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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

 私はその人に、よくライブとか芝居に一緒に連れてってもらった。新譜を買うと、必ず呼んで、私に感想を言わせるの。つまんないこというと、すぐアホ扱いされるから怖かったけど、ちょっとしたスリルがあって、楽しかった。
 特にCocteau Twinsの“Treasure”を聴かされた時は、なんか、付き物が落ちたみたいにスッとした。ゴリラの音楽教師の背後霊が落ちたのかな。つまんない現実から、すっごく遠く離れた幻想の世界に連れて行かれて、最初の闇から解放された。
 「これ、ドラムは打ち込みなのよ。チープな機材みたいね。
 ねえ、古典的技術とか、音楽的権威は私達には関係ないのよ。アイデアと、それを実現できる方法を探す気さえあれば、自分だけの世界を作ることが出来る」と彼女は言った。
 私は、ホントに彼女の部屋に行ってたなあ。もちろん、勉強してる時と、彼氏が来てる時のお邪魔は避けました。レコードは貸してはくれなかったけど、部屋に行って回すのはオーケーだったから、彼女が持っているレコードのありったけを、テープに録音して聴いたな。
 The Pop Group、PIL、Joy Division、Bauhaus、Echo and The Bunnymen、Durutti Column、The Cult、Felt、The Jesus and Mary Chain・・・・。もちろん、Sex Pistols、The Clash、The Jam。
 今から考えたら、全部イギリスのバンドだった。
 そして、彼女が「飽きた」と言って、部屋の片隅で埃を被るままにしていた、ベースを只でもらったんです・・・・。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-10-28 01:30 | 第三話 「紫の指先」
 もう、何もかも全部ぶち壊して、お父さんと、従順なだけのお母さん、姉貴との生活を、ぶっちゃけチャラにしてしまいたい、って思っていた。
 そんな単純馬鹿な私を冷やしてくれて、救ってくれたのは、テキトーに入った公立高校で、最初に付き合った男子のお姉さんだった。
 彼とは、すぐ冷えた。何で付き合ったのかも覚えていない。話はあまり合わないし、セックスするのが、ホント疲れるだけだったなあ。そろそろ、嫌だな、あんまりしたくないなあ、って言おうと思ってたら、向こうから言ってきた。オマエとは合わないって。そのつまらなさそうな目で見られたら、俺もつまらないだって。あんなに目血走って、はしゃいでたくせに・・・・。
 そうやって別れたけれど、彼のお姉さんは、彼と別れてからも私を可愛がってくれた。
 「ホント、頭の悪い弟でゴメン。代わりに私と付き合う?」と言われた時は、そっち?って、ちょっと退いたけど。「そうじゃなくて、君、弟の友達の中では、イッてる目をしてるから面白そうだし、時々話しでもしに来てよ」って。
 彼女は、頭のいい人だった。目を見て、話しを聴いてれば分かった。高校に行くのは人生の無駄だって言って、高校行かずに予備校行って、大学検定合格を目指していた。でも、時々は特別講座の費用が要るとか言って、親から金を引きだしては、ライブハウスに行ったり、芝居を見に行ったりしていた。
 もの凄く斜に構えた見方をする人だった。私は、私によく似た人だと思ってた。パンク、ニューウェーブが好きで、黒い服しか着なかった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-10-21 00:06 | 第三話 「紫の指先」
 そう言えば、お父さんと上手く行かなくなったのも、鶴亀算の頃だったなあ。
 丁度その頃、生理が始まったのよねん。この始まった年齢が、姉貴が始まった歳よりも一歳も早かったの。その夜、夕食にお赤飯が出て・・・・。何で、あんなもん出すんだろ?
 お父さんは、一瞥しただけで、ずっとビール飲んでたなあ。
 別に、優しい言葉をかけて欲しかった訳じゃなかったけど、姉貴の「その日」には、笑っていたのになあ。そう言えば、姉貴は恥ずかしがる訳でも無く、何時もと同じ無表情だったなあ。
 中学に入ってからは、激しく成績が下がったの。だって、算数が分からない私に数学が分かる訳ないでしょ。大好きだった音楽も、中学の授業では大嫌いになった。担当の先生が、ゴリラみたいなババアで、一糸乱れぬ合奏の練習ばかりさせるの。
 粘液質で、本当に嫌いだった。
 ピアノが出来るとは、だから絶対言わなかった。
 ピアノは姉貴と一緒に習っていた。でも、中学に入る前に止めちゃった。比べられるのが嫌だったから。
 平均より良かったのは英語と美術だけかなあ。
 こうなると、もう、お父さんは小言しか言わなくなるわけ。中二の夏、まあ、似た様な将来の展望の無い女友達とつるんで馬鹿ばっかりやって、色んな所で色んな人とぶつかって。
 それで、あんまり面白くないから、友達の紹介でつまんない男子と付き合って。
 髪を染めた時には、お父さんにはもう完全に無視されたの。
 ただ、私のいない所で、お母さんに何か言っていたことは知っていた。そして姉貴は、・・・・無表情のままだったなあ。
 私はただゲラゲラ笑って毒づいて・・・・。でもその頃、何もかも上手く行かない感じがして、全部が全然面白くなかった。周りはね、「お姉さんはとても優秀なのに、何故、この妹は・・・・」という目で見てるし、怖々「頑張ろうね」って、そればかり言うのよねん。
 私は頑張るのはゴメンだった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-10-14 00:33 | 第三話 「紫の指先」
     一

