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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

 俺は、ぼんやりと立っていると、「今のは、オモロかったなあ」と突然、背後から声を掛けられた。
 鍛冶舎が、セミアコのギターを持って立っている。ペグの所の、ネックと弦の間にハイライトを挟んで。
 「ああ・・・・。そう言えば、次だね。頑張って」
 鍛冶舎は、聞こえなかったかのように、返事もせずにステージに向かった。
 ベースと、ドラムが、二人とも女の子だった。
 「このオヤジ、またリズム隊は借りモンかよ」
 いつの間にか、YAEが隣に立って、腕組みをして言った。
 「彼女らは、別にバンドやっているのか。・・・・君は、鍛冶舎を知っているの?」
 「何回か、別のライブハウスで対バンした。あのオッサン、うちのドラムにも声かけやがって」
 「鍛冶舎は昔から、気に入った奴には全員声をかけるんだ」
 「神ノ内さん、だったっけ。あんた、知り合いみたいだけど、一緒に演ったことあるの?」
 「いや」俺は訊かれたくないことを訊かれた。「無い」
 「あのオヤジが声掛けるのは、女の子が多いからな」
 YAEはそれ以上言わなかった。
 ドラムの子が良かった。音は小さいがパラディドルが正確で、無駄が無い。きっと、俺と一緒で吹奏楽出身だろう。
 そして、こんなにタメがあって腰に来るグルーブには、なかなかお目にかかれない。
 ・・・・この“タメ”という厄介なシロモノは、練習して会得できるものじゃない。認めたくないが、才能としか言えない部分がある。俺はこういうタメのあるグルーブが大好きなのだが、自分は出来ないのだ。
 そして、鍛冶舎の演奏は・・・・、相変わらずだった。奇抜なイントロ、憶えやすいリフ、所々で鋭く切れ込むギター、キャッチーなサビ。そして、相変わらずその長く細い指は良く動く。
 歌も、相変わらず「君が」「僕が」の歌で、そして哲学的だ。ただ、奴の歌詞の中で、間違うのは何時も「君」で・・・、そして「僕」は何時も独りだった。
 鍛冶舎の演奏の途中で、輝広とあゆみが降りてきた。
 「どうしよう。冬美ちゃんが来ない」と、耳打ちしたあゆみの声は、少しパニクっていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-04-08 00:22 | 第二話 「青い光」
 気まずい雰囲気を察知したのか、あゆみは「カオル~ン、冬美ちゃんのヴァイオリンのセッティングだけミキサーさんと打ち合わせよう?」と薫子に声をかけ、薫子は小さく頷いた。輝広は既に片付けを終えて消えていた。
 それから俺達は、一度ホテルに戻り軽く打ち合わせをした。しかし、六時まで待ったが、冬美は姿を現さない。
 薫子は、そのことについて何も話さない。輝広とあゆみは、缶ビールを買ってきて飲んでいる。
 「今日は全部見ようと思うから、行って良いか?」俺は、何か気まずくなって、そう言った。あゆみが手をひらひらと振り、「スケジュールが変わるみたいだったら連絡して」と言った。
 イベントは六時丁度に始まった。出演は九バンド。
 最初のバンドは、割と若い奴らに見えたが、古いロックを演った。昔から不思議に思っていたが、何故、京都にはこういうロックンロール・バンドが多いのだろうか。ブルースが根強いことと関係があるのだろうか。
 この箱には、こういうバンドもよく似合うが、俺は正直、好きじゃなかった。家でデッカ時代のストーンズを聴いていた方がましだと思ってしまうのだ。
 次のバンドは以前見たことがある。確か、京都芸大のバンドだった。昔見た時の印象そのまま、面白い音をしている。ただ、練習時間が無かったのか、昔聴いた曲ばかりだった。
 三番目は女性三人の可愛い系パンク。これも以前見たことあるが、全く変わってない。新曲だろうが昔からの曲だろうが、アプローチが一緒で大差ない。こういう音は、流行のサイクルがあって、必ずフォロアーが出てくる。
 最近、何の気無しに立ち読みしたファッション雑誌でもカラーで取り上げられていたが、俺は正直、昔からこういう音が好きじゃなかった。パンクは、フリージャズと一緒で、自己破壊というか、常に変化すべきだと思っているからだ。
 四番目は格好良かった。プログラムしたシーケンサーを入れ替えの時から鳴らして、徐々に楽器が入ってくるのだが、ねちっこいフレーズを展開するベース以外は延々とシンセの電子ノイズと、屑鉄を叩く音をアンプリファイドしたノイズ、四台のカセットデッキでひっきりなしに取り替えられるテープに収められた音の暴力的な断片、等を巻き散らかした。
