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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 「今日、薫子は、ご飯食べながらミーティングって言ってたけれど、何か食うのなら、今、ここには何もないぞ」
 「それは心配ない。テルが用意する」
 「じゃあ、君は何をしに来たのかな?」
 「まあ、座る場所確保とか、調理器具のチェックとか。でも、掃除する必要も、調理器具の用意も必要なしって感じだから、私の仕事はなしだな。
 うーん。良い風が入ってくるなあー」と軽くのびをした。
 「・・・・何か、飲みたい酒あるか」
 「赤ワイン」・・・・。ミルクコーヒーを飲んで、俺は外に出た。
 夏に向かう樹々は、勢いのある鮮烈な緑色をしている。
 俺は前のバンド、「南蛮」を辞めた時に、町中のマンションから引っ越して、此処に来た。
 俺の借家のある、修学院離宮の周辺には緑が多い。山際で、日が陰るのが早いこと、坂道が急で、道が入り組んでいる上に狭いことを除けば、借家の裏に川があって、夏は涼しいとか、俺はこの環境を気に入っていた。周囲には、俺の素行を咎める奴もいなかったし・・・・。
 酒屋から帰ると、あゆみは、レコード棚の前で寝ていた。
 五月の午後、窓から入る光は柔らかい。明るい所で見るあゆみの顔は、割とあどけない。
 ・・・・大胆な女だ。俺はタオルケットを掛けてやる。
 『癩王のテラス』のメンバーは、・・・・不思議だ。
 奇妙な組み合わせ。
 高校生二人/大学院生一人/フリーター一人/オヤジ一人。
 管(鍵盤)/弦(鍵盤) /弦(管)/弦/打。
 卓抜した技術/逸脱した感覚/残忍な裏切り/過酷な破壊。
 一瞬の美。・・・・ほんの一瞬の。
 ・・・・一体、俺の目の前で眠るこの女は、何処からやってきて、奴等と会い、そして今、何故俺の部屋で眠るのだ?
 などと考えていると、「ガチャリ」と玄関が開けられ、キャベツや食材の入ったビニール袋を抱えた輝広が立っていた。
 「何、カミさん、その女、食っちゃいたいの?」
 「・・・・お前、何でこの家、知ってる?」
 「前、酔っぱらいのあんたを送ってやったの、俺だぜ?」
 あゆみはクークーと、静かな寝息を立てている。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-10-29 20:02 | 第二話 「青い光」
     三

 「・・・・ねえ、この棚のレコード、一体何枚あんの?」
 あゆみは、レコード棚の前にへたり込んで、呆然と見ている。
 「二〇〇〇枚位から数えてない。多分、三〇〇〇枚ちょっと」
 「・・・・で、こっちのCD棚は」
 「それは多分、二〇〇〇枚ちょっとじゃないか」
 「全部で五〇〇〇枚以上か。一枚二五〇〇円として、えーと、一二五〇万円!」
 「中古が多いから、一〇〇〇万円は超えてないんじゃないかな。・・・・俺は単なる雑食で、マニアじゃないからな」
 「・・・・床は抜けないのかしら」
 「一度、知り合いの建築屋に補強してもらったから、大丈夫だと思うが・・・・」俺は、コーヒーを点てながら言った。
 「私もCDは、三〇〇枚位持ってんだけど。ここにあるの、持ってないのばっかりで、・・・・何がなんだか、さっぱり分かんない。もう、見んの止めよ。目が回りそう」
 「おい、ミルクは?」
 「えっと、普通のミルク? じゃあ、暖めて半分程。
 ねえ、・・・・何かかけて。この瞬間にお似合いの音を」
 五月一八日、晴れた土曜日の午後三時、夕方からのミーティングの準備をすると言って、あゆみは一人、先に俺の部屋に訪れた。しかし、それにしては何も食材を抱えてはいなかった。
 「じゃあ、俺には絶対に演奏出来ない音を・・・・」俺は、ドイツのECMの音源で、C.Haden, J.Garbarek, E.Gismontiの『MAGICO』を棚から引き抜き、プレーヤーに乗せた。
 春の風によく似合う、E.Gismontiのギターが流れ出す。
 「あ、良い感じ。ベース、巧いなあ・・・・。確かに、ドラム鳴ってないし、カミさんにはできないよね」
 「ああ」調子っ外れなことを言う女だ・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-10-22 00:03 | 第二話 「青い光」
 「それで、あゆみ姉さんは、どんな人なのかな?」
 「あたし?あたしは四捨五入で三十歳の、ベースを弾くしか能のない、馬鹿な女です」
 「おいおい。自分をクサすなんて、らしくないぞ」
 「そう?」あゆみは笑ったが、目は少しマジだった・・・・。
 店を出た時には、細かい雨が降っていて、「やっぱり、私の勘は当たらないな」と、あゆみは呟いた。
 それから三日間、あゆみからも薫子からも、連絡はなかった。
 俺は、待ちは苦手だ。苛々して、『南蛮』の頃使っていたスタジオに久し振りに電話し、今日の個人練習を入れた。
 家について、冷蔵庫から缶ビールを取り出した瞬間、薫子から電話があった。
 「どうした? 解散か?」と俺は言った。
 「私、親が医者で、継がなきゃならないから、京大医学部を目指して、そろそろ本気出して受験勉強しないと。
 ・・・・って、ウソ。
 実は曲を作りたいから時間が欲しいと思って」
 「オリジナルがあるんじゃなかったのか?この前のライブで、あゆみがちょっと演った曲とか」
 「前に作った曲は、捨てることにした」
 薫子はさっぱり言った。
 「神ノ内さんに渡そうと思って、前の曲の、良いテイクを探そうと思って、ライブのテープを聴いたりしているうちに、・・・・段々違うなって思えてきて、結局、もう絶対演れないと思った。
 みんなには、今度のミーティングの時に、ちゃんと話す。
 神ノ内さんの家でも良いかな? 来週の土曜日。ご飯食べながらでも」
 「いいよ。その代わり、そのまとめようとしてくれた音源、テープでもMDでも良いから、くれないか」
 「アゲナイ」薫子は、子どもの様に言った。
 「なんで」
 「興味ないから、最後までまとめきれない」
 「まあ、良いけど・・・・」
 「ゴメンナサイ」謝るなよ。びっくりするじゃないか。
 「なあ、少し訊きたいことがあるんけど」
 「何でしょう」
 「俺も曲を持っていって良いのか?」
 「良いですよ。というか、これからは、みんなが持ち寄って曲を作って行きたいと思ってて」
 「歌ものを作ったら、歌詞は書いてくれよ」
 「・・・・自分で書くか、あゆみちゃんに頼んだら? 彼女、書き貯めてるはずよ。じゃあ」
 そう言って、薫子は電話を切った・・・・。
 俺は缶ビールに口を付けた。妙な高揚感だ。
 そう言えば、この部屋に移ってきてから、誰か尋ねて来たことがあっただろうか。親でさえ、まだ来ていない。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-10-15 00:32 | 第二話 「青い光」
     二