 私はバカな女です。
 何処がバカかって、まず算数ができない。
 小学校五年までは順調だったんだ。「本当に、賢いわねえ。お姉さんそっくりね」とか言われて。
 それが鶴亀算で全然ダメになっちゃった。
 分かります?鶴亀算って。
 鶴の足は二本で、亀の足は四本ですね、塀の下に足が二〇本見えていて、塀の上に頭が六つ見えてますが、鶴は何羽、亀は何匹いるでしょう、ってやつよ。
 そんなモン、足の形とか、頭の形で分かるでしょう?
 第一、亀なら、塀の下から足が見えていれば身体全体見えてるから、それを数えた方が速いです。って、手、挙げて先生に意見した私はそこからして馬鹿でしょう?
 思えば、小学校の頃から、先生と名の付く人の話を、マトモに聞いたこと無かったな。私は、人の話は斜め後ろからしか聞かないんだ、何でも。
 担任の先生は、いやそうじゃなくて例えば鶴が六羽いるとしたら足は一二本だから、二〇から一二引くと足が八本余っちゃうわねえ。で、亀と鶴の足の本数の差は二本だから逆に余った八本うんたらかんたら・・・・。
 テルに言わせれば、あれは中学から数学で方程式を習うにあたって、数学的思考法を養うことを目的に勉強させるんだって言うんだけど・・・・。何のために必要なのか、未だに分からない。
 三つ上の姉貴は、私と比べて本当に賢かった。私みたいに鶴亀算には引っかかりもしなかった。ムカデ・ゲジゲジ算だって問題なかったと思う。
 何でもすぐに出来ちゃうし、分かっちゃう。
 それに、親に口答えすることもなかった。姉貴はお父さんのお気に入り。特にお父さんには従順だったから。
 それに比べて、私は馬鹿でしょう?加えてお父さんに口答えしちゃうんだこれが。お父さん、大学の先生だったからかなあ、私の言うことなんか聞かないの。
 だから、私は厄介者。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-10-07 00:27 | 第三話 「紫の指先」
 即興とは、永遠の闇そのもの。ジャズとは滑稽な、空回り。まるで変体オヤジが冠した通り、道化そのもの。
 それを知るはずの指先は、疾走を課すが、飛べずに躓き、泣いている。義務感の波に絡め獲られるからだ。
 だが、迷っている暇は無い、薫子の前では。
 一方、悩む女と悩む男は、お互いを知る。ビール瓶が割られ、グルーヴは開放された。その切り口をお互いに突きつけたとしても、楽しめば良いだけだ。行き先は告げなくて良い。

 次回 第三話 「紫の指先」!

 彗々たる星斗にも勝りて、夜が吾等の裡に開きたる永遠の眼こそ聖なれ。


 ※ 次回開始は09年10月を予定しています。
   更新は毎週水曜日の予定・・・・、ですが、全部できてないので、滞る可能性アリです。

 ※ テルの名前を変更しました。 瀧上元輝 → 瀧上輝広
   直ってない箇所があったら、お教え下さい。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-07-29 00:18 | 次回予告
 出来れば、あの冬美と薫子の会話も憶えていたくはなかったが、それは一言一句、俺の記憶から消えることはなかった。
 「癩王のテラス」の練習は、活発になった。必ず週二日は練習し、練習の中で生まれたアイデアや、持ち寄った複数の新曲のアイデアを広げることに取りかかった。
 冬美と薫子は、以前と変わらず、冷たく美しい顔をしていた。冬美は、以前より笑う様になった気がした。
 「青い光」について、薫子は練習再開の冒頭、「出来た曲として手を付けずに置いておきたい。それと、私の中で冷却期間が欲しいので」と言った。
 あの曲を演じたことが、奴等にとって良いことなのか、それとも違うのか、俺には分からなかった。
 そして、「青い光」の歌詞の意味について、アキコ、という名前について、俺は薫子に尋ねることが出来なかった。
 「ねえ、カミさんの言ったこと、正しかったわよ」
 ある日の練習後、俺はあゆみと紫野山さんの店で飲んでいた。
 俺はあゆみにも、尋ねたいことが二つあった。
 一つはリズムのこと、もう一つはボイド氏のことだったが、なかなか言い出せないまま、過ぎていた。
 「何が?」
 「宮坂さんのホームページが更新されて、この前の、“underground garden”のライブの詳細レポートが掲示されてた。でも少々、媚薬が効きすぎたんじゃない?」
 「媚薬って、どういうこと?」
 「ホームページ見たら、分かるわよ」と、あゆみはウインクした。
 翌日、俺は職場のパソコンで宮坂のホームページを見た。
 その瞬間、俺は恥ずかしさのあまり、耳たぶまで熱くなってしまった。
 レポートの頭には、少々、露出が長めで、残像がオーラの様に動いている、メンバー五人の演奏中の写真が並べられた上に、ご大層に、ヨーロッパの廃城の写真がオーバーラップで飾られ・・・・、次の様な文言が書かれていた。
 ・・・・「癩王のテラス」は、失われゆく「地下王国の園」において、聖なる暗闇と陽光の戦い、そして再生を祝う歌を奏でた。
 その歌は、偉大なるKing Crimsonの名曲、“Starless”に匹敵する聖歌だった。・・・・云々と。
 ああんの野郎。ああああーっ。
 ・・・・めっちゃめちゃ恥ずかしい。
 こりゃ、アレンジ、やり直しだな。
 でも、冬美と薫子はウンと言わないだろうな、恐らく。
 どうしよう・・・・。
 少し二日酔い気味の頭に鈍痛が走り、・・・・俺は苦笑した。

