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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     九

 「井能くんだ。なかなかの手練れだぞ」
 深浦翁のリベンジのために用意された練習の日、俺は少々、びびっていた。まさか翁が、硬派な演奏で知られ、メールス、ベルリン等のジャズフェスで「葉隠れのコントラバス」と称されて絶賛されたベテランのベーシスト、井能さんを連れてくるとは、思ってもみなかったからだ。
 「こんばんは。井能義信さんですね」と、教えられてもいないのにフルネームを言ったついでに、代表的な参加作品の数枚を挙げて、「素晴らしい」と評した薫子にもびびったが・・・・。
 こいつこそマニアだ。
 「たまたま、彼が京都に来る予定があったのでな」
 「深浦さんには、昔の借りがありまして。もっとも私は、既に返したつもりではいるのですが」と井能さんは言った。
 「利息じゃ利息。さて、先日はスタジオで小馬鹿にされた上に酒でも不覚をとったが、今日は借りを返すぞ」
 「立て替えた飲み代は返して欲しいのですが。・・・・私も利息つけますよ」
 「ところで、この女形と、むさい兄ちゃんはなんだ」
 「期末試験も終わって暇なので、見学でーす」冬美は制服姿のまま、しれっと言った。
 「見学れーす」輝広は、木で鼻を括った様に言った。
 「まさか、同じバンドのメンバーじゃあるまいな」
 「そのまさかです」薫子は少し迷惑そうに言った。
 「まさか、演奏に乱入して掻き回すつもりではなかろうな」
 「僕達、楽器持ってきてませんから」と冬美は言い、「まあ、授業参観みたいなもなんです」と輝広は言った。
 「三人見学するには、椅子が必要ね」と、あゆみが言った。
 ・・・・一人の見学者と二人の冷やかしを前に、俺達は演奏した。楽譜も用意せず、気分でスタンダードを選んでは、テキトーな打ち合わせだけで、短めに。薫子はThelonious Monkの “In Walked Bud”をリクエストした。
 時々苦笑している井能さんのベースは、ことウォーキングと即興に関しては、あゆみとは比べものにならない程、上手い。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-28 23:57 | 第三話 「紫の指先」
 「え。それもかなり馬鹿ね」
 「所詮、文化系だからな。部活もブラバンだったし」
 「ブラバンは体育会系でしょ」
 「文化系だろ」
 「まあいいわ。私は本当に馬鹿な女よ」
 「まだ言うか」
 「だって、本当にそうなんだもん。何処が馬鹿かって、とにかく男の趣味が悪い。既にお察しの通り、ファザコンなんだ」
 「そうみたいだな」
 「というか、年上で、私より賢くて、ちょっぴり優しい所を見せてくれる人なら、結構、もう誰でも良いというか。そんな感じなんだ」
 「ふーん・・・・」俺は少し携帯の男のことが気になった。
 「やっばり、私はバカな女よ。そうじゃなきゃ、あんな男と付き合わない。自分の都合の良い時にしか遊んでくれない、我が儘な妻子持ちなんかと」
 「ふーん・・・・」俺は何を言ったら良いか、戸惑った。
 でも、少し気になって、もう少しだけ突っ込んで、言うことにした。説教じゃ、ないつもりだけど。
 「あゆみ、その、年上の男、もう止めとけよ」
 「え」
 「お前、絶対、無理して、甘やかしてやるんだろう? そんなのは、もう止めとけ。今は、バンドだけで良いじゃないか?」
 「そうね・・・・。いらないわ。もうしんどいもん・・・・」
 そう言って、あゆみは少し泣いた。
 俺はちょっとだけ、左肩を貸しながら、グラスを傾けた。
 Four Roses黒は、十二時半頃に無くなり、それから俺達は少し考え、結局、もう一本入れた。それから、俺達は、朝まで飲んだ。くだらない話から、新曲のアレンジの事まで。
 朝まで飲んで分かった事は、お互いが持っている音源が、数枚を除いて、全く重なっていないという事だった。
 そのうちの一枚に、Carole Kingの「Tapestry」があった・・・・。
 五時半頃、店を出た時、俺は結構酔っていた。が、あゆみは足取りもマトモで、ただ、上機嫌だった。
 「あゆみは酒、強いな」
 「カオルン程じゃ無い。飲み代は、また、今度返すね」
 「ああ、気にしなくて良い。どうせ、LPかCD買うか、酒飲むしか、金の使い道も無い」
 「あはは。気が大きくなってるよ、この人。おじさんだ、オジサン。似合わないから止めて」
 「おじさんさ。だって三十歳超えてるんだぞ」
