ブログトップ

ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

<   2010年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 今日の持ち時間は、セッティング込み一時間と長かった。ハウス系似非ジャズの次、三番目に出た俺達がやる曲は、五曲。
 箱のせいか、客はおっさんが多かった。洗い晒しの五〇一に、空色のノースリーブを着た薫子は、本当に場違いだ。おっさん達の視線は薫子に集中している。期待と半々の軽視。こりゃ、あんまり良い気分じゃないだろうな。
 気が付けば、輝広と冬美が最前列に座っている。輝広は瓶ビールをラッパ飲みし、冬美は・・・・分厚いマスクをした上に、頭から足の先まで雨合羽を着込んでいる。きっと、煙草対策だな。
 「良いですか」と、薫子が翁に声をかける。
 「おい。客にギャルなんぞおらんじゃないか。・・・・まあ良いが。井能君、行こうか」そして、井能さんがうなずいた瞬間、翁の指がするすると動いて、音の粒を転がした。
 Monkの「Twinkle Twinkle」。これは、井能さんのリクエストだ。テンポはミディアムなのに、フレーズが速い。Monkは下手だと言う奴がいるが、この曲を聴けばそんなことは言えないはずだ。速いテーマに、薫子は遅れずに付いていく。井能さんの太い音に助けられながら、俺も付いていく。客の顔がぱっと明るくなる。
 さあ、薫子のソロ。・・・・な、なんだ?
 Anthony Braxtonのように、ダーティーに、アブストラクトに吹きまくる。少々の逸脱はお構いなしだ。
 薫子は絶対に音を濁さないと思っていた俺は、びびった。
 そして、明らかに殆どの客の顔色が変わった。こりゃ好奇心に対する嫌みだな。
 うーん。このテンポと、このフレーズじゃ、俺は薫子に絡みにくい。等と考えていると、翁もバッキングするのを止めて、薫子を苦々しい顔で見ていた。
 井能さんは余裕だ。俺がおとなしいと見るや、薫子に茶々を入れて楽しんでいる。薫子は動ぜず、ますます露悪的にエスカレートする。吹き終わった時には、殆どの客が引いていた。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2010-06-30 01:00 | 第三話 「紫の指先」
 「そうだ。・・・・だが、やはり思うようには行かないのだ。薬指が思うように動かない時、ワシは自分の人生を呪うよ」
 俺は心に、グッと来た。翁が弱音を吐くなんて。いや違う。この人は怪我をした時から、問題を目の前に据えて、乗り越えるために、ずっと闘ってきたのだ。
 「深浦さん、私、思うのですが、自分にとって一番新しい音は、間違っている音ではないでしょうか。私は、演奏の瞬間瞬間において誠実であるべきだと思ってはいますが、同時にハプニングや間違いも大好きです。それを上手く使って、違う世界に飛び込みませんか」
 「・・・・訳のワカランことを言うもんだ」そう言いながら、翁は右手を薫子に預け続けた。
 “俺も薫子の意見が好きです”と言いかけた瞬間、階下の店の入り口に、あゆみが立っているのが見えた。白いレインコートに雨が光っていた。赤い唇が鮮烈に見える。
 ひょっとすると、あいつも翁の奥さんの様に、情の濃い女なのかもしれないと、ふと思った。
 「やっと来たな。その歌声を聴かせもせず、ワシに伴奏させようとは、いい根性している」と翁は悪態をついた。
 「・・・・ごめんなさい。どうしても今日は仕事抜けられなくて。あら、良いわね。カオルンとお手手つないで」
 「歌詞は書けてるのか」と俺は訊いた。
 「あいにく書けてるわ。ただ、ライブで一人で歌ったこと無いから、吹っ飛んでしまうかもよ。・・・・だからちょっとだけ、飲んでも良いかな」少しヤケな感じのする言い方だ。
 薫子の携帯電話に井能さんから電話が入った。「もうすぐ、ここに来られるそうです」。
 着いた井能さんは、雨で濡れていた。「やっぱり、京都は蒸し暑いですね。ベースがちゃんと鳴れば良いですが・・・・」
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2010-06-23 00:58 | 第三話 「紫の指先」
 「私はそんなことは言いません」
 「そうだろうな。お前も、神ノ内くんもそうはせんだろうな。
 前にも言ったが、アドリヴは一瞬の閃光だ。その光を弱めることは」
 「できない。貴方も、私も、神ノ内さんも。それはその通りです。人生は一瞬の閃光でしかないから。
 でも、それは志をなしえなかった時に萎えてしまう程の弱い光であってはならない。
 あなたはあなたのアイデンティティを守るために演奏をするのですか。それとも、あなたをあなたとする存在の光を、常により強く光らせるために演奏をするのですか」
 薫子はさすりながら、翁の目を貫くように見て言った。
 「完璧でなければ気が済まないのだ」翁も目を逸らさない。
 「あの、その薬指の怪我はどうしたんですか」俺は率直に聴いてみた。
 「格好の悪い話だよ。だから、ワシの口からは言えん。・・・・お嬢ちゃんは知っているのだろう。代わりに言ってやってくれ」
 「良いのですか」「ああ」
 「『ジャズ・ジャーナル』誌、一九六一年五月号の記事によれば、他の女性のことで奥様と口論になり、奥様は衝動的に深浦さんの右手にきつく噛み付き、全治四週間の重症を負わせた。復帰は難しい、とありました」
 「号数と記事内容は合ってる。その頃気に入っていた女と一緒に指輪を買ったのだ。それを右手薬指にしていた。今から考えれば傲慢な話だよ」
 「でも、今でも奥様とご一緒ですよね」
 「ワシはあいつを愛している。それに、あいつがいなければ、ワシは稼ぎのない、ただのごろつきに過ぎなかった。本当に感謝している。あいつは、ワシのジャズメンとしての価値が怪我のためどうなったかを知り、泣いて泣いて何度も詫び、呆然となって死のうともした。だが、この結果を導いたのはワシだ。ワシの馬鹿さがこれを招いたのだ。だから、ワシは・・・・」
 「怪我をハンディキャップと考えたくないと」
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2010-06-16 23:31 | 第三話 「紫の指先」
     十一