     (第二話 終)
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-07-22 00:09 | 第二話 「青い光」
 「ごめんね。私が冬美に、どんなことをしてあげても、冬美を助けることはできないと分かっているし、何かを変えることができると思って、あの歌詞を書いた訳じゃないの。
 でも、どうしても、あの歌詞をあの曲に載せたかった。
 あの曲を作った時、キーワードだけが頭に浮かんで、最初からあの歌詞が出来ていた訳じゃないんだけど。
 でも、神ノ内さんの作った構成の流れに乗って、あの場所のことを、そして、彼女の存在を、私と冬美の中で昇華することができたら、私達は次の場所に動けるかもしれない、と思ったから」
 「それは、分かっていた。・・・・本当は思っていた、あの構成はレクイエムみたいだって。だから、最後のテーマを、僕が弾くんだって、神ノ内さんが言った時、困惑したけれど、本当は少し嬉しかったかもしれない。
 でも、僕、あの曲に入り込みすぎて、ちょっと、変になってしまった。僕が何時も夢に見るあの景色、あの赤い炎から、僕が抜け出るための装置のように、あの曲は僕を導いた。
 さっき言ったこと、嘘だよ。歌っても良いよ。止めてくれとは、僕は、もう言えない・・・・」
 冬美がヴァイオリンケースを静かに床に置き、薫子に抱きつくのが、隙間越しに見えた。
 「ごめんね。歌うこととか、演奏することしか、私は、できない。冬美を助けることはできない。
 でも、私は何時でも、冬美と一緒に、あの夢の中に行く。
 また、二人で行こう、あの湖岸道路に。そして、一緒にアキコさんを捜しましょう」
 誰だ。アキコ、って。
 俺は静かにその場を離れた。聴いてはいけないことを聴いてしまったのではないかと、動揺した俺は、トイレで少し、尿を便器から外してしまった。
 ・・・・座敷に戻ると、YAEが冬美のいた席に座っている。少し頬が赤い。輝広とあゆみが、にやにやとしている。
 「何だ、YAE。飲み過ぎか?高校生が酒に飲まれちゃイカンだろ」
 「そんなんじゃない。この程度で酔う訳ないだろ」
 あゆみは、YAEの肩を抱いて、「YAEちゃんねえ、冬美ちゃんに一目惚れなんだって」と言った。
 「え。嘘だろ。美少年と野獣じゃないか」と言った次の瞬間、俺はYAEの跳び蹴りを食らっていた。
 ・・・・それから後のことは、あまり憶えていない。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-07-15 00:41 | 第二話 「青い光」
 ・・・・おい。お前、今、何でこんなオヤジとあゆみが付き合ってたんだ、と思っただろ」
 俺は、図星を指されて黙った。
 「人間ていうのは、色々、難しいんだ。何も問題を抱えていない奴なんていない。だから、俺みたいな、ねじ曲がった魂を歌うロックを演る男は、永遠にニーズがあるんだ」
 何、言ってんだ、このオヤジは。「すみません、トイレ行って良いですか?」俺は言うに事欠き、そう言って逃げた。
 背後から、ボイドが「あの薫子っていう女には気を付けろ」と言う声が聞こえた。
 俺は振り返ったが、既にボイドは部屋に入った後だった。
 店の入り口付近から冬美の声が聞こえた。俺は、下駄箱の裏から、その隙間越しに声を聞いた。
 「あの歌詞、どういう意味なんだ?」
 「聴いた通りよ」
 薫子が、諭す様な静かな声で話した。
 俺は、動くことが出来ず、立ち聞きすることになった。
 「何故、あんなことを歌うんだ」
 「私、冬美を辛くしちゃたかな?」
 「そんなことを言ってるんじゃない!」冬美は強く言った。
 「・・・・悪い。薫子の言うことが正しいな。今日、初めて聴いたからだろう。やっぱり、少し辛かった。
 忘れようとしても忘れられないことを、あんな形にされてしまうのは、辛い。僕はあの“湖岸”に居続けることができなくなってしまう」
 「冬美はあの場所にずっといたいの?」
 「・・・・。いや。分かっている。きっとそうじゃない。ただ、諦念することは、僕にはできないから・・・・」
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-07-08 00:15 | 第二話 「青い光」
 「私は分かる」と、あゆみが言った。「カミさんと知り合ってから、このバンドが急に動き出した気がするから」
 「大体、前はバンドと認識して活動していたかどうかも、怪しい」と輝広が枝豆を噛みながら言った。
 「・・・・そうね。怪しいわ。だから、今日は曲をちゃんと演れたことが嬉しいの」あゆみの目が据わりつつある。
 ・・・・当の冬美は、ペリエのグラスに口を戻し、かといって飲みもせず、横を向いていた。
 それから、俺達は短い沈黙の後、他愛もない話を続け、酒を飲んだ。
 「・・・・僕、帰るね」
 十一時を過ぎ、輝広とあゆみが、他のバンドのメンバーの席に行って、飲み出した頃、冬美はそう言った。
 「ああ、明日、学校か」
 「うん」
 「冬美、・・・・さっきの話な」
 「うん?」
 「お前がどんな所にいるのか知らんが、もしお前がそれを望むのなら、そして、少しでも俺が出来るならば、違う場所に連れて行ける様に、努力するが?」
 俺は頭の中で、さっきの激情的な演奏を思い返していた。
 「・・・・そうだね。オッサンがもう少し上手くなったらね」
 冬美は俺の目を見ずに言った。
 「ああ、頑張るよ。・・・・おやすみ」
 “どうしたんだよ。まるで子供みたいだな”俺は座ったまま見送った。
 座敷の入り口に近い所にいた薫子が、冬美に声をかける。
 だが、無視して冬美は出ていく。薫子は追いかけた。
 何かおかしいな。俺はそう思って、席を立ち上がったが、座敷を出ようとした時、出会い頭にボイド氏に捕まった。
 「こんな時代に、プログレ風の、長ったらしい、忍者屋敷みたいな曲を演奏するとはな」
 「そうですか。でも、プログレだと思って演っている訳じゃ無いんでね」向こうは、既にかなり出来上がっている。だが、酔い酔いに関しては、こっちも負けてない。
 「ところで、あゆみとはどういう関係なんです」
 「そんなこと聞きたいか」
 アンタとの話題が、今、それしか見つからないんだよ。
 「あゆみは、今のバンドの前のベーシストだ」
 「そうなんですか」
 「少しの間だけ、付き合ってもいたけどな。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-07-01 00:04 | 第二話 「青い光」
 鍛冶舎は、来なかった。紫野山バンドのメンバーと、強者そうな取り巻きは、座敷の奥に、その手前に“White Heat”のメンバーが腰を下ろした。
 薫子は、入り口近くに陣取った“Bloody Feather”の中で、YAEに捕まっていた。薫子を除いた俺達は、固まって座った。
 案の定、冬美はアテに手を付けず、ペリエを飲んでいる。
 輝広は、冬美の肩に腕を回して、「色々、掻き回してくれたけど、結果的にお前のおかげで曲が良くなったな」と言い、あゆみも、次々と話しかけに来る若い男達を適当にあしらいながら、「あんなにブワーッとなった演奏は初めてだった」と言った。
 しかし、当の冬美は、「そうだね」とか、生返事しかしない。
 それに、正面に座った俺とは、目を合わせない。
 ・・・・少し遅れて、片付けを終えた坂本さんがやって来て、俺達は拍手で迎えた。
 「・・・・実は、この二日間の演奏をDATに録音しています。あまりにも面白かったので、もう一がんばりして、この二日間の音源からチョイスして、CDを作ろうと思っていますので、リリースに問題あるバンドは言ってください。詳細は後日連絡します。今日まで、本当にありがとう」と坂本さんは言った。
 「今の聞いたか」俺は、三人に言った。俺は乗り気だった。
 「カオルンが良いなら、良いけど」と、酔い酔いのあゆみは言った。輝広は「結局、そうなるな」と言った。
 「冬美は、どう思う」俺は初めて声をかけた。
 冬美は飲みかけのグラスから、その赤い唇を離し、「貴方がそうすべきと思うなら、そうすれば良い」と、硬い口調で言った。
 “貴方が”って何だ?「じゃ、後は薫子だけだな」
 「薫子は、きっと僕と同じことを言う」
 「何故、そう言い切れる?」
 「良くも悪くも、貴方が僕達を連れ出すと思うから」
 「・・・・言っていることが良く分からんな
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-06-24 01:08 | 第二話 「青い光」
     十二

