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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 そういえば、冬美はずっと薫子ばかりを見ている。
 そして、時折、俺を。
 さすがに、この変調に気付いたのか、輝広が俺に目配せする。
 どういうつもりだ、冬美?
 俺は、冬美の横顔を注視する。すると、奴は俺を睨んだ。
 その目は、何時もの冷静な目じゃなかった。何か、錯乱している様に見えた。
 そして、冬美は、薫子とあゆみが演出する幻想の野原に、打ち合わせにない、冷たい音の雨を降らした。
 こんなエフェクトを、何時、考えたんだ?
 冬美は、音場を荒涼とした冷気で包み込む。
 そこに輝広が、突然、フランジャーとオーバードライブで大きな雷雲を作り、轟音の固まりで場をねじ伏せる。
 最悪だ。何故、打ち合わせ通りに演じない?
 ・・・・だが、ひょっとすると、この方が良いのもしれない?
 俺は、この混乱の中に長いフィルを入れて、次のパートへの移動を促す。そうだ、この方が繋がる。
 次のパートのソロイストは薫子だ。
 そのはず、だった。だが、薫子は横を向いて、右手を上げ、人差し指を、冬美に向けた。
 冬美の表情が、一瞬凍り付いた。
 小節の頭に輝広がガツンとコードを入れた。
 あゆみがベースにファズを効かせ、高速変拍子リフを出す。さっきのリフに戻ったのだ。
 ソロイストのいない演奏が始まる。これが長くなると、演奏のテンションが、保てなくなる・・・・。そう思った瞬間だった。
 冬美は、躊躇したような、らしくないフレーズを口ごもり、そして俺を見た。初めて見る、不安そうな目だった。
俺は忙しなくビートを刻みながら、同じことを言った。
 “弾け。後戻りは出来ない”と。
 一瞬の躊躇の後、“分かってる”と、薄闇の中で暗く、冬美の赤い唇が動いた。
 そして、エフェクターが調節され、生音に近い音で、堰を切ったように、饒舌なフレーズが流れ出す。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-05-27 23:55 | 第二話 「青い光」
 正直、輝広は恐ろしいギタリストだ。カッティングのキレが鋭利で凄いし、ソロを取る時の音の選択が、並の感覚じゃない。ハッキリ言って最初はデタラメに聴こえるが、音数を絞った、強烈な違和感のあるフレーズの要所に、濃いブルース・フィーリングが絶妙に差し込まれて、とてもクールだ。
 速弾きする時の運指が、とても奇妙で、型が分からない。コードに合っているのか、合っていないのかも。時々つんのめった様にギクシャクする時もあるが、それが即興全体の中に必要不可欠に配置され、スリリングだ。
 それが奴のやり口で、絶対に聴きたい様には弾いてくれないのに、何時の間にか魅了され、抜け出ることが出来なくなる。
 輝広の後ろで奴を煽っていると、俺の肉体的な感覚が呼び起こされる。
 このパートの折り返し前に、フルートとヴァイオリンのユニゾンで、か細くAメロの変奏が奏でられた。
 輝広はアプローチを変える。ハウリングを厭わずに、暴力的な低音で畳みかける。
 凄い。まるで濁流に呑み込まれる様だ。
 そこに、今度は約束通り、冬美が優しいフレーズを挟み込む。
 天使が囁く時だ。
 輝広がフレーズをグチャグチャにのたうち回らせる上で、また、フルートとヴァイオリンがユニゾンする。
 輝広が絶叫の中に事切れる。その瞬間、俺は2小節、キメを伴ったソロを挟む。
 そして、薄明るいベースリフが流れ出す。
 薫子が、このパートのために用意されたフレーズを唱う。
 だが、コーラスするはずの冬美が歌わない。
 咄嗟に、あゆみが低い声で合わせる。あゆみの声は、意外に素直な声だった。これで、俺が抱いていたイメージは崩れない。
 このパートは一瞬の幻想なのだ。それは、俺がそう決めた。
 このパートが幻想的でなければ、この曲全体がパワーフュージョンとも取られかねない危険性があったから、この間奏が上手く行かないと困ると、俺は何度も説明していた。
 ひょっとして、冬美は一貫して薫子に対立しているのか。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-05-20 18:43 | 第二話 「青い光」
 俺が作った器は、今までの練習では、こんなに神秘的な色を纏ったことは無かった。だが、これが、この4人の本質なのだ。圧倒的に、本番に強いという・・・・。
 不安だ。俺はきっと、何も分かっていない。だが、ここから、俺は自分の役目を果たさなければならない。
 ・・・・薫子が“真っ暗な海”と呼んだこのパートでは、ベースが海を、ギターが闇を作る。冬美はオーロラの役だ。
 そして、薫子は船の推進力が俺の役目だと言った。だから俺は、あくまで薫子の逆風であってはならない。出来る限り少ない音数から、薫子を押して行く。
 薫子は、強い意志にコントロールされたフレーズを紡ぐ。
 しかし、途中から海と闇はコードをマイナーにチェンジし、同時に嵐の様相を呈し始める。
 俺と冬美は、あくまで冷静に音を進めなければならない。
 だが、中立的な雰囲気で音を出すことに決めていた冬美が、冷たく音色を変えて薫子に絡んで来た。
 それは、中空に突然現れた、幽霊の様に、フルートにまとわりついた。
 音の裏切りは、このバンドのタブーでは無い。
 それだけがこのバンドの約束だ。だが・・・・。
 冬美は薫子のフレーズを揶揄し、ズタズタに解体する。薫子を苛立たせるかのように。そして、時に音量を上げて薫子を覆い隠す。
 輝広とあゆみは、我関せずで、次第に演奏を荒立てる。
 だが、俺と薫子は扇動されないように演奏を押さえる。
 薫子は微動だにしなかった。まるで、作曲してあったかのように、ストーリー性のあるフレーズを丹念に紡ぐ。
 このパートの終わりが近づく。冬美は、呪いの言葉の様なフレーズを残して消えた。輝広は約束通りハードなカッティングを入れ、俺は大きくフィルインする。
 バンと世界が変わる。あゆみがファズの効いたベースで高速の変拍子リフを出す。
 俺は、そのグルーブに乗って、手数の多いドラムで場を掻き回す。
 オーバードライブを効かせた、ギターのロングトーンのソロが始まった。
 “このパートは、「紆余曲折」って、感じだね”とあゆみが言った時、輝広は、“ああ、わかった。青春の嵐の中で屈折する高校生の心情風景を表現したら良いんだろ”と言って笑ったが、薫子は全く笑わなかった。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-05-13 00:49 | 第二話 「青い光」
 あゆみがベースを背中に回し、エレピでコードを落とす。
 テープに忠実に。
 輝広は、時折、水滴の様な音の粒を落として、波紋を作る。
 冬美の弾くイントロが重く音場を支配する。俺の意図したことではあったが、少し重すぎる・・・・。
 気が付くと、薫子はフルートを抱えながら、俺を見ていた。
 このパートでは叩かない俺は、その瞳を見返した。
 俺は口を動かした。“歌え。後戻りは出来ない”と。
 薫子はコクンと頷き、振り向いた。