 「お疲れさまです。二時間で、千二百円です」
 「明後日の日曜日、同じ時間帯に、また個人練習を予約したいんですけど」
 「十二日は・・・・、スミマセン。開けから夜まで、全部詰まってます。十一時から十二時までなら、空いてるんですが」
 「・・・・いや、いいです。月曜日、今の所、空いてる時間は?」
 個人練習は、前日にしか予約できないのが面倒くさい。
 「夜は、・・・・まだ空いてますね。明日、電話下さい」
 「ありがとう」俺は、三点セットを抱えて、スタジオを出た。
 空気が湿っぽい。早く帰らないと、やばいな。
 苛つきながら、俺はマウンテンバイクのスタンドを蹴った。
 ・・・・五月三日のライブ以後、『癩王のテラス』は練習をしていない。連休明けに、あゆみからの電話で練習の日程を知らされるはずだったが、知らされたのは練習の延期だった。
 「延期の理由は? 薫子は何か言ってなかったか」
 「考えたいことがあるからって。後は、自分で訊いてみたら」
 「・・・・あゆみ、訊いてくれよ」
 「何?恥ずかしいの?」
 「女子高生となんて、あまり喋ったことがないからな」
 「この前のライブで濃密に喋ってたじゃない・・・・。
 まあ、いいわ。今から、あの店で奢ってくれたら、訊いてあげても、いいけど」
 「十時過ぎてるぜ」
 「春の夜はこれからよ」
 それから俺達は、あのモヒカンの兄さんの店で、少しだけ飲んだ。その時、あゆみは、他の三人のことを少し話した。
 薫子の両親は薫子が中学生の時に、事故で亡くなっているらしい。父親は開業医だった。今、薫子は、親の遺産、生命保険金、診療所の賃貸費用で生活している。家は、「医者の割には大きくないけど、一軒家。家の中でサックスを鳴らしても、文句は言われたことない位」の広さだという。
 冬美は、ある会社の社長の息子だという。母親似の冬美は、父親から溺愛されて育った。ヴァイオリンは三歳から習っていて、コンクールの常連だというが、あゆみはそれがどんなコンクールだか知らなかった。
 輝広は、広島県出身で京大の院生。学費は奨学金、生活費は家庭教師のバイトで稼いでいる。だから、部屋は吉田山の安下宿。サックスは大学に入ってからで、練習は西部講堂の前。 ギターの練習は、アンプにヘッドフォンを突っ込んで。
 「あまり言わないけど、時々、カオルンにご飯奢ってもらってるみたいよ」
 「嘘だろ」
 「その代わり、準夜漬けで試験のヤマを教えるんだって」
 「なんだ準夜漬けって」
 「カオルンは試験の前日であろうと、深夜までは勉強する気はないそうよ。周りからバカにされない程度の点数があれば良いんだって」
 薫子と冬美の高校生活は、どのようなものなのだろう。
 ・・・・恐らく、居心地は良くないに違いない。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-10-08 23:22 | 第二話 「青い光」
     一

 赤い光。
 遠く、星空の下で輝いている。
 湖を渡る、生暖かい風。
 僕はまた、その道を歩き、光に近づいていく。
 うち寄せる波の音は静か。
 君の寝息の様に。

 赤い炎。
 むせかえるガソリンの匂い。
 轟々と響くのは炎の音?
 ひしゃげたガードレール。
 メルセデス・ベンツ、E四〇〇。
 赤い車の中は、より赤い炎で満たされている。
 その暴力的な美しさ。
 君そのものだ。

 ドン、と小さな爆発音、飛び散る火花。
 渦巻き立ち上る黒煙。
 月明かりの中で、湖岸の炎は、高く立ち上がり、
 アスファルトを、そして、白いセンターラインを照らす。
 ブレーキ痕は、無い。

 赤い炎。
 何時見ても、きれいだ。
 黒煙は星の光を遮る。

 僕は何時までも炎を見ている。絶えることのない炎を。
 そして、僕は言う。
 “・・・・秋子、何処にいるの”
 そして、僕は、そっと右手を握られる。
 いつの間にか、薫子は側にいて、僕達は手をつなぎ、炎を見ている。
 薫子の瞳に、赤い光が映り込む。
 薫子は何も言わない。
 諦念が決して訪れないことを、よく知っているから・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2008-10-01 00:37 | 第二話 「青い光」