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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 「ベーシストを引き抜くと言うより、友達として助けてくれたんだと思う。私こんなんで頼りないでしょ。それであの頃、ヴォイドに覚醒剤やらされてたんだ。それを知ってカオルンは私に会う度、『止めなさい』って、ずっと言ってた。
 カミさんと同じで私もハッパは大好きだけど、覚醒剤は嫌だった。あれをやる人は、セックスすると気持ち良いらしいんだけれど、私は逆で気持ち悪くなるし、それに父親の事ばかり思い出して頭から離れなくなるの。
 それから、ヴォイドの口が何か少し臭う気がするの。普段は気にならないんだけれど、覚醒剤をやってキスしている時、ああ臭い、って、そればかり気になって、優しくしてあげたい気持ちが、努力しないと出て来なくなるの」
 「あれは良いことなんか一つも無い。俺はやったこと無いけど、やってる奴はみんな音が悪くなっていった。なんか、細かい事ばかり気になって仕方なくなるらしいんだ。切迫感に苛まれて、いらいらするらしい。酒も不味くなるらしいし。
 第一、俺は酒以外に不健康なことするつもりは無いんだ。最近はハッパも必要なくなった」
 「すぐ抜けられて本当に良かったわ。お酒が不味くなるのは嫌だ。その点は一緒ね、私達。
 演奏してても、ズレてばっかりなのに。はは」
 あゆみは、そういって、グラス半分になっていたソーダ割りを一気に飲んだ。そして、少し、唇を拭った。
 あゆみも、やはりそう思っていたのか。
 「前のバンドでヴォイドに支配されていた頃の私となら、カミさんと合ったかもね」
 あゆみは、Four Roses黒に手を伸ばす。そして、自分のグラスと、俺のグラスを作る。
 「ありがとう。・・・・そうかもしれない。その頃のあゆみとなら、ソリッドな音にまとまっただろうな。でも、つまらなかったと思う」
 「気休めはいい」
 あゆみはそう言ったが、少し拗ねた口調だった。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-31 01:20 | 第三話 「紫の指先」
     八

 「Light My Fire事件でしょ? 忘れられないなあ」
 「何、それ」
 俺とあゆみは、何時もの紫野山さんの店ではなく、少しバスに乗り、寺町御池上ルの古いビル三階にある、「Bar紫煙」に行った。バーボンが飲みたいと、あゆみが言ったからだ。
 かなり昔にボトルを入れた記憶があった。俺より少し年上の姉さんが一人でやっている店で、入り口に置かれた骸骨は本物だとの噂があった。客は俺達だけだった。
 「神ノ内さん、えらく美人の彼女ね」と、自分も美人の姉さんは言い、俺のボトルを出した。つまみの注文を訊いた後は、座敷で俺達が飲むに任せていた。小さな音で、偶然にもThe Doorsが流れている。
 「あ、聞いてない?カオルンったらねえ、膝を抱えてのたうち回ってるヴォイドを見ながら、私が飲んでいたウォッカのストレート、頭にぶっかけてね。『ねえ、誰かライター貸して』って言って、薄くなった髪の毛に、火、付けてね。
 叫いてるヴォイドに、『うるさい。 “Light My Fire”でしょ。本望でしょ』って、言ったのよ」
 「わはは・・・・」怖えー。
 「一瞬、燃えただけなんだけどね。
 ・・・・私、年上の男に、弱くって、反抗したことが無かったんだけれど、あれで少し人間が変わったかな」
 「年上の男って、俺もそうだけど」
 「カミさんはカオルンが連れてきた人だから、初対面の時から気を遣ったことは無いなあ。
 ……私、父親が天敵なの。あいつの前に出ると全然ダメなの。なんにもできないの。ただ、はい、はい、って言うばかりで。だから、家を出た時は本当に気楽になったんだけれど、でもダメなの。ベース片手にバンドをやり始めてからも、偉そうなことを言う、年上の男ばかりに捕まっちゃって。何時も、そうだったの」
 「天下のフェロモン散布マシーン、あゆみ姉さんがねえ。
 でも、薫子が喧嘩してまで、君を引き抜くなんて」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-24 08:15 | 第三話 「紫の指先」
 ・・・・待合いで、ハイライト・メンソールを吸いながら、右の薬指の甲をさすっている翁の前に立ち、薫子は言った。
 「私は所謂『テクニック』だけが即興演奏家の魅力だとは思いません。即興演奏に必要なテクニックは、やりたいことができることだと思っています。如何に速弾きができようが、やりたいことの無い演奏家は、価値が無いと思います」
 「それは分かっている」
 「じゃあ、深浦さんは、自分のやりたい即興演奏のために、誰と相談すべきなのか、よくご存じですよね」
 「・・・・誰」あゆみは不思議そうな顔をして言った。
 「右手の薬指と、もっとちゃんと相談した方が良いですよ」
 言いやがった。俺が言うのを躊躇していたことを。
 きっと翁は、何らかのトラブルで右手の薬指に傷を負い、思った様な演奏が出来ずに、シーンから消えた。そして、今でも過去の自分だけを厳しく追い続け過ぎているのだ。
 確かに今でも翁には、アマのミュージシャンと演奏するには、もったいない位の技術はあるだろう。だが、薫子と演奏するなら、身体的障害を気にしてアプローチに戸惑うような演奏では、一緒の地平には立てない・・・・。
 「君程、ずけずけものを言う人間には出会ったことが無い」
 「深浦さんが、既に会得しているはずの『間』を歌わせる演奏を極められれば、如何でしょうか。
 そうね・・・・。あなたはこれを聴いた方が良い」と言って、薫子はバーキンから一枚のCDを取り出して、翁に渡した。
 それは、例の変態オヤジが一九六三年に録音したソロ・ピアノ、「Mingus Plays Piano」だった。
 俺は思わず苦笑した。翁は大きくチッと言った。
 「何がおかしいの」薫子はきょとんとして言った。
 「何でも無い。おい、あゆみ、飲みに行こう」
 「え」
 「スタジオ代は出さないが、酒なら奢ってやる」
 「私達も飲みに行きましょうか」信じられないことに、薫子は翁に言った。「きっと私の事はご趣味じゃないでしょうから、安心して飲めそうですし。但し、タバコは控えめに。ワインの美味しい店にして下さいね」
 「よかろう。酒では負けん」翁はCDとタバコを鞄に納めた。
 ・・・・二人の背中を見送りながら、あゆみは「お酒でカオルンに勝てるかなあ」とつぶやいた。
 って、あいつは高校生だろ?