 その夜は、色々な意味で印象的な夜だった。
 俺達は、予定より二分、持ち時間を超過したが、“Bloody Feather”のメンバーは、別に構わない風だった。
 「ごめんな」と俺が謝った時、ドラムのメガネの男の子は、「いえ。ホンマに、凄く良かったです」と言ってくれた。
 YAEに至っては、セッティング中、涙目でマイクに向かい、
 「ああ、凄かったな。あんな音、今まで聴いたこと無い。
 私らには、あんな音は出せへんわ。悔しいし、悲しいけど、今日は楽しい夜だ」と言い、薫子を指さし、「おい、薫子。お前がなんと言おうが決めた。お前は今日から私のダチだ。近々、対バンしてもらうから、学校で打ち合わせしような」と言った。
 薫子は、キョトンとした顔をし・・・・、俺と輝広は笑った。
 “Bloody Feather”は、予想通りミクスチャー系の音だったが、リズムと技術の確かさ、斬新だが奇を衒わないアイデア、どこを切ってもソリッドな格好いいバンドだった。
 YAEはラウドで歯切れの良いボーカルだった。歌詞の内容には、軽々な恋愛感は一切無く、・・・・パンクだ。歌っている彼女を見て分かったのは、彼女がとても素直で、正直な人間だということだった。彼女なりに、全ての問題を真っ正面に置いて対決した結果がバンドなんだろうな。中年に差し掛かっている俺には、その真摯さが眩しく思えた。
 見終わった薫子の口の端に笑みがあった。
 紫野山さんのバンドは、以前、スタジオで見かけた時と違う編成で、昔のバンドの復活だったが、変わらない強烈なテンションの高さだった。
 いや、ヘビネスが増した分、以前より印象は深かった。
 打ち上げは、近くのチェーンの居酒屋だった。参加人数が多く、良い場所が見つからなかったんだろう。
 俺とあゆみと輝広は、“underground garden”で缶ビールを数本開けており、既に微酔い気分だった。絶対に文句を言うと思った冬美は、あゆみに付き添われて大人しく付いてきた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-06-17 22:00 | 第二話 「青い光」
 Bメロの変奏フレーズが、優しくフルートで奏でられた。
 俺はハッとして薫子を見た。天使役を薫子がやってくれた。
 冬美も薫子を見た。
 冬美はフレーズをコントロールし、まとめようとした。感情を抑え込もうとするアプローチが、かえって痛々しいフレーズを紡ぐように見えた。
 察したのか、フルートがヴァイオリンを癒す様に絡む・・・・。
 輝広がトレモロで約束のフレーズを弾いた。このパートの終わりだ。冬美が少し不器用に、だが、何とか着地した。
 二番サビ前のブリッジに帰る。俺と輝広とあゆみは、緊張が解けない様に気を遣いながら、全体をクールダウンさせる。
 ラストだ。サビに帰って終わりだ。輝広がキレの良いカッティングで繋げ、スピードを元に戻した。俺とあゆみは、ゆっくりしたうねりを作る。
 だが、エンドフレーズを弾くはずの冬美が、弓を持って呆然と立っている。
 すかさず薫子がテーマを吹奏する。冬美はそれに衝かれたかの様にテーマを追う。
 薫子は裏に回って、冬美のフレーズをフォローする。
 そして、本当にエンディングに向かおうとした時、薫子は後ろを振り向くと、右腕を大きく回して、人差し指を立てた。
 “今のパートをもう一度繰り返せ”という合図だ。
 輝広がサビ前ブリッジのフレーズを軽く料理して差し込み、繋げる。俺はフィルを入れる。
 薫子はマイクに向かう。
 「炎の中の迷い猫よ、青い光を恐れるな」
 何だ、その“迷い猫”って。・・・・あの黒猫のことじゃあるまいな。
 冬美がボーカルメロディをフォローする。まるで、作曲してあったかの様に、美しく弾いた。
 「思いが交わる海で、私達はまた出会うだろう・・・・」
 ・・・・演奏がフィルアウトする瞬間、あゆみが劇的にベースでコードを鳴らして、大きく残響させた。冬美が名残惜しそうに最後の音を引き延ばす・・・・。
 終わった。
 あゆみが俺の方を見て笑った。輝広も、振り返ってにやにやしている。薫子と冬美は、呆然と立っていた。
 拍手が沸き起こった。気が付くとフロアーが一杯になっていた。宮坂が思い切り手を叩いている。
 薫子が振り向いて俺を見た。・・・・やるだけやった様な吹っ切れた顔をしている。だが、目が合って俺がニヤッとすると、すぐに何時もの冷たい表情に戻った。
 よく見ると、YAEが、泣きそうな顔をして手を叩いていた。
 紫野山さんと鍛冶舎は、最後まで聴いていたようだ。
 あゆみが「ありがとうございました。『癩王のテラス』でした」と言い、薫子はペコリと頭を下げた。
 輝広は既にシールドをアンプから抜き、冬美の横に来て、肩を抱き、ポンポンと叩いた。
