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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     七

 七巡目の自分の番で、翁は、少しリラックスした様子で、バップ風のソロを弾く。新感覚派風のソロよりは、歌っているな。
 と感心していた時だった。流暢なフレーズの展開の途中、翁は少しつっかえた。それは、俺が思うに、ジャズという音楽の範疇では、大したことのないミスだった。
 少しくらいのトーンミスがあったとしても、あまり気にならないし、例え重要なフレーズの中でミスったとしても、その後の展開で幾らでもカバーできるのが、ジャズという音楽の良いところだと思っている。
 だが、翁は前回の練習の時と同じ様に、引き続ける事が出来ずにいた。まるで、思考停止したかのように、指を鍵盤に打ち付けたまま。
 空白の時が過ぎる。不安からか、あゆみのベースが余計に辿々しく鳴る。
 残りの小節数が少なかったため、八巡目の頭、薫子は何もなかったかのように吹き出した。それも、翁がつっかえたフレーズを頭からそのまま吹き、つっかえて止まっていなければ自然に導き出されるかのようなフレーズを吹いた。
 なんて嫌みな奴だ。だが、強い説得力がある。
 翁は辿々しくコードを入れる。なんて自信の無さそうな・・・・。
 薫子は、八小節を吹き切った。しかし、翁は出ない。
 何故、彼は、一度失敗しただけで、こうもその演奏に対する熱意を失うのだろうか。俺達が今、演奏しているのは、スコアを厳密に演奏するクラシックでは無いのだが・・・・。
 それとも、あの右手の薬指の傷が影響しているのか?
 薫子が二小節過ぎた所で吹き出した。一小節目にやったように、Shorter風の洗練されたフレーズだ。
 そして、薫子はテーマに帰る。翁は、少し辿々しく右手でユニゾンする。
 終わるのか?レコードなら、テーマ二回吹奏の後、ピアノソロだが・・・・。
 テーマ二回吹奏の最後に、翁は決めのコードを入れた。
 突然、薫子がマイクに向かって話した。「終わらないで。ピアノソロに行きましょう」翁は、振り返って薫子を見た。
 かなり怒った目をしている。だが、薫子は、口の端で微笑みを返した。何を考えているんだ、薫子。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-02-24 23:25 | 第三話 「紫の指先」
 高低を激しく行き来する。強烈なタンギング。凄い。最近の練習では聴いた事のない切れ方だ。
 そして最後、ロングトーンで終わる。
 だが、翁はすぐには出ない。
 薫子の音の余韻が消えるのを待って、引き出した音は、Cecil Taylorの様に、リリカルかつ構造的な音だった。
 うおー、流石。しかし、あのスケベジジイにしては、少し観念的か・・・・。掻き回してみるか。
 俺は、翁が四分の五で弾いている所を捕まえて四分の三でバスドラの連打を入れた。
 翁の右手が揺れた。
 俺は調子に乗って変拍子に割った派手なフィルを回す。
 終わり際に薫子が、読んでいた様に被る。そして六巡目、用意していたようなすべらかな高速フレーズが流れ出した。
 また、翁は振り返った。・・・・さすがに本気になったか。
 翁は、薫子のフレーズの隙間に、少し外した様な合いの手を入れる。少し癖を読んだかの様な入れ方だ。
 だが、薫子はそれも見越していたかの如く、踏みつぶす様にして次のフレーズへ飛ぶ。全く、容赦ない奴だ。
 あれ、そのフレーズだと、八小節越えちゃうぞ・・・・。
 待ちきれないように、翁の右手が高速でシングルトーンの見事なフレーズを弾き出す。うー、真剣モードだな。俺も本気でお付き合いするか。
 このジジイ、一体無幾つの引き出しを持っているんだろう。Bud Powell風のフレーズだけかと思ったら、Cecil Taylorをちゃんと解釈したとしか思えない構造的フレーズ、聴かないと言っていたHarbie Hancockも真っ青なリリカルなフレーズ。
 右手の歌わせ方も良ければ、左手のコード・チェンジの趣味の良さ、時にはベースを補完する気配り。
 俺は、フレーズをバックアップするドラムに切り替えて、今は翁の演奏を楽しんでいた。性格は悪いが、尊敬に値する。
 ジャズ聴きの俺としては、何故、俺が今まで彼のことを知らなかったのかが、不思議だった。これだけの演奏が出来れば、日本ジャズ史上、何枚か、名盤を残すことが出来るハズだ。
 七巡目。続いた薫子も、今回は翁の演奏に敬意を払ったような、落ち着いた演奏をする。
 流石の薫子も、翁の力を認めたのか?
