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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 俺は少し当惑したが、この前、飲んでいた深夜に、携帯に電話してきた男が、訳ありの男であろう事は、推測していた。
 「・・・・冬美、おまえのせいでライブの予定が決められなかったな」
 俺は、あゆみの話を気にしない振りをして言った。
 「薫子、今は出る気は無いんだろう?」と冬美は言った。
 「今の所はね」薫子は、冬美を見て言った。「今は中途半端なことはしたくない」。
 そして、急に俺に振り返って言った。「ねえ、神ノ内さん、あゆみちゃんとスウィングのレッスンをしてるって、本当?」
 「ああ? ただのフォービートだよ。変なジイサンにシゴかれてるんだ。明日もね」
 「そのレッスン、私も行って良いかしら」
 えっ。「・・・・良いんじゃないか」薫子の目が何か少し言いたそうにしている。俺は目を逸らした。「ライブはどうするんだ」
 「明日のレッスン次第ね」えっ。「どちらにせよ、“癩王のテラス”での出演は無理よ」
 「僕、帰るよ」冬美は立ち上がった。「眠い」
 ・・・・「薫子、高校生にはちょっと悪いんだが、今から少し、時間くれないか」
 冬美はタクシーで帰り、輝広は大学に戻った。プジョーのクロスバイクの荷台にアルトとフルートを括り付け、跨ろうとしていた薫子に、俺は声をかけた。
 「なんでしょう」ジーンズの細い右足が下ろされる。
 「あゆみの事なんだが」
 「・・・・自転車、ちょっと押して行きましょうか」「ああ」
 「東大路を北に」
 ・・・・七月初めの、京都独特の湿った熱が、百万遍の交差点にこもっていた。信号待ちで、俺は言った。
 「薫子、お前はどう思ってるか知らないけど、俺とあゆみは合わないよ。気持ち良いと思えるグルーヴが、全然違うんだ。
 今の状態で、これ以上、あゆみとやるのは、ちょっと難しい」
 薫子は、俺の目を見て言った。
 「神ノ内さん、私は気持ちの良いグルーヴを求めて一緒に演奏している訳ではないんです。それが欲しいなら、他で求めて下さい」怒っている訳ではないが、冷たい声だった。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-30 00:14 | 第三話 「紫の指先」
     五

 「明らかに煮詰まってるね」
 京大オルタナ部のスタジオで、遅めの練習が終わった時、冬美は早々と自分のヴァイオリンをしまい込むと、まるで他人事のように言った。
 「特に歌モノの二曲は、どうするのかなあ」
 「俺は歌モノにするとは言っていない」
 輝広は、練習中に弦が切れたこともあって、少し不機嫌そうだった。
 「しかし、・・・・薫子、あの話どうする?」
 「まとまった曲をやるのは無理ですね」
 薫子は、首筋をハンドタオルで拭った。細い体に張り付いたノースリーブから、長く白い首が伸びていた。
 「おい、あの話ってなんだ」俺は突っ込んだ。「ライブだな。どうして早く言わない?」
 「昨日言われた話なんです」
 「カテキョーの時に電話があったんだ。薫子は、乗り気じゃないんだろ」
 「また、ジャズのイベントなんです」
 「スノッブな、な」
 「ふん。C Jam Bluesでもやるか」俺は、あゆみを見た。
 あゆみは嫌そうな顔をしている。
 「薫子も、この大学行くなら、瀧上さんに習うんじゃなくて、ちゃんとした予備校、行った方が良いよ」と冬美は言った。そして急に「あゆみちゃんさあ、最近、演奏に張りがないね」と言った。「何かお悩みでも」
 「冬美ちゃんに相談しても、余計に傷つくだけよ」と薫子は言った。
 「・・・・まあ、私達の中に、慰めるのが得意な人はいないようだけど」
 「カオルン、もう良い」
 あれ、マジにあゆみが怒ってる。
 「別に、誰かに慰めてもらおうとは思ってない。・・・・次は、明後日の八時ね。お先」
 そう言うと、あゆみは先に出ていった。
 「なんだあいつ。普通の女みたいじゃないか」と俺は言った。
 「あいつは普通の女だよ」と輝広が言った。「じゃなきゃ、不倫なんてバカなことはしない」
 「先生」薫子は輝広を睨んで言った。「慎んで」
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-23 23:52 | 第三話 「紫の指先」
 俺は既に深浦氏を尊敬していた。確かに口は悪いが・・・・。
 ベースソロを振られたあゆみは辿々しかった。そういう俺のドラムソロも、スイング風を意識したせいか、相当ダサかった。
 ガン。テーマに帰る。壁の時計が、そろそろ俺達の借りている時間が終わることを告げている。
 あゆみのほっとした顔を見ながら、俺も少し苦笑した。
 その時だった。BメロのアドリブからAメロのテーマに帰る所で、深浦氏はつっかえた。それはちょうど、Budがつっかえる箇所と同じ箇所だった。
 だが、深浦氏はBudの様にはリカバリー出来なかった。つっかえた瞬間、右手を左手で包み込んで固まっていた。
 俺とあゆみは、中途半端に終わった。
 「どうしたんですか?」
 「・・・・すまん。同じ所だな」深浦氏は弱々しく言った。「あんな所で言うことを聞かなくなるとは思わなかった。無意識のうちに意識してしまったようだな」
 彼は右手を下に向けて素早く振った。その時まで気が付かなかったが、右手の薬指の根本に、傷跡があった。そして、その薬指は少し紫色に見えた。
 「・・・・今日は、もう止めておこう。スタジオ代は、橘君持ちだったな」そういうと深浦氏はアップライトの蓋を閉めて、さっさとスタジオを出ていった。
 その背中を見ながら、俺は何故、彼が最後にリカバリーしてテーマに戻らなかったのだろうかと、思っていた。
