁度十一時で・・・・、まあ、四十分程度押してるってことだ。
 十一時三十分、あゆみの携帯が鳴った。「そろそろ来てって。結構、入ってるみたいよ」
 「そう言っても、『North』じゃ詰めても七十人位だろ」そう言って、ギターのケースだけを抱えて立った輝広は、よく見たらこの前と一緒の服だ。あゆみは、ストライプの入った、OLの勝負スーツみたいな黒っぽい上下を着て、パンプスを履くのを手間取った。下着の上に直接着たのか、胸の谷間の闇が深い。
 「・・・・まあ、“クール”にね」俺も三点セットを抱えた。
 「ふふ」と笑って、薫子は素足にコンバースを履いて、部屋のドアを閉めた。
 ・・・・確かに『North』のフロアーは、前、俺が初めて来た時よりも詰まっていた。
 濃厚な煙草の匂いと、薄暗いライトのせいで、視界はあまり利かず・・・・。誰だ。かなりモノの良いハッパの匂いが強烈にする。その匂いが漂い来る方を見ると、今日は出演する予定がないはずの鍛冶舎タケシがいる。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-11 00:28 | 第一話 「黒猫は踊る」
     九

 五月三日、『The End of North』で、『癩王のテラス』はリハーサルをしなかった。三回目の練習で、「これ以上、この曲をやったら、本番でテンションが殺がれる気がする」と薫子が言ったからだ。
 午後八時開演。前回と同じ、二十四時終了予定。俺は今回、誰にもチケットを売らなかった。イベントのタイトルは、「ジャズ・ジャンク・スタイル」。・・・・まあ、前のイベントの二回目っていうことだ。
 『癩王のテラス』の出番は午後十一時で、集合時間は午後七時。俺達は開場前ミーティングの後、『The End of North』の上に立っているラブ・ホテル『Sex Sleep Eat Drink Dream』の一室にいた。
 「前から思ってるんだけど、出演時間ギリギリの集合じゃダメなの」と、冬美はベッドにしなだれかかりながら、少し眠そうな声で言った。ピタリと張り付いた黒のフレッド・ペリーの襟元がはだけている。
 この広いスワッピングルームを控え室代わりにシェアしたのは冬美で、理由は「あんなヤニだらけの場所(『North』のこと)にヴァイオリンを置いておけない」からだった。
 「冬美ちゃんは、例えば自分の企画したイベントに参加要請した人が、他の参加者も観ずに自分の出る時間にだけ来て、すぐ帰ったら、多分切れるでしょ?それに私は、聴いておきたい人もいるし」と、あゆみは、落ち着いた声で言った。
 「まあね」冬美は素直に言った。「まあ、良いけど」
 薫子は、例のこすれた赤耳のリーヴァイス五〇一で、籐のカウチに足を組んで座り、アルトを拭いていた。リード板をくわえた唇と、深紅のノースリーブに包まれない白く薄い両肩は、少し微笑んでいるように見えた。だが、化粧っ気のないその顔は、何か、楽しむのを自制した様にも見えて、儚げだった。
 ・・・・俺は、この間、あまり薫子と話していなかった。話すのはもっぱら練習時間だけで、練習の後、彼女と冬美は何時もすっと帰ってしまう。
 “まあ、高校生だしな。夜更かしは、親が怒るだろう”と、俺は練習の後で、例の如くあゆみ、輝広と飲んでいる時に言ったことがある。
 “カオルンに両親はいないよ”とあゆみはグラスを見つめて言った。“残された家に独り暮らし。家政婦のおばちゃんが週に3回来るくらい”
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by jazzamurai_sakyo | 2008-06-04 00:50 | 第一話 「黒猫は踊る」