 後ろから見る冬美の肩が、とても華奢に見えて、俺はこの曲がウケたことよりも、それが心配だった・・・・。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-06-10 00:20 | 第二話 「青い光」
 それは、俺が聴いたことのない、冬美の「激情」だった。
 俺は、あゆみを見た。あゆみも俺を見ていた。だが、あゆみは、こうなることを予感していたかの様に、口の端に笑みを湛え、ベースを歌わせた。
 俺は、そのフレーズに乗って、ドライブする。
 輝広は、バッキングに回り、音の場に絶妙の緊張を配備する。
 薫子はフルートを抱えたまま、冬美を見ていた。何か、納得した表情だった。
 ・・・・しかし、凄い。何だ、この激しさは。
 俺が知っている冬美の演奏は、複雑怪奇、かつ正確無比な、感情の匂いのしない、皮肉たっぷりの、芝居がかった、冷たい肌触りだったのに。
 今、冬美は、やり場のない「悲しみ」を歌っている。
 もしも、奴がヴァイオリンを持たなかったら、己と、己の周囲の物を、全て破壊してしまう様な、そんな激しい悲しみだ・・・・。
 ギターとフルートで、折り返しのフレーズがユニゾンされた。
 それは、冬美の耳に届かないのか。即興全体をコントロールする意思は、演奏には見えない。
 俺とあゆみも、奴の「激情的な悲しみ」に付き合って、一緒に落ちていく。まるで、行き先の分からない、暗闇の高速道路を、それもツルツルに凍った下り坂を、真っ直ぐ、真っ逆様に滑り落ちていくように。
 ハンドルを握ることも、ブレーキを掛けることも出来ない。
 俺はただ、付き合ってやるだけだ。あゆみも同じだろう。
 悲しみに狂い猛った即興全体が破綻しそうなギリギリのところで、曲をコントロールしていたのは輝広だった。だが、残り小節が少なくなる手前で、輝広も俺を見た。
 “どうする。このままではラストに入れないぜ”と、奴の目は言った。
 俺は正直、このまま破綻して終わっても良いと思っていた。
 このプライドの固まりの様な少年の過去に、何があったのかは分からない。だが、これだけ上手い演奏者の、激情に駆られた捨て身の暴走に付き合ったことは、今まで一度も無かった。そのクレイジーなドライブに酔いかけていた。
 その瞬間だった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-06-03 01:19 | 第二話 「青い光」
 そういえば、冬美はずっと薫子ばかりを見ている。
 そして、時折、俺を。
 さすがに、この変調に気付いたのか、輝広が俺に目配せする。
 どういうつもりだ、冬美?
 俺は、冬美の横顔を注視する。すると、奴は俺を睨んだ。
 その目は、何時もの冷静な目じゃなかった。何か、錯乱している様に見えた。
 そして、冬美は、薫子とあゆみが演出する幻想の野原に、打ち合わせにない、冷たい音の雨を降らした。
 こんなエフェクトを、何時、考えたんだ?
 冬美は、音場を荒涼とした冷気で包み込む。
 そこに輝広が、突然、フランジャーとオーバードライブで大きな雷雲を作り、轟音の固まりで場をねじ伏せる。
 最悪だ。何故、打ち合わせ通りに演じない?
 ・・・・だが、ひょっとすると、この方が良いのもしれない?
 俺は、この混乱の中に長いフィルを入れて、次のパートへの移動を促す。そうだ、この方が繋がる。
 次のパートのソロイストは薫子だ。
 そのはず、だった。だが、薫子は横を向いて、右手を上げ、人差し指を、冬美に向けた。
 冬美の表情が、一瞬凍り付いた。
 小節の頭に輝広がガツンとコードを入れた。
 あゆみがベースにファズを効かせ、高速変拍子リフを出す。さっきのリフに戻ったのだ。
 ソロイストのいない演奏が始まる。これが長くなると、演奏のテンションが、保てなくなる・・・・。そう思った瞬間だった。
 冬美は、躊躇したような、らしくないフレーズを口ごもり、そして俺を見た。初めて見る、不安そうな目だった。
俺は忙しなくビートを刻みながら、同じことを言った。
 “弾け。後戻りは出来ない”と。
 一瞬の躊躇の後、“分かってる”と、薄闇の中で暗く、冬美の赤い唇が動いた。
 そして、エフェクターが調節され、生音に近い音で、堰を切ったように、饒舌なフレーズが流れ出す。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-05-27 23:55 | 第二話 「青い光」
 正直、輝広は恐ろしいギタリストだ。カッティングのキレが鋭利で凄いし、ソロを取る時の音の選択が、並の感覚じゃない。ハッキリ言って最初はデタラメに聴こえるが、音数を絞った、強烈な違和感のあるフレーズの要所に、濃いブルース・フィーリングが絶妙に差し込まれて、とてもクールだ。