 ・・・・それからタクシーに乗ったはずだが、覚えていない。
 何もしなかったとは思うが、ちょっと心配だな。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-21 00:30 | 第三話 「紫の指先」
 「そりゃそうだと思った。そして俺は、薫子に『軋轢を楽しむために、君の誘いを受けた』と言った」
 「何それ」
 「そう思わないか。グルーブなんて、放っときゃ良いんだよ。そんなことは、誰か他の奴が気にすることだ。俺達は、音で違う世界に行くために、集まっているんだから」
 あゆみは、少しグラスを傾け、そして、ゆっくり言った。
 「・・・・そうね。その通りだわ。
 私ね、この前のライブ、えらく感動したのよ。演奏する前は、みんな、何か少しずつ傷ついた感じだった。私はヴォイドに会って、酷く緊張していたし。そして始まったら、冬美ちゃんが練習通りに演奏しないでしょ。殆ど、破綻すれすれで、何度も駄目になるかと思った。でも、テンション高く保ちながら、何とか帰って来られた。それも、予想より豊かな地に」
 「そうだな」
 「私あの時・・・・」と、あゆみが言いかけた時、不意に携帯電話が鳴った。
 「・・・・どうぞ」と俺は言った。
 あゆみは番号表示を確認して、それから「別にいい。切っとくわ」と言って、電源を落とした。
 「良いのか。彼氏だろ」と、俺は悪戯っぽく言った。
 「いらない」あゆみはそう言って、グラスを傾けた。
 「別にいい。もう、いらないわ」
 「そうか。・・・・今、言いかけたことは何だった?」
 「何だったっけ。私は馬鹿な女だから、忘れちゃった」
 「何が馬鹿なの」こいつ、時々自己否定に入るんだよな。
 「まず算数が出来ないの」あゆみは少し酔ったのか、壁に凭れて足を組み、鶴亀算から算数、数学が出来なくなったこと、姉の存在、父親との確執、最初の男、影響を与えた年上の女性の事、音楽との出会い、何故ベースを弾くようになったか、等を話した。本当だな、飲むと結構、喋るんだ。
 今までの二人飲みは、リラックスした飲みじゃ無かったのか。
 「鶴亀算は俺も分からなかった。学生時代、短期間だけ公文式学習室でバイトしてたんだけど、鶴亀算が教えられなくって、方程式で教えたら、生徒の親から苦情が来てクビにされたんだ」
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-14 01:13 | 第三話 「紫の指先」
 「そうじゃない。そうだなあ・・・・。
 今、想像してみるに、自己批判の強い男と、抑圧された女が演奏する堅い音なんて、まるでナチスだ」
 「まあ、そうかもね。はは。雁字搦めね」
 「俺は、“今の”あゆみみたいな、後乗りの音のベースとはやったことは無かったんだ。硬い奴ばかりで。
 ・・・・そういえば、俺が一緒にやってきたベーシストは、エゴを出せないヤツばかりだった。たぶん全員、今はサラリーマンやってると思う」
 「サラリーマン? はは。面白い」
 「面白くなんか、ないさ。俺は奴らを音で押さえ付けてきた。何も面白くない。・・・・?」
 そうか、俺は予定調和が嫌いだと良いながら、今までやってきたバンドでは、メンバーを押さえ付けてきたんじゃないか?
 理想ばかり求めて、狭いルールを作って、それが音楽の質を高めるために必要だと思ってきた。でも、きっとその切迫した考え自体が、メンバーにとって気詰まりだったんだ。
 俺は今まで、俺を解雇したメンバーに才能が無いと切り捨てていた。実際、一枚だけ出た『南蛮』のCDを聴いても、全く魅力を感じなかった。だが、俺は奴らの良い所を、充分に引き出せていなかったんじゃないか。
 リーダー面して、抑圧して、思い通りに行かないことに苛立って。俺はそれが俺の責任感だと思っていた。
 でも、それはただの義務感だったのかもしれない。
 ふいに俺は、以前見た夢の中で、変態オヤジと黒猫のEricが言っていた、「どのような形式であれ、抑圧に変わる危うさがある」「そして、抑圧には際限がない」という言葉を思い出した。
 「・・・・カミさーん、帰ってきて」あゆみは右手を目の前でひらひらさせた。目が、少しとろんとしている。
 ふん、言おう。
 「俺は薫子に、俺とあゆみでは『気持ち良いと思えるグルーヴが全然違う』と言った。そうしたら薫子は、『私は気持ちの良いグルーヴを求めて一緒に演奏している訳ではない』と言った」
 「・・・・それで」あゆみのグラスが止まった。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-04-07 00:30 | 第三話 「紫の指先」