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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

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     十六

 ・・・・付き合っていた人は、私がバイトしている事務所の正社員だ。
 彼は、何時も怒りを抱えていた。彼は何時も何かに熱中し、全てを理解しようとし、全てを分かってもらおうとし、全てを解説しようとした。それに反して、他人がその問題を分からないことに、彼の熱い思いを理解できないことに怒っていた。
 でも、それは仕方のないことだった。だって、話している言葉が違うんだもの。何かを変えようとしてもがく人と、安穏として前と同じ方法でスルーしようとする人では、自ずと話す言葉が違ってくるんだから。
 彼は、目の前で、今の自分の理想的な形が、自分のできる限り動いていなければ気が済まなかった。確かに彼は、職場の誰よりも努力しようとしていた。でも、体力や気力や家庭のちょっとした不都合が、彼の意欲を削ぎ、そして彼もその糸を辿って、逃げ込んだりして、弱いところを見せた。
 でも、私は彼の子ども染みたやり口が、どちらかといえば好きだったから、度々、彼の仕事を手伝ったりした。
 そして、その仕事のお礼に、飲みに連れて行ってもらって、色々話をした。最近の若い子は、口うるさい人と飲みに行くのを嫌うけど、私は美味いお酒を飲ませてくれて、なおかつコストパフォーマンスが良い店に連れていってくれるなら、別に気にしない。店が悪かったら、直ぐ帰るけどね。その意味では、彼の行く店はみんな良かった。
 後、私は彼のおかげで、あまり好きでなかったクラシックが聴けるようになった。
 彼はマーラーを愛した。マーラーを愛する自分を愛した。どう考えてもナルシストよね。他人を信じられず、周りから浮いてて、上手く行かないことが多くて、ストレスを抱えて・・・・。
 私は彼のことをちょっと気の毒に思ってた。そうこうしているうちに、心の中に入り込まれちゃった。だって、彼は甘えるのが上手いんだもの。
 でも、私は、あの人の責任感というか、完璧主義が段々居心地悪くなってきていたの。
 彼は、タクシーに乗る時、行き先を運転手に告げない。
 全部、道順を説明する。
 「最短で行く。タクシーの運転手は、距離を稼ぐために客を騙して変な所を通るからな」と聞こえるように私に言う。
 私は、家まで送られる時、それが何時も嫌だった。別れるための最短の時間を選ばれている感じがしたのも嫌だったし、全部自分のコントロール下に置かないと気が済まないような彼の態度に、何か違和感があった。
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by jazzamurai_sakyo | 2011-10-05 00:04 | 第三話 「紫の指先」