ブログトップ

ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

<   2008年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 そうだね。
 薫子は、ロングトーンの、美しいフレーズを唱って俺を待つ。その瞬間、俺は区切りのつもりで硬くて大きなフィルを入れた。
 そして、その直後から、俺達は、それまでとは次元の違うフォービートの中にいた。
 そのビートはあくまでもオン・タイムのフォービートだ。
 でも、明らかにスウィングしていない・・・・。こんな全くタメのない硬質のビートを、フォービートと呼べるのか?
 だが、俺のドラムは、今まで俺が聴いたことのない程、“唱って”いた。
 それも恐ろしいテンションで。
 そして、そのテンションを薫子がきりきりと加速させる。
 それでも、俺と薫子は、熱くはならない。
 意識がどんどん覚めていく。
 今までライブしてきて、こんなに恐ろしいスリルを味わったことはなかった。こんなに厳しい覚悟をしたことも。
 一瞬でも躊躇したら、一瞬でも妥協したら、俺は薫子に喰われてしまうだろう。そして、俺は抜け殻になり、音楽は腐敗するだろう・・・・。
 こんなに冷たくて、イキっぱなしのスリル。
 俺は薫子の全てを自分の近くに寄せ、全てを見ている。
 きっと、彼女も同じように感じているだろう。
 俺は、こんなに自分に近い音を聴いたことはない。そして、俺はそれを一瞬のうちに育み、そして惜しげもなく殺す。
 薫子のアルトは同じフレーズを決して繰り返さない。何にも譲歩しない。
 俺達は、裏切り続けながら、寄り添う。
 お互いの仕掛けは、お互いを裏切りながら、次の扉を一緒に開けさせる。
 次から次へ、俺達は違う世界に行く。
 俺は“名状しがたい自由”を感じていた。
 そうだ。黒猫は言った。
 “形式の中であろうと、自由でいることはできる”と。
 “誰にも名付けることのできない解放と神秘を探すんだ。
 君は必ず、それに抱かれることができる”と。
 今、この瞬間、瞬間がそうなのか。
 俺は目を閉じた・・・・。
 中空を舞う黒猫。その一瞬を思い出す。
 俺の記憶の中で、奴が弧を描いて落ちていく一瞬は、長い時間だった。奴を追う、赤い飛沫。
 異なったバリエーションの、長いパッセージが、鋭く、高速で奏でられた。
 血の存在感。正確な音の飛沫達。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2008-07-30 22:25 | 第一話 「黒猫は踊る」
 そんなことをふと考えながら、俺は薫子に合わせていった。
 薫子は決してアルトにノイズを交えない。アルトサックスが楽器として持っている、一番クリアーな音を鳴らしている。
 薫子は客席に背を向けて、俺の方を向きながら、目を閉じて吹いている。
 アルトは次第に、早いパッセージを紡ぎ出す。感情に流されない音だ。タンギングの切れが凄い。音の粒質にバラツキがなく、一音一音が凄い存在感だ。時々、パンパンパンパンとリードが鳴った。・・・・どんな舌をしてやがる。
 俺は、本当はリード奏者を煽らなければならない立場なのに、切り込まれる快感に身を預けそうになる・・・・。
 ふと見ると、二コーラス終わった所で、あゆみが弾くのを止めている。輝広も・・・・。冬美を含めて三人は、ステージの上で、俺と薫子のデュオを聴いている。
 俺は何時しか、薫子の音を味わうばかりになっている。薫子は、冬美の様には、俺が自分を取り戻す瞬間を与えてくれない。
 冷たく、それでいて甘い、包容に捕らわれていく・・・・。
 その時、俺の視界の中に、鍛冶舎が煙草に付ける炎が見えた。
 その瞬間、俺は少し覚めた。そして気付いた。
 俺と薫子は、グルーブが合い過ぎている。こんなに、ハマる演奏者と一緒にやったことは一度もなかった。
 そう気付いて初めて、“このままじゃ、やばい”ことが理解できた。俺自身が、彼女のシーケンサーになってしまう。
 そして、輝広と冬美の醒めた視線にも気が付いた。
 あゆみは、グルーブに身を預けつつ、心配そうな顔をしている。
