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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     六

 「え、カオルンも来たの?」
 「ええ、ちょっとお勉強させてもらいに来ました」
 「お、このべっぴんさんも、橘君のお友達か?」
 「初めまして、藍王薫子です。今日は、参加させて頂いて、ありがとうございます」またもや薫子は歯切れ良く話し、ぺこりとお辞儀した。嘘つきでーす、この女の子は嘘つきですよー、と俺は心の中で叫んだ。
 「可愛いなあ。そのケース、アルトだろ。高校でブラバンやってるのかい、お嬢ちゃん」
 「そんな所です」
 「そうかいそうかい。しかし、初々しいのう。まあ、二十歳過ぎれば、その有るや無しやのオッパイも少しは大きくなって、色気も出るじゃろう」
 ・・・・薫子の目が凍て付きかけている。
 「もうバカなこと言ってないで、早くスタジオ入って」
 あゆみは深浦翁の背中を押した。
 ・・・・薫子は、深浦翁の背中を見る形で壁際に座り、念入りなピアノ椅子の位置直しや、前と同じ“Tempus fugue-it”での指慣らしを見ていた。例の、一見冷たいが、侮蔑の無い眼差しで。
 「ふむ。このピアノも最悪だな」と言うことまで同じの翁は、「ええと。君、なんて言う名前だったかな」と俺に言った。
 「神ノ内です」
 「覚えにくい名だな・・・・。では、神ノ内君、橘君、また『クレオパトラ』からやるか」
 漸く名前が正しく言えたか。
 それから俺たちは「クレオパトラの夢」を三回、繰り返した。相変わらず、深浦氏は、終わる都度、あゆみに対して、主にソロ楽器をバックアップするための音の選び方について指摘した。
 あゆみはかなりやり込んだ風で、前回よりかなりマシだった。ただ、相変わらず、即興的に演奏することが難しい様だった。
 薫子は何も言わずに、ただ、それを見ていた。
 続いて“Down With It”を三回繰り返した後、翁のタバコ休憩にした時、翁は薫子に言った。
 「君、何か演奏できる曲は無いのかね。その、ジャズのスタンダードで。スターダストなんかは、ブラバンでもやるだろ」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-01-27 00:19 | 第三話 「紫の指先」
 「ヴォイドさんが『そりゃ、お嬢さんは女子高校生でお時間もたっぷりあるでしょうから、練習も十分出来るでしょうけどね。俺達は、仕事しながら、身を削ってバンドやってるんや。ガキのくせに巧いからって偉そうなこと言うな』って」
 「ははは、おっさんの典型的なボヤキだな」
 「その上、私に唾を飛ばしたので、その・・・・、意識がコントロールできなくなって、気が付いた時には、空のビール瓶で、右足のすねを思い切り殴ってました。瓶の首が折れる程に」
 「ははは・・・・」こいつ、酒乱だったのか?
 「それから、あゆみちゃんは辞めさせるって言いました。それで、今、一緒にいます」
 叡山電鉄・元田中の踏切に、遮断機が降りた。俺達は止まり、薫子は、俺を見ずに言った。
 「あゆみちゃんの今の彼氏のことが、彼女の音の向上を阻害するなら、それは何とかしなきゃならないのでしょうけど。私は、そういう事はよく解らないので・・・・。興味も無いし・・・・。
 そういえば、神ノ内さん、私の質問への回答は?」
 「ああ、俺が何のために演奏するか、ね」
 「ええ」
 「俺が今、此処で演奏するのは、それが歯磨きと同じ習慣であることと、・・・・そうだな、軋轢を楽しむためだった」
 「軋轢を楽しむ?」
 「そう、人間関係の中で、軋轢を楽しむなんてことは、バンド活動以外には出来ない。俺は予定調和が嫌いだ。だからこそ、君の誘いを受けたんだった」
 「ふふふ。神ノ内さん、このバンドに居心地の良さを求めるのは駄目よ。それは誤解、一瞬の幻想なのよ」
 「そうだな、その通りだ」
 出町柳行きが通り過ぎた。薫子は、プジョーに跨った。
 「・・・・私、先に帰ります。また、明日」
 水色の薄いカーディガンがひらりと揺れた。俺は、その凛とした薫子の背中を見送った。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-01-20 02:33 | 第三話 「紫の指先」
 「Televisionは好きです。やりたいとは思わないけれど。
 “White Heat”の中で、一番目立たないけど、サウンドの一番下で、リズムと音程を堅持していたのが、彼女だった。
