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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     八

 その喫茶店に入るのは、何年ぶりだろうか。同志社大学の今出川キャンパスの西門に、烏丸通りを挟んで対面している、その古い木造の喫茶店「びすけっと」は、何時も昼間は、同大生がコーヒー一杯で本を読んだり、レポートを書いたり、学校関係者が優雅に昼食を摂ったりと、差詰め同大の喫茶部の様だ。
 今は、春の夕方の落ち着いた光線が店内にわずかに入り込むだけで、客もまばらだった。
 その奥のテーブルに、薫子は独り、制服のまま、座っていた。
 隣の席には、ご愛用のカバン、テーブルの上には、カフェオレのカップ、三島由紀夫の『天人五衰』の文庫本、同じサイズのブルーの手帳が置かれていた。
 席の横には、睡蓮鉢があった。白地に濃い藍色のラインが入った鉢の中で、赤と黒の金魚が二匹、ゆっくりと泳いでいる。薫子は俺が目の前に立つまで、その金魚を見ていた。
 「学校の帰りか?」俺は声をかけた。
 「そう」薫子は、少しだけ驚いた様で・・・・、すぐにいつもの冷静な顔をした。夏の制服は半袖で、睡蓮鉢と同じ配色だった。細く伸びた腕が白い。
 俺も店員にカフェオレを注文した。
 坂本さんとイベント出演の打ち合わせをするため、薫子と俺とあゆみは、この店で待ち合わせた。
 “underground garden”は此処から歩いてすぐだった。待ち合わせの時間だが、「あゆみは?」
 「今日ね、私に任せるって」
 「そうなのか?」
 「はい。なんか、お腹痛いって言ってました」
 「あいつ、・・・・身体弱そうには見えないが」
 「あゆみちゃんは、結構、神経質ですし。気遣いが激しくて、お腹にくるタイプかな。生理痛もキツイらしいし」
 「ふーん」
 そういえば、俺は今まで女性とバンドを組んだ経験がない。
 そういう体調のユレが、バンドの運営に微妙に影響する可能性があるなんて、今まで考えたこともなかった。
 「大丈夫なのか?」
 「大丈夫でしょう」薫子は少し笑って言った。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-01-28 00:54 | 第二話 「青い光」
 「少し練習して、つなぎをスムーズにすれば、このアレンジは、この曲に合っていると思う」
 そう言って、輝広は、もう一度テープを巻き戻した。
 「芝居がかっていて、少し恥ずかしいかなあ。それに、こんな曲を演奏したら、他のバンドから絶対にウクよ」あゆみは少し心配そうだった。
 「いいんじゃないか。ウクくらいの方が」輝広がテープを再生する。「どうせ、何演ったって歓迎はされないだろう。昔の顔だけで出させてもらうんだから。
 だが、何時までもクラブ系ジャズのイベントばかりに出る訳にもいかんだろう。パンク系のバンドとか、色々な音の対バンと演る機会が出てくるだろうし、そうでないと面白くもない。閉店イベントに出るバンドとも対バンする可能性はあると思う。その挨拶代わりには、丁度良い曲に仕上がると思うけどな」
 ・・・・輝広は、俺の言いたいことを殆ど言ってしまった。
 「練習は後一回だな」俺は最後に言い残したことを言うと決めた。
 「歌詞書けないか、薫子。これ、歌詞がないとダメだ」
 みんなが薫子を見た。
 「・・・・そうね。やってみます。ぶっつけ本番になるかもしれないけれど。でも、この構成聴いてたら、なんか曲のイメージがハッキリしてきました」
 薫子は、強い目をして言った。
 「最後の主旋律はヴァイオリンが弾くんだよね、たぶん?」
 冬美は少し戸惑った様に言った。
 「そのつもりなんだけど、ダメかな?」と、俺は冬美を見て言った。
 「この曲は薫子の曲なんだから、僕ばかり目立っても、・・・・どうなんだろう?」
 珍しく歯切れの悪いことを言う。ただ、俺はこの構成を作るために、練習テープを何度も聴き返して、冬美のヴァイオリンで締めたいと思っていた。
 「冬美ちゃん、弾いてよ」薫子が突然言った。「そうしないと、多分、この曲は終わらないわ」
 そう言った薫子を、冬美がきつい目で見返した。
 その冬美を、薫子も強く見返した。・・・・が、口の端に、笑みがあった。
 「ね?」
 「私も、その方が締まると思うな」と、あゆみが言った。
 「・・・・分かった。その代わり、薫子、歌詞は絶対に書いてよ」
 「・・・・うん。分かってる」
 「じゃあ、思い切りクールに、お願いします」
 俺は掌を合わせた。
 「さて、構成を大体頭に入れたら、煮詰めようか。