 ・・・・ああ、ごめんごめん。お前ら、そんな顔しなくても大丈夫。俺は、俺だから、ね。
 そして俺は、薫子がフレーズを再構成する瞬間を待つ。対峙するだけの、コントロールできる意志が戻ってきた。
 俺は、薫子のフレーズに、違うアクセントのフィルを乗せ、切り込む様にスネアを鳴らした。
 おい、自分だけで遊んでないで、俺の音をもっと聴けよ。
 一瞬の間を捉えて、俺は三連のバスドラを大きく入れて、スネアとクラッシュを突き刺した。
 薫子は、目を開けて俺を見た。瞳が真っ黒に俺を射抜く。
 そして、マウスピースから離された唇が、動いた。
 “イキマショウカ”と。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2008-07-23 21:32 | 第一話 「黒猫は踊る」
     十一

 テーマを演奏していた時に、ふとフロアーを見ると、鍛冶タケシは殆ど同じ格好で立っていた。乗ってもいないが、出ていってもいないということは、何か奴にとって美味しい部分があるのだろう。
 宮坂は・・・・、この展開に少し疲れた顔をして呆然として立っていた。おいおい、お前のメインディッシュは、これからだぜ。
 薫子のソロ・パートのネタは予め決めてあった。
 “私は、そのままやって欲しい”と彼女は言った。
 “そのままって”冬美が怪訝そうに訊いた。
 “レコード通りの雰囲気っていうか・・・・”
 “六〇年代の黒人解放運動ジャズってヤツだな”と輝広がちゃかした。
 “私、ミンガスみたいなウォーキング、長くは無理よ。フォービートなんか、それ風にしか弾けないんだから・・・・”あゆみは不安げだった。
 “あゆみちゃんは、最初の方だけ、全体の雰囲気を造ってくれたらいい。ワンコーラスだけでも・・・・。後は、神ノ内さん、4ビートを出してくれますよね”
 出してはやるが、“慣れたくないから、私のソロの練習はしたくない”と言われた俺は、実は、ここからが一番不安だった。
 練習で薫子はあまりアルトを吹かず、スタジオ備え付けのキーボードばかり弾いていた。
 グルーブが合うのか、合わないのか、全く分からなかった。
 ・・・・テーマが終わる。俺は、トップシンバルを控えめにスウィングさせる。ベースはウォーキングしている。
 薫子は、意外にもすっと入ってきた。整ったフレーズだ。輝広は上手くカウンターメロディーを入れる。
 まっとうなジャズだ。ただ・・・・、薫子のフレーズには、全く黒っぽい所がない。
 あれ、そう言えば、この曲が入っているレコードは数枚持っているが、ドルフィーがこの曲を吹く時、ドルフィーを黒いと思ったことがあっただろうか。
 薫子に最初に会った時、彼女は「You don’t know what love is」を吹いていた。俺はそれを聴いて、“まるでエリック・ドルフィのようだ”と思ったが、今、同じことを感じている。
 それは何故なんだろう。扱っている素材が似通っているだけで、フレーズの組み立て方とか、スタイルが似ているという訳ではないのに・・・・。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2008-07-16 16:08 | 第一話 「黒猫は踊る」
 俺は、いきなりブレイクせず、少しトップシンバルとハイハットだけでフォービートを入れてやった。するとあゆみは、とてもゆったりしたテンポの、印象的なリフを繰り返した。コーラスとリバーブが効いて、優しい感じだ。一部の客はそれを聞いて喜んでいる。
 ・・・・何故だ?あゆみが良く弾くリフなのかな。
 それに合わせて薫子のピアノの単音とヴァイオリンがユニゾンで冷たいメロディーを奏で始める。
 やっぱりそうだ。宮坂は言っていた。 “薫子ちゃんの造るグルーブは、何時も、トランスっぽい感じだったんですよ。それをあゆみチャンが横に揺らして・・・・“
 俺は出来るだけ小さい音で、リフを倍にとり、機械的な十六ビートを、トランスっぽく入れてやった。薫子と冬美は顔を見合わして笑い、あゆみは苦笑していた。俺は目で、あゆみに、“こんな感じかな?”と言ってやった。