 「次の練習は、もう少し早い時間にしておくれ。歳のせいか、眠くてかなわんわ」待合いで、ハイライト・メンソールを吸いながら、深浦氏は、右の薬指の甲をさすっていた。
 「カミさん、スタジオ代、三分の一は持ってくれる?」
 「え、今日はあゆみ持ちだろ?」
 「恨めしい~。また、たかってやる~」
 「橘君」深浦氏は使い込んだ一澤帆布の鞄から、一枚のCDを取り出し、あゆみに渡した。「本物のベース・ウォーキングとはこういうものだという優れたお手本を貸してあげよう」
 それは、例の変態オヤジMingusが、晩年の一九七四年にカーネギーホールで演じた名演で、俺も愛聴する盤だった。
 「A面のコードはCだ。それだけだ。これを、全部覚える気で聴きたまえ。次のレッスンでは君のボディ同様、メリハリと色気のある音で、俺のこいつを少しは熱くしておくれよ」
 老ピアニストはそう言い、またも左手の親指を人差し指と中指の中に入れて、ニヤニヤしながら握って見せた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-16 16:02 | 第三話 「紫の指先」
 それから俺たちは「クレオパトラの夢」を二十回近く繰り返した。深浦氏は、その都度、原曲から離れることなく、しかし、毎回違う新鮮なアドリブをした。そのアドリブにしても、奇をてらったフレーズは無く、コードに忠実に、次の展開が読めるよう展開して、あゆみがウォーキングし易いようにしていることが、ありありと分かるのだが・・・・、あゆみは付いていくのが精一杯という感じで、ヘロヘロだった。
 曲の間、あゆみは深浦氏から、「君は本当に曲を覚えてきたのかね」、「その中途半端なブルースもどきのフレーズは止めなさい」、「そのベースにはフレットが付いているのに何故音が揺れるのかね」、「グルーヴを意識しすぎて音のチョイスが単純になっとるぞ。そもそもこのコードにあう音は・・・・」等、くどくどと指摘された。
 ついでに俺までが「君のドラムは根本的に硬いねえ。左足が全くスウィングしとらんじゃないか」と、あまり言われたくないことを言われた挙げ句、最も指摘されたくないことを言われた。
 「君達は、根本的な所でグルーヴが合ってないのじゃないかね」
 俺は驚いてあゆみを見た。あゆみも俺の顔を見ていた。その目が、明らかに動揺して、眉間が硬直していた。
 「・・・・そうでも、無いよ」
 「同じバンドだと聞いたが、何時もお互い無理して合わせているだろ」
 俺は言うに事欠いた。
 「・・・・すみません。何か違う曲をやりませんか。俺、もうクレオパトラには飽きました。これ以上やったら、この曲嫌いになります」そう言って、誤魔化すしかなかった。
 「・・・・私は、もうなった」あゆみは半べそ状態で言った。
 「じゃあ、これを」深浦氏は、同じアルバムの三曲目の「Down With It」を弾いた。これもAABA形式の単純な曲だ。「カミヤマくんはこの曲知ってるだろう。では」
 ガン。いきなり冒頭のコードを叩き込まれて俺は付いて行くしかなかった。右手と左手の速いユニゾンが弾かれる。
 余程弾き込んでいるのか、アドリブも生き生きとしていた。
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-09 23:03 | 第三話 「紫の指先」
     四

 「なんだ。ジャズというよりはプログレッシブ・ロックでもやりそうな顔の兄ちゃんだな。君はBill Brufordが好きだろ」
 ジャズ系ライブハウス『Stride』が経営する、白川通りに面したスタジオの待合いで、その小柄な老ピアニストは唐突に言った。
 臆した訳ではなかったが、あまりに図星だったので切り返すことができず、俺は一瞬、凍ってしまった。彼はその間を見逃さず、「図星だろ」とトドメを刺した。
 「草ちゃん、ホント失礼ね。まだ、紹介もしてないのに・・・・」
 「君、なんとゆう名前だったかな。どうも最近、男の名前が覚えられん」
 「神ノ内です」
 「ワシは深浦草太郎という。君、橘君とは既に何発位やっとるのかね」老ピアニストはそう言い、左手の親指を人差し指と中指の中に入れて、握った。
 「・・・・一週間に二回だから、二〇回は超えますよ」と俺は言い、左手の中指を立ててやった。
 「・・・・こらこら。馬鹿な男の典型みたいなことやってないで、早くスタジオ入って」あゆみは二人の男の背中を押した。
 そんな出会い方だったから、ピアノ椅子を念入りに直した後、小さな背中を屈めた深浦氏が、Bud Powell直系の様な指使いで高速フレーズを弾き出した時、かなり驚いた。
 “Jazz giant”に入ってる“Tempus fugue-it”だ。
 この難曲を、レコードと同じスピードで弾ける技術にも驚いたが、音の立ち加減、無駄な感情のユレの無さ、生で聴く感動に、俺はやられてしまった。
 「ふむ。このピアノも最悪だな。まあ、あの店のアップライトよりはましだが」
 「草ちゃんみたいなプロから見たら、どんなピアノも最悪でしょ。ここはただの貸しスタジオなんだから」
 「カミヤマくん。どうかね、付いてこれそうかな?」
 「やりますよ」俺は名前を訂正する気も失せ、そう答えた。
 「では橘君、これ覚えてるかね?」深浦氏は「クレオパトラの夢」を弾く。「これは単純な曲だからね、入門には良いだろ」
 どうやらBud の“The Scene Changes”を渡されたようだな。確かに、あの盤は全ての曲がシンプルだ。
 「・・・・やってみるわ」
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by jazzamurai_sakyo | 2009-12-02 22:27 | 第三話 「紫の指先」