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-17 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 やっぱり! 薫子は翁を知っていて、今日の練習に参加したんだ。翁とセッションするために。
 「・・・・最後にそう呼ばれてから三十年は経つな。君はひょっとすると歳をとらない魔女かね」
 「いえ。父のコレクションの中に、深浦さんが怪我をされる前に唯一残されたレコードがあって、時々聴いているので。
 私、実は深浦さんのファンなんです。
 レコード一曲目のオリジナル、“Tempestoso Like Bud”が特に好きです」と言って薫子は、ピアノ用に書かれたと思われる素早いテーマのメロディをすらすらとアルトで吹いた。
 それだけでなく、数小節、馬鹿っ速いソロまでも。
 翁は明らかに度肝を抜かれた様だった。
 「君、ワシのソロまでも記憶しているのかね」
 「私、一度見たり聞いたり読んだりしたことは、忘れようと努力しない限り、忘却できないんです」
 「凄いなあ」と、あゆみは言った。
 「・・・・悲しいことに」と薫子は小さく言い、そして続けた。
 「深浦さん、あなたの左手は慎ましやかで、色々なことをよく知っていて、そして、無駄口を叩かず、説得力がある。
 でも、どうして右手は自暴自棄にのたうち回って、自分自信を傷つける道化の様なことしか、言わないのですか」
 「完璧主義なんだろ」と俺は言った。
 「うるさいわい」翁はピアノの蓋を閉めた。
 「気分が悪い。橘くん、すまないがレッスンは今日限りじゃ」
 「逃げ出すのでしょうか」薫子はしれっと言った。
 「・・・・いや。こんな貧乳の小娘に馬鹿にされて、引っ込んだままでいられるか!
 しかし、これ程の手練れを相手にして、三対一では分が悪い。ワシにも共犯者が必要じゃ。次はワシがベーシストを連れてくるから、もう一度、やらんか」
 「結構ですが、あゆみちゃんへのレッスンは続けて欲しいのですが」
 「橘くん、次の練習の時は、ワシがつれてくるベーシストの演奏を間近で見たまえ。かなり勉強になるはずじゃ」
 「後、十五分だから、私達も片づけようか」とあゆみは言い、薫子は「そうね。深浦さん、少し待ってて下さい」と言った。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-10 14:06 | 第三話 「紫の指先」
 あゆみも何か感じているようだ。だんだん曲のコツを覚えてきて安定してきた、あゆみに俺は目配せした。俺は、ピアノが入りやすいように、ではなく、煽るように叩いた。
 翁は、ピアノに向かい、少し間を置いて、意を決した様に引き出す。ゆっくりと、確かめながら。
 少し余裕の無い音だが、何々風では無い、誠実なメロディだ。
 左手のコードが上手く補完する。
 演奏が進むにつれ、段々右手も歌ってきた。
 薫子は左足でテンポを刻みながら、それを見る。だが、そこには侮蔑はない。
 また、翁はつっかえた。止まりそうになった時、薫子はマイクを通さず「続けて」と言い、翁も「分かっとるわい」と吐き捨てる様に言うのが微かに聞こえた。
 翁は、フレーズの全体が損なわれないようにリカバリーする。何だ、やれば出来るじゃないか。割り当てられた小節の中で、しっかりした起承転結がある、バランスが良いソロだ。
 恐らく、完璧主義なのだ、このジジイは。だから、思った様に引けなくなった時、リカバリーできないんだ・・・・。
 終わりが近い。薫子がテーマを吹き始める。翁はキメの所でコードを入れる。そして、ユニゾンで再度テーマを吹奏して、余韻を残して終わった・・・・。
 「貴様ら、ワシをハメたな」深浦翁は、右手の甲をさすりながら言った。
 「いや」と俺は言った。
 「どうしてそんなこと言うの。私は、草ちゃんのこと、やっぱり凄いって、見直したけどな。それに、今の演奏はかなり勉強になった」とあゆみは言った。
 薫子は翁に近づき、言った。
 「八小節交換の時の派手なソロよりも、じっくり弾いていた最後のソロの時の方が良いですよ」
 「君のような小娘に評価されたくはない」
 「俺も彼女と同じ様に思いましたけどね」と俺は言った。
 「五〇年代後半、米軍基地でのジャムセッションで名を売ってらっしゃった頃より、さっきの演奏の方がきっと良いですよ。『横須賀のBud Powell』こと、深浦草太郎さん」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-03-03 00:29 | 第三話 「紫の指先」