 だが俺は、薫子の目の中に、何かを見越した様な眼差しを感じていた。それはひょっとすると、俺が感じている懸念と同じものじゃないのか・・・・。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-02-17 00:20 | 第三話 「紫の指先」
 代わりに、薫子のソロになる直前に、あゆみが崩れた。
 ビートが失われそうになる瞬間、薫子の氷のようなソロが流れ出した。
 あゆみはそれをガイドにして帰る。
 薫子、・・・・こいつ、Shorterまで研究していたのか。破綻の無い、音数の少ない、Miles好みのアドリブだ。
 八小節後、翁も右手のシングルトーンで、綺麗なソロを聴かせた。やはり巧い。
 二巡目、薫子は、翁の終わりのフレーズを膨らませて歌った。
 負けずに、翁も薫子の終わりのフレーズを受ける。
 三巡目、薫子は滑らかに、速い、メロディアスなフレーズを紡ぐ。
 翁も、余裕の顔で高速フレーズを繰り出す。
 四巡目、薫子はその終わりのフレーズを使って、スケール練習するかのように高速で転調させる。翁は余裕だ。今度は受けずに、ゆったりと左手で歌わせるようにコードを刻んだ。
 音色、入れるタイミングとも、素晴らしくクールな左手だ。
 ふと、薫子の口の端が少し上がった。そして五巡目、翁に被るように滑り出す。そして、その瞬間、俺の目をチラっと見た。
 やっぱり・・・・。そろそろ行くつもりだな。俺は、息継ぎの間に、少しカウンターを入れてやる。
 あゆみも気づいた様だ。俺の方を見て、カウンターに合わせて、ベースで不協和音をかき鳴らした。
 薫子はそれに乗り、強烈なタンギングで音を粒立てて、アブストラクトなフレーズを吹いた。
 その瞬間、翁は振り返った。明らかに目つきが変わった。
 しめしめ。俺は畳みかける様に大きく煽る。
 翁はバッキングを止めた。
 乗じて、薫子はEric Dolphyの様に、アルトの管全体を大きく鳴らせる。一体、あの細い体の何処から、あの音が出てくるんだ?
 ジイサン、コード入れとかないと、どんどん貴方のコントロール出来ないところに行っちゃうよ。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-02-10 22:00 | 第三話 「紫の指先」
 「ええ」
 「橘君には、即興するための度胸が一番必要なんじゃ。どうじゃ、何か四人でやってみるかね」
 「良いですよ。じゃあ、深浦さん、Harbie Hancockの“The Sorcerer”って曲、ご存じですか」
 「君、Milesは嫌いだったんじゃないのか」と、俺は思わず言った。
 それは、Miles Davisが一九六七年に出した、当時全盛のフリージャズの喧噪とは、真逆のクールな同名タイトル・アルバムに入っている曲だ。MilesとWayne Shorterが八小節交換、つまりバトルをやっている。 俺はこの曲の破天荒なTony Williamsのドラムが大好きだった。
 「それはスタンダードじゃないだろ。ワシは新主流派はあまり聴かんのじゃが・・・・。確かこんなテーマだったな。コードは・・・・」
 「ソロを八小節交換しませんか?」
 「入れたり出したりじゃな。ワシの好きなヤツじゃ。しかし、最後まで逝っちゃいかんぞ」翁の目がエロく光った。
 「お手柔らかに」薫子は、軽くお辞儀した。「ピアノがテーマ始めて下さい。三回テーマ繰り返したら、私から始めます。
 あゆみちゃん、好きに弾いて。テーマではコードチェンジするけれど、即興の部分はモードだから、最初はフレーズの繰り返しでいい。フレーズに流れがあれば、多少、ミスチョイスしても大丈夫よ。神ノ内さん、煽る所は煽って下さい。
 深浦さん、要所でコード出してあげて下さい。じゃあ、ピアノからどうぞ」
 「ふん。ワシに指示出しするか。・・・・まあいい」翁は、速いテンポで弾き出した。
 俺はついて行く。あゆみは、二回目の繰り返しの途中から入った。
 薫子は三回目の頭から入った。忠実にテーマを吹く。
 それだけで分かった。こいつ、この曲を結構吹き込んでいる。
 くそっ。俺は一瞬、頭に来て、薫子を崩してやるつもりで、Tonyの様に、テーマのリズムとは全く異なる譜割のフィルを、隙間に打ち込んでやる。
 薫子は全く動じない。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-02-03 08:29 | 第三話 「紫の指先」