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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 鍛冶舎は、来なかった。紫野山バンドのメンバーと、強者そうな取り巻きは、座敷の奥に、その手前に“White Heat”のメンバーが腰を下ろした。
 薫子は、入り口近くに陣取った“Bloody Feather”の中で、YAEに捕まっていた。薫子を除いた俺達は、固まって座った。
 案の定、冬美はアテに手を付けず、ペリエを飲んでいる。
 輝広は、冬美の肩に腕を回して、「色々、掻き回してくれたけど、結果的にお前のおかげで曲が良くなったな」と言い、あゆみも、次々と話しかけに来る若い男達を適当にあしらいながら、「あんなにブワーッとなった演奏は初めてだった」と言った。
 しかし、当の冬美は、「そうだね」とか、生返事しかしない。
 それに、正面に座った俺とは、目を合わせない。
 ・・・・少し遅れて、片付けを終えた坂本さんがやって来て、俺達は拍手で迎えた。
 「・・・・実は、この二日間の演奏をDATに録音しています。あまりにも面白かったので、もう一がんばりして、この二日間の音源からチョイスして、CDを作ろうと思っていますので、リリースに問題あるバンドは言ってください。詳細は後日連絡します。今日まで、本当にありがとう」と坂本さんは言った。
 「今の聞いたか」俺は、三人に言った。俺は乗り気だった。
 「カオルンが良いなら、良いけど」と、酔い酔いのあゆみは言った。輝広は「結局、そうなるな」と言った。
 「冬美は、どう思う」俺は初めて声をかけた。
 冬美は飲みかけのグラスから、その赤い唇を離し、「貴方がそうすべきと思うなら、そうすれば良い」と、硬い口調で言った。
 “貴方が”って何だ?「じゃ、後は薫子だけだな」
 「薫子は、きっと僕と同じことを言う」
 「何故、そう言い切れる?」
 「良くも悪くも、貴方が僕達を連れ出すと思うから」
 「・・・・言っていることが良く分からんな
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by jazzamurai_sakyo | 2009-06-24 01:08 | 第二話 「青い光」
     十二

 その夜は、色々な意味で印象的な夜だった。
 俺達は、予定より二分、持ち時間を超過したが、“Bloody Feather”のメンバーは、別に構わない風だった。
 「ごめんな」と俺が謝った時、ドラムのメガネの男の子は、「いえ。ホンマに、凄く良かったです」と言ってくれた。
 YAEに至っては、セッティング中、涙目でマイクに向かい、
 「ああ、凄かったな。あんな音、今まで聴いたこと無い。
 私らには、あんな音は出せへんわ。悔しいし、悲しいけど、今日は楽しい夜だ」と言い、薫子を指さし、「おい、薫子。お前がなんと言おうが決めた。お前は今日から私のダチだ。近々、対バンしてもらうから、学校で打ち合わせしような」と言った。
 薫子は、キョトンとした顔をし・・・・、俺と輝広は笑った。
 “Bloody Feather”は、予想通りミクスチャー系の音だったが、リズムと技術の確かさ、斬新だが奇を衒わないアイデア、どこを切ってもソリッドな格好いいバンドだった。
 YAEはラウドで歯切れの良いボーカルだった。歌詞の内容には、軽々な恋愛感は一切無く、・・・・パンクだ。歌っている彼女を見て分かったのは、彼女がとても素直で、正直な人間だということだった。彼女なりに、全ての問題を真っ正面に置いて対決した結果がバンドなんだろうな。中年に差し掛かっている俺には、その真摯さが眩しく思えた。
 見終わった薫子の口の端に笑みがあった。
 紫野山さんのバンドは、以前、スタジオで見かけた時と違う編成で、昔のバンドの復活だったが、変わらない強烈なテンションの高さだった。
 いや、ヘビネスが増した分、以前より印象は深かった。
 打ち上げは、近くのチェーンの居酒屋だった。参加人数が多く、良い場所が見つからなかったんだろう。
 俺とあゆみと輝広は、“underground garden”で缶ビールを数本開けており、既に微酔い気分だった。絶対に文句を言うと思った冬美は、あゆみに付き添われて大人しく付いてきた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-06-17 22:00 | 第二話 「青い光」
 Bメロの変奏フレーズが、優しくフルートで奏でられた。
 俺はハッとして薫子を見た。天使役を薫子がやってくれた。
 冬美も薫子を見た。
 冬美はフレーズをコントロールし、まとめようとした。感情を抑え込もうとするアプローチが、かえって痛々しいフレーズを紡ぐように見えた。
