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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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 ふと見ると、薫子は呆れたような、感心するような顔をして翁を見ていた。自分のテーマへのアプローチを否定されたと感じたのかな。
 さて、翁のソロが終わりに近づき、破綻なく仕上がりそうだ。余程弾き込んできたのかな。薫子はどうする。
 被せずに出た。うん。良く鳴らしてる。上手いな。
 そして、翁の曲解釈などお構いなしと言わんばかりに、無邪気なフレーズを吹いた。
 そこへ翁が暗いコードを、トン、と入れる。
 薫子はちょっと自虐的な明るさで離れる。
 翁は、薫子のフレーズをなぞって捕まえる。
 一転して薫子は脈絡のない早いパッセージを入れて、ますます離れようとする。そして、例の強烈なタンギングで、行ったり来たりする。コードの枠ぎりぎりだ。翁は、手を止めている。困った俺はふと、井能さんを見ると、彼は笑いながら、堅実に弾いていた。
 ふん。押すしかないか。俺は、少々ブラシを乱暴に使って、薫子をプッシュした。その部分はAメロの最後部分だ。
 すると翁が左手で低く、「You Don’t Know What Love Is」、とフレーズを入れた。
 すると、薫子はBメロに入るところで、少し湿った音に変わり、内証的なフレーズを吹き始める。告白するもののように。
 黒めにサポートする翁。途端にフルートは哀愁を帯び始める。テーマに合った演奏だ。
 珍しく切なく吹いている。ここの歌詞は「失恋した心は、思い出が蘇るのを恐れている/涙を味わった唇は、キスの味が判らなくなる」だ。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-07-28 01:21 | 第三話 「紫の指先」
 そう考えていると、楽器を持ち替えるために後ろを振り向いた視線が俺を射抜き、同時に口が、「手を抜いている訳ではないでしょうね」と動いた。
 そのつもりはないが、俺は素直に「すまん」と言った。今のは少々やられたな。だが、次の曲も、仕掛けるのはそうそう難しい曲なのだが。
 薫子は古いフルートを取り出す。そして、ワン・テンポ置くと回りに声もかけず、いきなり吹き出す。今度は小さな音から始まり、ゆっくりとしたテンポで、アドリブする。張りのある音がしている。少し曲に合わないかもしれない若い音がした。
 だが、妙に雰囲気作りをする必要はない。空間から舞い降りてきた、そのテーマが「You Don’t Know What Love Is」だったとしても。これは俺のリクエストだ。
 一度、ちゃんと聴きたかったのだ。出町柳で、薫子と初めて会った時、あいつはこの曲を吹いていた。小さな音で。
 井能さんがアルコでテーマに寄り添う。薫子は、少し崩して、だが迷うことなく朗々と吹く。
 俺はさして得意ではないブラシを取り出した。
 ドルフィのヴァージョンと違い、ソロはピアノが先だ。
 翁は薫子のフルートがテーマを吹き終わる所にフレーズを被せて滑り込む。上手い!
 薫子はスッと退いた。退いた余韻の中から浮き立つピアノ。
 微かに香るエロス。芯のあるタッチだが、時折内証的な表情を見せて、その「ゆれ」が聴いている俺の心をぐらぐらさせる。
 やっぱり、左手が良い。右手に優しく寄り添う。
 じじい、やっぱりこんなピアノが弾けるじゃないか。
 ひょっとすると、右手が若く戸惑う人で、左手が諭す女だ。この曲はミュージカルの曲で、男に対して女は、「激しく心を燃え上がらせて、そして全てを失うまで、愛とは何か解りはしない」と歌う。それを、両の手で弾いている。うーん。これじゃ、俺は干渉できない。仕方ない。スネアを歌わせるか。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-07-21 21:33 | 第三話 「紫の指先」
 続いて出る翁は、やりにくそうだった。訥々としたフレーズ。おいおい、らしくないぜ、と思った瞬間、ゴンと不協和音をぶち込んだ。
 おわ。Cecil Taylorのように、十二音階のユニゾンのフレーズを正確に弾いている。スピードで張り合うつもりは無い、と言わんばかりだが、このソロは、地鳴りみたいに響いて、俺のドラムに干渉する。結構怖いぜ。
 ちょっと揺らしてみるか。だが、俺が動いたら、雰囲気が保てないか。俺は翁の演奏に引きずられないように、正確にフォービートを刻む。井能さんは翁の演奏の冷たさを浮き上がらせるように、逆に柔らかい音で、俺に合わせて刻む。
 ふと翁は井能氏の皮肉に気付いたのか、一八〇度転換してモンク風にテーマをアレンジし、映像のコマ送りのように少しづつ色づけを変えていく。
 それは派手ではないが、面白い。こりゃ、Monkも大喜びだな。Monkの曲はコードだけじゃなくて、テーマそのものに相対しないと、活きてこないから。
 このスピードなら、指も問題ないか。
 そして、短いベース・ソロへ。うーん。堅実にまとめたな。
 テーマに帰ってアッサリ終わり。客はまばらな拍手だ。そりゃ、全くまとまりの無い演奏だもんな。
 気付くと、冬美はレインコートの向こうからキツイ目で薫子を見据えている。輝広はやっぱりビールをラッパ飲みしている。
 薫子はつかつかと翁に近寄り、何事か耳打ちする。
 すぐに「それはワシなりの考えでやらせてもらう」と少々怒気を含んだ声がした。ピアノ側の客が退く・・・・。
 薫子の「寂しいので、お願いします」と言う声が聞こえた。
 察するに、ソロの時、バッキングしなかったことを言っているようだ。だが、あのアドリブにどの様なバッキングをしろと言うのか。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-07-14 00:21 | 第三話 「紫の指先」
7月7日の放送は、七夕のため中止です。
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by jazzamurai_sakyo | 2010-07-07 07:00 | 第三話 「紫の指先」