 速弾きする時の運指が、とても奇妙で、型が分からない。コードに合っているのか、合っていないのかも。時々つんのめった様にギクシャクする時もあるが、それが即興全体の中に必要不可欠に配置され、スリリングだ。
 それが奴のやり口で、絶対に聴きたい様には弾いてくれないのに、何時の間にか魅了され、抜け出ることが出来なくなる。
 輝広の後ろで奴を煽っていると、俺の肉体的な感覚が呼び起こされる。
 このパートの折り返し前に、フルートとヴァイオリンのユニゾンで、か細くAメロの変奏が奏でられた。
 輝広はアプローチを変える。ハウリングを厭わずに、暴力的な低音で畳みかける。
 凄い。まるで濁流に呑み込まれる様だ。
 そこに、今度は約束通り、冬美が優しいフレーズを挟み込む。
 天使が囁く時だ。
 輝広がフレーズをグチャグチャにのたうち回らせる上で、また、フルートとヴァイオリンがユニゾンする。
 輝広が絶叫の中に事切れる。その瞬間、俺は2小節、キメを伴ったソロを挟む。
 そして、薄明るいベースリフが流れ出す。
 薫子が、このパートのために用意されたフレーズを唱う。
 だが、コーラスするはずの冬美が歌わない。
 咄嗟に、あゆみが低い声で合わせる。あゆみの声は、意外に素直な声だった。これで、俺が抱いていたイメージは崩れない。
 このパートは一瞬の幻想なのだ。それは、俺がそう決めた。
 このパートが幻想的でなければ、この曲全体がパワーフュージョンとも取られかねない危険性があったから、この間奏が上手く行かないと困ると、俺は何度も説明していた。
 ひょっとして、冬美は一貫して薫子に対立しているのか。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-05-20 18:43 | 第二話 「青い光」
 俺が作った器は、今までの練習では、こんなに神秘的な色を纏ったことは無かった。だが、これが、この4人の本質なのだ。圧倒的に、本番に強いという・・・・。
 不安だ。俺はきっと、何も分かっていない。だが、ここから、俺は自分の役目を果たさなければならない。
 ・・・・薫子が“真っ暗な海”と呼んだこのパートでは、ベースが海を、ギターが闇を作る。冬美はオーロラの役だ。
 そして、薫子は船の推進力が俺の役目だと言った。だから俺は、あくまで薫子の逆風であってはならない。出来る限り少ない音数から、薫子を押して行く。
 薫子は、強い意志にコントロールされたフレーズを紡ぐ。
 しかし、途中から海と闇はコードをマイナーにチェンジし、同時に嵐の様相を呈し始める。
 俺と冬美は、あくまで冷静に音を進めなければならない。
 だが、中立的な雰囲気で音を出すことに決めていた冬美が、冷たく音色を変えて薫子に絡んで来た。
 それは、中空に突然現れた、幽霊の様に、フルートにまとわりついた。
 音の裏切りは、このバンドのタブーでは無い。
 それだけがこのバンドの約束だ。だが・・・・。
 冬美は薫子のフレーズを揶揄し、ズタズタに解体する。薫子を苛立たせるかのように。そして、時に音量を上げて薫子を覆い隠す。
 輝広とあゆみは、我関せずで、次第に演奏を荒立てる。
 だが、俺と薫子は扇動されないように演奏を押さえる。
 薫子は微動だにしなかった。まるで、作曲してあったかのように、ストーリー性のあるフレーズを丹念に紡ぐ。
 このパートの終わりが近づく。冬美は、呪いの言葉の様なフレーズを残して消えた。輝広は約束通りハードなカッティングを入れ、俺は大きくフィルインする。
 バンと世界が変わる。あゆみがファズの効いたベースで高速の変拍子リフを出す。
 俺は、そのグルーブに乗って、手数の多いドラムで場を掻き回す。
 オーバードライブを効かせた、ギターのロングトーンのソロが始まった。
 “このパートは、「紆余曲折」って、感じだね”とあゆみが言った時、輝広は、“ああ、わかった。青春の嵐の中で屈折する高校生の心情風景を表現したら良いんだろ”と言って笑ったが、薫子は全く笑わなかった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-05-13 00:49 | 第二話 「青い光」
 あゆみがベースを背中に回し、エレピでコードを落とす。
 テープに忠実に。
 輝広は、時折、水滴の様な音の粒を落として、波紋を作る。
 冬美の弾くイントロが重く音場を支配する。俺の意図したことではあったが、少し重すぎる・・・・。
 気が付くと、薫子はフルートを抱えながら、俺を見ていた。
 このパートでは叩かない俺は、その瞳を見返した。
 俺は口を動かした。“歌え。後戻りは出来ない”と。
 薫子はコクンと頷き、振り向いた。