 その土曜は蒸し暑かった。ライブの対バンは、関西では有名なパワー・フュージョン・バンドのドラマーが組んでいるギター・トリオ、コルトレーン・サウンドから技術を抜いた様な雰囲気カルテット、それから主催者のハウス系似非ジャズ、だった。
 三条木屋町上るビルの五階『Stride』で、リハの時から深浦翁は荒れていた。原因は対バンの胡散臭さに加え、ピアノの音が悪い、ということだった。
 「深浦さん、この湿度だから仕方ありませんよ」と俺は言ったのだが、与えられたリハの時間が短い上に、井能さんがリハに参加しないこともあって、翁は「弾く気がおこらん」とご立腹だった。
 こんな時でも、薫子は容赦ない。「天気が崩れそうだから、薬指が痛いんでしょう? なんなら逃げますか」と言った。
 恐らく強烈な天の邪鬼の翁は、そんな風に言われたら、逆に向かざるを得ない。
 「やかましいわ。テーマの処理とキメだけ確認すればいいんじゃろが」
 「今は、それしかできないでしょうね。とりあえず三人で合わせましょうか」
 翁の演奏は精彩を欠いた。テーマが弾ききれない場面もあった。
 リハの後、俺達は直ぐ近くの「ベイロン」に、軽く食事をとりに出た。
 といっても、翁と俺は飲むのだが。待つ間、翁は右手の薬指をさすり続けた。
 「よっぽど痛いんですね。・・・・ごめんなさい。本当に止めますか」薫子は翁の右手をとり、さすってやる。珍しく、瞳に年相応の逡巡の影があった。
 「ここまできて、止められる訳がなかろう。
 ・・・・冷たい手かと思っていたが、熱い掌じゃな。なかなか気持ち良いわ」と言って、翁は手を預けるままにしている。
 「最初から最後まで酷使するからですよ」
 「客の耳が悪そうだからな、手を抜け言うのだろうが」
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2010-06-09 23:41 | 第三話 「紫の指先」
 「彼氏」は、お姉さん抜きで話してみると、軽い人だった。ただ、目つきが怖かった。私は時々席を外して、お姉さんの家に電話したのだけれど捕まらなくて。その時までお酒に免疫が無かった訳じゃなかったけれど、緊張してたせいか、メチャメチャに酔っちゃって。
 ふと目覚めたら、私は凄い頭痛と吐き気に満たされた。そして、見たことも無い部屋で、「彼氏」と二人、裸で寝ていることに気付いたの・・・・。皺くちゃになった服を着て、タクシーに乗った。お腹が妙に熱くて気持ち悪かった。
 家に帰ったら、父親が起きていた。でも父親は、何も言わず、目も合わさず、叩いてもくれなかった。
 私はその時から楽園を失った。電話でお姉さんから「何で遊びに来ないの?」と誘われても、言い訳を見繕って断った。彼女の声に怒りの色が陰っているのが分かっていたから。だって、お姉さんにもらったベース、「彼氏」の部屋に置いてきちゃったんだもん。バレない方がおかしいよね。あんなに親切にしてもらったのに、私はお姉さんを裏切った。会えないよ・・・・。
 何も考えたくなかった私は、母親伝えに父親の言うことを聞いて、受験勉強した。それでもまあ、私学の女子大にしか入れなかったわけ。
 入って分かったんだけれど、女子大って、本当に何にも面白くない所よね。というか、大学って目的もなく入っちゃダメ。
 あの二年間は空虚だった。ただ、ベースだけは続けていた。だって、気付いたの。音楽が無くなったら、私には何も残っていないことに。
 ベースは大学入る前にバイトして買い直した。最初は安いフェンダーのコピーモデルを、一回生の夏と冬の休みのバイトで今のベースを買った。
 軽音楽部に入って、女子大のお嬢様達のコピーバンドで演奏したの。何にも面白く無かったけれど、ためにはなった。時々、他の大学の軽音の男の子との合コンに混ざっては、刺激的な音楽を演っている人を捜した。殆どは女の子をお持ち帰りすることが目的のような、ちゃらけた男の子ばっかりだったけど、時々面白い子もいて、その子の大学に出かけては演奏した。
 その頃から自覚あったのよね、男の趣味が悪いってこと。私、あんなに父親が嫌いなくせに、年上の男に、それも説教好きのオヤジ系に弱いんだ。だから、同年代の大学生なんて、全然好きにならなかった。今から思えば寂しい女子大生だったな。
 親に内緒でアルバイトばっかりして、卒業したら家を出た。殆ど夜逃げに近かった。姉貴は京大卒業した後、院に行って研究者になったから、もう私は親から何も期待されていなかった。
 仕事は、医療関係の会社のアルバイトに滑り込んだ。
 社会人になってからは、ライブハウスに出たりして、色々な人と演奏するようになった。まあ、それで、そのうちヴォイドとも知り合ったってわけ。
[PR]
by jazzamurai_sakyo | 2010-06-02 01:43 | 第三話 「紫の指先」