 「 思いは決して死なない
   旅に終わりはないから
   覚悟は決して絶望しない
   望みは絶えないから
  
   澱んだ土を蹴り 私は船に乗る
   帆は光を受ける
   青い光
  
   幾千年の月日が経とうとも、私は決して死なない
   光に抱かれて、船は永久に流離う」

 間奏で、練習で弾いたことの無い、印象的なフレーズを、短く輝広が弾き、俺は驚いた。
 俺には、歌詞の意味が全く分からなかったのに、輝広のフレーズが、まるで、それを全て理解しているようだったから・・・・。
 そして、冬美は、フレーズに寄り添い即興しながら、間奏の終わりで、仄暗く薫子を導いた。
 俺の心に、その影が落ちた。

 「 古傷は決して治らない
   火が絶えることはないから
   私は流離うしかない
   後悔が積み荷とならないように
  
   友よ、手を握り、岸を離れよう
   迷い猫を探して
   青い光 」

 緊張感から身動ぎ出来ず聴き入っていた俺は、その時、冬美が恐ろしい目つきで薫子を睨んでいるのを見た。二番サビ前のブリッジの間、冬美はあゆみとユニゾンしながら、ずっと薫子を見ていた。

 「 幾千年の月日が経とうとも、おまえは決して死なない
   思いが波立つ海で、私達はまた出会うだろう・・・・ 」

 サビの裏側で印象的なメロディーを弾いていた輝広が、歌が終わった所から、音色を変え、ギターでコードを出す。
 イントロのコードの繰り返しを。
 あゆみは、エレピからベースに持ち変える。そして、ゆっくり大きなリフを弾き始める。
 その中に、薫子のフルートが流れ出す。
 冬美はエフェクトを調整する。そして、客席の中に降りて、YAEの横まで行き、自分のバランスを確認した。
 YAEが、冬美をじっと見ている・・・・。
 冬美は、複数の弦を弾き、コーラスで増幅させ、メロトロンの様な音の壁を作り始める。
 ・・・・自分でこの構成を考えたにもかかわらず、俺は、完全に取り残されて、戸惑っていた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-05-06 22:40 | 第二話 「青い光」