 その上で、ピアノ、ヴァイオリンが音少なにコレクティブ・インプロヴィゼイションを展開するが、あくまでベースフレーズを生かすためのものだ。ギターはステレオリバーブを深くかけて、バッキングに徹するが、恐ろしい存在感だ。
 ・・・・あゆみのリフを聴いていると、こいつはひょっとすると、歌モノでも良いメロディーを書けるんじゃないか、と俺は思っていた。練習の間、時折聴かせるそれは、一回聴けば覚えられるし、下手すると俺は部屋で独りで口ずさんでいた。
 ・・・・ただ、ベースのグルーブは、はっきり言って、まだ俺としっくり来ていない。
 そんなことを考えていた瞬間、あゆみは踵を返して俺を振り向いたかと思うと、エフェクターを切ってボリュームを上げ、えらく激しいリフを弾き始めた。・・・・口元は笑っているが、目が真剣だ。
 実は、俺はこの瞬間を待っていた。きっと、開き直った時の大きなビートもこいつの本質だと思っていた。リズムを大きくとって乗っかってやる。輝広も反応して、まるでキース・リチャードの様にリフを繰り返す。呆れて、薫子と冬美は弾くのを止めた。あゆみは、そのノリでリフを展開したが、程良いところで振り向いて、合図した。その時、唇が何かを言っていた。俺は約束のフレーズをフィルインし、テーマに帰った。薫子はアルトを口にして、テーマを吹いた。
 ・・・・最後は、薫子のソロだ。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2008-07-09 00:04 | 第一話 「黒猫は踊る」
 一旦、ブレイクしてから、予め決めておいたフレーズのフィルを俺がぶち込んで、テーマに帰る約束だ。マイクをつけたアルトの薫子は余裕で、ステージに帰りながらテーマを吹いた。
ふと見ると、次のソロの輝広は、ピックアップ・マイク付きのテナーを喰わえて、にやりっと笑っていた。
 “あっ、やられた”と、一瞬、俺は思った。何処から持ってきたんだ。今日はギターしか持ってきてなかったじゃないか?等と、考える間もなく、俺はテーマの最後を処理した。
 その瞬間に、輝広のテナーは馬鹿でかい音で、猥雑に遠吠えした。そして、何時の間にか備え付けのピアノに薫子は座っている。あゆみと冬美は俺を振り返りながらステージを降り、にやにやと笑っている。
 輝広の、殴りつける様なソロが始まった。
 増幅されたそれは、ただの暴力的なノイズだ。そこに、薫子は、不協和音をゴンゴンとぶち込んで来る。
 暫し、俺は考えたが、“その方向で来るならそれで、俺も一度やって見たかったんだ”と考えを切り替えた。
 俺は、トップシンバルからフリーなパルスを打ち込み始めた。最初は、スネアも控えめに、戸惑った様に。輝広は、容赦なく音の固まりをゴロゴロと出し続けた。
 だが、所詮は習得中だ。輝広がネタに躊躇した瞬間を狙って、俺は鋭くフィルをぶち込んだ。続けて、バスドラムとスネアを激しくロールして、フリーのビートを強烈に出してやった。
 その瞬間に、一番前で観ていた奴らは仰け反った。
 輝広は、一瞬、“しまった”という顔をしたが、以前にも増して、デカイ音で吹き続ける。そして、次からは俺が付け入る隙がないように、薫子が騒乱をフォローする。
 俺は、出来る限り同じ手癖を繰り返さないように気を付けて、バリエーションに変化を付けてフリービートを叩き続けた。
 それが絶頂に盛り上がった時、突然ヴァイオリンとベースが、オクターブ違いのユニゾンで、「フォーバス知事の寓話」を解体したようなマイナーなメロディーをゆっくり奏でた。荒れ狂うノイズの汚濁の中を漂う、ヴァイオリンのクールな美しさに、俺はくらくらした。
 “こいつら、狂ってる”
 そう思い出した時、輝広は赤い顔で俺を見返した。合図だ。ヴァイオリンのフレーズがテーマを導いて、輝広は最後の遠吠えを決める。俺がオンタイムでフィルインし、テーマに帰った。そのテーマの間中、輝広はテナーから口を外し、地声で何か怒鳴っていた。
 さて、次はベース・ソロだ。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2008-07-02 01:33 | 第一話 「黒猫は踊る」