 その頃から、彼女がお目当ての客も多かったな。
 ・・・・何故、おじさん達は、かき鳴らすのが、パンクだと思っているのかしら。チューニングも無茶苦茶。彼らが好き勝手やっている中で、辛うじて音の核が保てているのは、彼女がそこにいたからだった。堅い、正確な音だった。無表情な顔して、細い指でね」
 「今のタメタメと違うじゃないか」堅い音なら、俺には合うはずなんだが。
 「・・・・そうね、彼女の音は大分変わったと思う。でも、私は、私の音に合うか合わないか関係なく、今のあゆみちゃんの音が好きだし、初めて聴いた時から、あゆみちゃんの本当の音は今みたいな音だと思っていた」
 「それで、何で、どうやって引き抜いたわけ」
 「打ち上げで喋ったら、もっと魅力的だったから。お酒が入ると明るくなって、甘え症になっちゃうのは、その時から全然変わって無い。そして、色々と、喋ってくれて」
 「どんなことを?」
 「それも、あゆみちゃんに直接訊いたら良い。たぶん、飲ませたら、すぐ喋るだろうから・・・・」
 「飲んでも、あゆみは、あまり自分の話はしたことなかったんだけどなあ」
 「それは、まだ飲み足りないからよ。
 それから、彼女を観るために、次の“White Heat”のライブに行って、相変わらず酷い演奏で・・・・。それで、私、気になって、あゆみちゃんにくっついて、また打ち上げに行って、その・・・・、ヴォイドさんと喧嘩になっちゃって」
 薫子は、苦笑した。苦笑する薫子を見たのは初めてだ。
 「なんで」
 「キメでリズムがずれて、八部音符、ひっくり返ったのは、あゆみちゃんのせいだって。お前、何時になったら俺達に付いて来れるんだって言って。ヴォイドさんが早く突っ込んだせいだったのに、あゆみちゃん、目を伏せたまま、ごめんなさい、って言うもんだから。
 私、あゆみちゃんと一緒に、結構飲んでいたので、ついつい、『何言ってるの、狂ってるのは、おじさん達の耳でしょう』って、それから『聴かせたいなら、もう少し練習したらどうです。下手なんですから』って、言っちゃって・・・・」
 あれ、耳朶が赤くなってる?「それで」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-01-13 22:55 | 第三話 「紫の指先」
 それはそうだな。そのために集まっている訳では無いだろう。
 「・・・・ごめん。取り乱したことを言った。だが、あいつも同じ理由で悩んでいることは、恐らく事実なんだ」
 「・・・・分かっています」
 信号が青に変わった。少し風が吹いた。
 薫子と俺は、横断歩道に自転車を押し出す。
 「私は、グルーヴには興味が無い。ただ、緊張感の中で覚めていたい」薫子は前を見たまま言った。
 こいつはそうだろうな。「そうでなきゃ、こんなに趣味と出自がバラバラの人間を集めて、バンドなんか組まないだろうな」
 「神ノ内さんは、何のために演奏するんですか」
 俺は躊躇った。薫子は、渡りきった所で止まった。
 ・・・・ファン、とクラクションの音がした。信号が変わりかけている。薫子は、俺の肘に触れて言った。
 「自転車、歩道に乗せて」
 「ああ、すまない・・・・。ちょっと、思考停止に陥った」
 「・・・・行きましょう」
 カラオケ屋の店先から、安物のJ-popが流れてくる。
 「薫子とあゆみは、どうして知り合ったんだ」
 「質問に質問を返すのは反則です」
 「ごめん」
 薫子はクスリ、と笑った。「謝ってばっかりですね。
 まあ、いいわ。
 初めてあゆみちゃんと会ったのは対バンで、去年の今頃かな。
 黒服で固めたギター・ボーカルのおじさん、ケミカルウォッシュのジーンズを履いたギターのおじさん、変にキュートな服着たドラムのおじさんに一人混じってベースを弾いていたのが彼女だった」
 「それ、“White Heat”のヴォイドのことだろ。そもそも何であゆみは“White Heat”に入って、ヴォイドなんかと付き合ってたんだ?」
 「知らない。直接、あゆみちゃんに訊いて下さい」
 薫子はウインクした。・・・・俺は少し怖かった。
 「彼のやりたい事は、多分、Richard Hellとか、ニューヨーク・パンクなんでしょうね」
 「ニューヨーク・パンクのムーブメントの頃なんて、薫子は生まれてないだろ。聴いた事、あるのか」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-01-06 23:21 | 第三話 「紫の指先」