 「 思いは決して死なない
   旅に終わりはないから
   覚悟は決して絶望しない
   望みは絶えないから
  
   澱んだ土を蹴り 私は船に乗る
   帆は光を受ける
   青い光
  
   幾千年の月日が経とうとも、私は決して死なない
   光に抱かれて、船は永久に流離う」

 間奏で、練習で弾いたことの無い、印象的なフレーズを、短く輝広が弾き、俺は驚いた。
 俺には、歌詞の意味が全く分からなかったのに、輝広のフレーズが、まるで、それを全て理解しているようだったから・・・・。
 そして、冬美は、フレーズに寄り添い即興しながら、間奏の終わりで、仄暗く薫子を導いた。
 俺の心に、その影が落ちた。

 「 古傷は決して治らない
   火が絶えることはないから
   私は流離うしかない
   後悔が積み荷とならないように
  
   友よ、手を握り、岸を離れよう
   迷い猫を探して
   青い光 」

 緊張感から身動ぎ出来ず聴き入っていた俺は、その時、冬美が恐ろしい目つきで薫子を睨んでいるのを見た。二番サビ前のブリッジの間、冬美はあゆみとユニゾンしながら、ずっと薫子を見ていた。

 「 幾千年の月日が経とうとも、おまえは決して死なない
   思いが波立つ海で、私達はまた出会うだろう・・・・ 」

 サビの裏側で印象的なメロディーを弾いていた輝広が、歌が終わった所から、音色を変え、ギターでコードを出す。
 イントロのコードの繰り返しを。
 あゆみは、エレピからベースに持ち変える。そして、ゆっくり大きなリフを弾き始める。
 その中に、薫子のフルートが流れ出す。
 冬美はエフェクトを調整する。そして、客席の中に降りて、YAEの横まで行き、自分のバランスを確認した。
 YAEが、冬美をじっと見ている・・・・。
 冬美は、複数の弦を弾き、コーラスで増幅させ、メロトロンの様な音の壁を作り始める。
 ・・・・自分でこの構成を考えたにもかかわらず、俺は、完全に取り残されて、戸惑っていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-05-06 22:40 | 第二話 「青い光」
     十一