 察したのか、フルートがヴァイオリンを癒す様に絡む・・・・。
 輝広がトレモロで約束のフレーズを弾いた。このパートの終わりだ。冬美が少し不器用に、だが、何とか着地した。
 二番サビ前のブリッジに帰る。俺と輝広とあゆみは、緊張が解けない様に気を遣いながら、全体をクールダウンさせる。
 ラストだ。サビに帰って終わりだ。輝広がキレの良いカッティングで繋げ、スピードを元に戻した。俺とあゆみは、ゆっくりしたうねりを作る。
 だが、エンドフレーズを弾くはずの冬美が、弓を持って呆然と立っている。
 すかさず薫子がテーマを吹奏する。冬美はそれに衝かれたかの様にテーマを追う。
 薫子は裏に回って、冬美のフレーズをフォローする。
 そして、本当にエンディングに向かおうとした時、薫子は後ろを振り向くと、右腕を大きく回して、人差し指を立てた。
 “今のパートをもう一度繰り返せ”という合図だ。
 輝広がサビ前ブリッジのフレーズを軽く料理して差し込み、繋げる。俺はフィルを入れる。
 薫子はマイクに向かう。
 「炎の中の迷い猫よ、青い光を恐れるな」
 何だ、その“迷い猫”って。・・・・あの黒猫のことじゃあるまいな。
 冬美がボーカルメロディをフォローする。まるで、作曲してあったかの様に、美しく弾いた。
 「思いが交わる海で、私達はまた出会うだろう・・・・」
 ・・・・演奏がフィルアウトする瞬間、あゆみが劇的にベースでコードを鳴らして、大きく残響させた。冬美が名残惜しそうに最後の音を引き延ばす・・・・。
 終わった。
 あゆみが俺の方を見て笑った。輝広も、振り返ってにやにやしている。薫子と冬美は、呆然と立っていた。
 拍手が沸き起こった。気が付くとフロアーが一杯になっていた。宮坂が思い切り手を叩いている。
 薫子が振り向いて俺を見た。・・・・やるだけやった様な吹っ切れた顔をしている。だが、目が合って俺がニヤッとすると、すぐに何時もの冷たい表情に戻った。
 よく見ると、YAEが、泣きそうな顔をして手を叩いていた。
 紫野山さんと鍛冶舎は、最後まで聴いていたようだ。
 あゆみが「ありがとうございました。『癩王のテラス』でした」と言い、薫子はペコリと頭を下げた。
 輝広は既にシールドをアンプから抜き、冬美の横に来て、肩を抱き、ポンポンと叩いた。
 後ろから見る冬美の肩が、とても華奢に見えて、俺はこの曲がウケたことよりも、それが心配だった・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-06-10 00:20 | 第二話 「青い光」
 それは、俺が聴いたことのない、冬美の「激情」だった。
 俺は、あゆみを見た。あゆみも俺を見ていた。だが、あゆみは、こうなることを予感していたかの様に、口の端に笑みを湛え、ベースを歌わせた。
 俺は、そのフレーズに乗って、ドライブする。
 輝広は、バッキングに回り、音の場に絶妙の緊張を配備する。
 薫子はフルートを抱えたまま、冬美を見ていた。何か、納得した表情だった。
 ・・・・しかし、凄い。何だ、この激しさは。
 俺が知っている冬美の演奏は、複雑怪奇、かつ正確無比な、感情の匂いのしない、皮肉たっぷりの、芝居がかった、冷たい肌触りだったのに。
 今、冬美は、やり場のない「悲しみ」を歌っている。
 もしも、奴がヴァイオリンを持たなかったら、己と、己の周囲の物を、全て破壊してしまう様な、そんな激しい悲しみだ・・・・。
 ギターとフルートで、折り返しのフレーズがユニゾンされた。
 それは、冬美の耳に届かないのか。即興全体をコントロールする意思は、演奏には見えない。
 俺とあゆみも、奴の「激情的な悲しみ」に付き合って、一緒に落ちていく。まるで、行き先の分からない、暗闇の高速道路を、それもツルツルに凍った下り坂を、真っ直ぐ、真っ逆様に滑り落ちていくように。
 ハンドルを握ることも、ブレーキを掛けることも出来ない。
 俺はただ、付き合ってやるだけだ。あゆみも同じだろう。
 悲しみに狂い猛った即興全体が破綻しそうなギリギリのところで、曲をコントロールしていたのは輝広だった。だが、残り小節が少なくなる手前で、輝広も俺を見た。
 “どうする。このままではラストに入れないぜ”と、奴の目は言った。
 俺は正直、このまま破綻して終わっても良いと思っていた。
 このプライドの固まりの様な少年の過去に、何があったのかは分からない。だが、これだけ上手い演奏者の、激情に駆られた捨て身の暴走に付き合ったことは、今まで一度も無かった。そのクレイジーなドライブに酔いかけていた。
 その瞬間だった。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-06-03 01:19 | 第二話 「青い光」