 そう言えば、誰だっけ。『スタジオでの編集は作曲の延長だ』って言ってたのは」と、輝広は伸びをしながら言った。
 それはフランク・ザッパだとは、畏れ多くて言えなかった。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-01-21 06:57 | 第二話 「青い光」
 「何って、やっぱり薫子の新曲だろう」と俺は言った。
 「当然よねん」とあゆみも言った。
 「えっ。でもあの曲は、五分も無いし、演るようには練習してないし」
 「良いじゃん、テープの雰囲気の再現で。フルートのソロを十分間演ったら。僕、キーボード弾いてあげるよ。それなら、ヴァイオリン持って来なくてもいいしね」
 「新生『癩王のテラス』の最初のライブとしちゃ、それじゃ派手さが無いな」輝広の言うことは的を射ていた。
 「提案があるんだが」俺は少し謙虚に切り出した。
 「俺も含めて、みんな全然、あの曲を練習でまとめようという気がなかったな」
 「そういう風に練習しようって、私が言ったから」薫子は、太股の間に両手を入れて、床を見ている。
 「すぐにライブを入れる予定でもなかったしね」あゆみが、責任を感じたように言った。
 「いや、それで良いんだ。俺も今の練習方法は気に入っている。このメンバーで、音を型に填めようとするのは、もったいない。あの曲の初期イメージに捕らわれない、色々なアプローチが、ホント、面白かった。俺が独りでシーケンサーに向かったとしたら、この曲であんなに遊ぶことはできなかっただろう。
 ・・・・それで、まあこの二日間の練習とか、その前の練習をネタに、こんなの作って来たんだが、ちょっと聴いてくれないか」
 俺は、鞄からテープを取り出し、スタジオのデッキにかけた。
 ・・・・・・・・。
 「派手だねー」最初に言ったのは、輝広だった。
 「もう一度、聴いて良い?」薫子はテープを巻き戻した。
 そのテープは、新曲を色々なアレンジで演奏した練習を編集したものに、俺が音を被せた内容だった。
 「大体分かるだろう? 俺のやりたいことは。構成表と楽器の持ち替え進行をまとめてきたから、見てくれ」
 「分かるけど・・・・」と薫子は少し考え込んだ。構成表を見ながら、デッキの中でテープが回るのを見つめて聴いている・・・・。
 俺は黙っていたが、少し高揚していた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-01-14 23:30 | 第二話 「青い光」
     七

 「 “underground garden”って、“The End of North”より広い?」練習の合間、休憩タイムで冬美はあゆみに聴いた。
 「三倍位かしら。地下という点では変わらないわね」
 「換気は、“North”より悪いと思うぞ。まあ、四年以上前の記憶だが」と俺は言った。
 「・・・・出演時間に集合で良いね?」と嫌煙家の冬美は、あゆみを睨みながら言った。「どうせ持ち時間は二十分だけなんだから」
 「二十分というのは、使うのが難しい時間なんだ」と輝広は言った。
 「何が。セッティングで十分以上使うだろ。そしたら今やってる曲、三コーラス演奏するだけで五分は過ぎるだろ。片付けたら終わるじゃない?」と冬美は嫌そうに言った。
 「それじゃダメだ。こういうイベントは神経質にやってたら、誰も聴いてくれないんだ。セッティングにはある程度妥協して、いい加減な状態でも初めて、演奏時間目一杯、勢いよく演奏しないと。バランスとか細かいことは、演奏しながら、曲間とかで直すんだ」
 「・・・・僕の耳が腐っても良いだろう、と言ってるなら、行かないよ」と冬美は言った。
 「チューニングさえ合わせておけば、大丈夫よ。直前にしっかり合わせよう、ね?」あゆみがご機嫌をとる。
 「・・・・じゃあ、絶対に事前の音あわせだけは、念入りにね。それと、なら、瀧上さん、ギターに専念してくれる?」
 「・・・・イイヨ。冬美様が出演してくれるなら」
 「問題は、ドラムのセッティングだけど」この辺の話は、結局、冬美のこだわりで決められていくのだ。
 「チューニングは大きくは直すが、シンバルは我慢してくれ。後の配置とかは、手間をかけずにやるから」と俺は言った。
 「僕の耳が腐らない程度にね」
 「大体、決まったかな。・・・・それで、何、演ろうか?」
 薫子は、この時、本当に何も考えていない様子だった。
 「箱が箱だから、・・・・リズム隊でスラッシュでもやってもらって、俺と薫子と冬美は超高速アドリブでも載せるか」という輝広の提案は即座に却下された。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-01-07 00:29 | 第二話 「青い光」