 「癩王のテラス」は、幕間の音楽をかけないでくれと言った。
 既に、あゆみと輝広はアンプにプラグを突っ込み、つまみを弄っている。キーボードはつないである。冬美と薫子の、チューニングを聴きながら、俺はタムをチューニングした。
 ドラムのセッティングは、小さな仕事で済みそうだ。
 この箱に馴染みの無い「癩王のテラス」のセッティングの間に、客は半分位逃げてしまい、フロアーにいる客の足も漫ろだ。
 だが、鍛冶舎と、YAEのバンドと、何時の間にか宮坂が、前に立っていた。あゆみは振り向いて、“キテルヨ”と戯けた様に唇を動かした。
 紫野山さんの姿も、入り口に見えた。
 何人かの女の子が、冬美を見てひそひそと話している。
 輝広は、椅子に座って弾く様だ。
 薫子が、俺の方を見る。そう言えば、練習でこの曲を始める時、薫子は何時も、俺の方を見ていた。
 “ゴメン。先に始めて”と俺は言った。
 薫子は、冬美を見る。その時、凄まじい表情で冬美が俺を見ていることに気が付いた。
 “何だ”と思った瞬間に、冬美の即興が始まった。
 それは、打ち合わせに無いことだった。
 あゆみが、ぎょっとした顔で俺を見る。薫子と輝広は、客席を向いていた。薫子の背は凛としていた。
 冬美は、客席に背を向け、俺の方を向いて弾き続ける。
 ゼータのエレクトリック・ヴァイオリンは、軽いエフェクトを纏いながら、氷の破片の様な音をまき散らし、飛翔する。
 あれ、何か、錯乱がある。何かに抗う様な・・・・。
 その音に引き込まれながら、俺はセッティングを急ぐ。
 冬美が俺を凝視し続けている。
 “終わったよ”と、俺は言った。
 冬美は、高速のアブストラクトなフレーズの中にテーマのバリエーションを挟み込みながら、ゆっくりと地上に降りてきた。
 そして、ディレイでフレーズを残響させたまま、冬美は悠然且つ的確に、ボリュームとエフェクターを調整し、・・・・イントロを、弾き出した。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-04-29 00:55 | 第二話 「青い光」
 ひょっとして、投げている訳じゃないだろうな。
 俺は、薫子の手首を握って、フロアーの外に連れ出した。
 「冬美が来なくても、あの曲を演るしかない。薫子が、フルートで冬美のパートを演るんだ」
 「・・・・いいわ。その代わり、冬美ちゃんが来なかったら、歌詞は歌えない」
 「・・・・何故」
 「答えなきゃいけない?」薫子は、また言った。
 「今度は、“良いよ”とは言えないな」
 「・・・・歌う意味が無いのよ」薫子は俺の目を見た。その瞳に、嘘が無いのを見た時、俺は、少し迷った。
 “止めるか?”と言いかけた。
 だが、俺は今日の演奏を、自分なりに大事な転機と思っていた。俺が本当に、自分をこの世界に問いかけるために。
 だから、俺は自分に対して言う様に、薫子に言った。
 「それは、客には関係がないことだ。分かっているだろう? この癖の強い対バンと客の中じゃ、強い意志力を演奏に込めなければ、演奏が上手いだけじゃ、印象に残るパフォーマンスはできない。
 オマエが歌わないと、この曲は多分、空虚な絵空事になってしまう。そして、・・・・前には進めない」
 「オマエなんて言わないで」
 「どうでも良いから、俺の言ったことが理解出来るのか、出来ないのか、それに答えろ」
 一瞬の沈黙があった。薫子の瞳には、まだ少し、迷いがある様に見えた。
 この迷いが、紫野山さんの言う、“ガキ”の部分なのか・・・・。
 等と、考えているうちに、ふっと、薫子の瞳に何時もの強い眼差しが戻ってきた。
 「・・・・分かっている。貴方に声をかけた時から、それは分かっている」
 薫子は、俺の目を直視しながら言った。
 それで良い。その強い意志力が、たぶん薫子だ・・・・。
 その時だった。店の入り口から、冬美が入って来たのは。
 「あれ。お出迎え?」と戯けた冬美の、頬と唇は生気が無く、青ざめていた。
 薫子は、するすると冬美に近づくと、冬美の背中に両手を回して、抱きついた。気づいた周りの何人かの好奇の目を余所に、耳元で何か言った様だが、次の瞬間には突っぱねて奴の左頬をひっぱたいていた。
 冬美は、何も言わずに立っていた。周囲の客が、ビビってる。
 ・・・・拍手の音がする。どうやら、“White Heat”の持ち時間は終わった様だ。
 「行くぞ」俺は二人に声をかけた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-04-22 01:51 | 第二話 「青い光」
 鍛冶舎は、コンパクトに4曲を演り、最後に次のライブの告知だけして、一瞥もせずに出ていった。
 入れ替えの時に俺はあゆみに言った。「いなくても、あの曲を演るしかない」と。あゆみの眉間には皺が入り、輝広は何時もの他人事のような顔付きで頷いた。
 次の“White Heat”のメンバーは、ベースの女の子を除いてオッサンだった。そのうち、黒い服で身を固めた、少し禿げて腹の出たオッサンが、リッケン六二〇を抱えたまま、サングラス越しにあゆみを見て、少し驚いた表情をした。
 「・・・・お久しぶりです」とあゆみは言った。
 「懐かしさで、俺を見に来た訳じゃ無さそうだな」
 強い酒と煙草でつぶれた声で彼は言った。そして、サングラスを少し下げ、フレーム越しにあゆみを見た。鋭いが、視点の少し定まらない、濁った目だった。前の歯の何本かが、安物の差し歯なのが分かった。
 「ボイドさんの次に、出るんです。・・・・この人、ドラムです」と言って、あゆみは、俺の背中に隠れた。
 「一緒に演っているのか・・・・。今後とも宜しく」と言って、彼は俺の右肩に手を置いた。
 何かあったのか・・・・。あゆみは、一見気が強く見えるこの女は、俺のシャツの裾を握って小さくなっていた。
 ボイド氏のバンドは、古いニューヨーク・パンク風の演奏に、泥臭い日本語の歌詞を乗せた、・・・・想像した通りの演奏だった。“東京ロッカーズ”の時代、こういうバンドは結構あった。後は、どういう風にテイストを切り取って、自分のモノにするか。ベルベット風にヘタウマで行くのか、テレビジョンみたいにギターのアンサンブルを聴かせるのか・・・・。
 俺は、ボイド氏の歌には、ピンと来なかった。
 曲間であゆみは言った。「ボイドはショーケンが好きなのよ」
 “ショーケン”って、萩原健一か。オマエの年齢で、その呼び方を知っている女の子なんていないんじゃないか。
 ふと、袖を引かれて振り返ると、後ろに薫子が立っていた。
 “どうした”と声に出さずに言った。
 “冬美ちゃんが来ないけど、どうする”
 その目には動揺が無い反面、テンションの高まりも無かった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-04-15 00:44 | 第二話 「青い光」