 終わり方も、入ってきた順番に一人一人抜けていき、最後にシーケンサーだけがなっているのを、スタッフが止めた・・・・。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-04-01 01:24 | 第二話 「青い光」
 だが、俺は「でも、恐らくあいつは『癩王のテラス』を嫌いにはならないと思うぜ」と言った。
 「何故?」興味無さそうに聴いていた薫子が、突然訊いた。
 「今日、あいつは必ず“underground garden”に来る。そして、新曲を聴いて、メロメロになるからさ」
 「メロメロって・・・・」あゆみは、困った顔をして薫子を見た。
 薫子はクスリと笑った。「自信がありそうね」
 「あいつは薫子にただ喰われていたに過ぎないが、前のライヴで初めてそれを知ったんだ。だが、あのひねくれ者の音楽好きは只の酔狂じゃない。必ず、確認にやってくる。それに自分が喰われるだけなのか、対峙すべきなのかを」
 薫子は、真っ直ぐに俺を見た。
 その時、突然あゆみの携帯が鳴った。
 「ねえ、時間が変に空いてるから、今リハーサルどうかって、坂本さんが言ってるんだけど。冬美ちゃんいないから、断る?」
 「冬美はどうした?」俺は眼を離さずに、薫子に訊いた。
 「お墓参り」薫子は、すっと、そう言った。
 俺は理解できなかった。黒猫の死体を鴨川に投げ入れたお前が、何故、墓参りを受け入れられるのか?
 死体は蛋白質、脂肪、カルシウムの固まりであって、それ以外のものではない。その感覚が、お前だろう?
 「私に訊かないで」と、薫子は無感情に言った。
 そして、少し間を置いてから、あゆみが「仕方ないじゃない。冬美ちゃんの家は、ああいう家だし、家に左右されることはあるよ」と言った。
 「家の儀式なのか」なら仕方ないが・・・・。
 「行こう」と薫子は言った。「これからはライブも増えるから、ぶっつけ本番みたいな場合もあるかもしれない」
 「五人もいれば、今日みたいに、誰かがいない状態でのリハは増える。これも練習のウチだな」と輝広は言った。
 あゆみは「うん」と言って、ベースを握った。
 俺はそれ以上は何も言わなかった。手筈は全て決めてあった。リハで冬美がいなくても、ミキサーに注文することは決まっていたし、慌てる必要は何も無かったから。
 リハは、思ったより時間が取れて良かった、俺に関しては。ただ、「新曲」全体を通しては演奏できなかったし、何より、薫子は歌詞を歌わなかった。
 俺は薫子の言動が何か腑に落ちなかった。
 「歌詞は出来ているのか?」と、俺は片付けながら訊いた。
 「答えなきゃいけない?」薫子は、きつい目をして言った。
 少しカチンと来た。「良いよ。演れば分かることだ」
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-03-25 02:13 | 第二話 「青い光」
     十

 六月二日、日曜日は朝から雨だった。
 俺は今回、客を呼んだ。といっても、昔、「南蛮」の対バンで知り合った奴等や、サポートをしてくれた人達の中で俺には好意的に思えた数人に、簡単な案内ハガキを送っただけだが。
 その内の二、三人は電話を寄こしてきた。だが、その内容は一様に、ため息混じりの「懐かしい」から始まり、「高校生と一緒なんて」の驚きの声で盛り上がり、「その日は都合が悪い」で終わった。
 午後四時、例によって冬美が予約した、“underground garden”近くのビジネスホテルの一室で、俺がそのことを何気なく話した時、あゆみは大きく「はあー」とため息をつき、輝広と薫子は苦笑した。冬美はまだ来ていない。
 「カミさんも、お客を呼べない人かあ」あゆみは顔を両手で覆った。
 「『も』って何だ?」
 「この二人とか、冬美ちゃんとか、集客のために努力するタイプに見える?」
 「・・・・そんなこと考えてもみなかったが、確かに見えないな」
 「私は、頑張ってるよ」薫子がフルートを拭きながら言った。
 「カオルンがやってることは、昔の油絵教室の知り合いにワープロ書きのダイレクトメールを出すこと位でしょ」
 「そう言えば、学校では誰にも話したこと無い、って言ってたな。何故なんだ。友達とか、呼べば良いじゃないか」
 「薫子に、高校生の友達がいるように見えるか?」
 輝広は、突き放したようにそう言った。
 そうか・・・・。俺は何と言えば良いのか分からず黙っていた。
 薫子も、黙ってフルートを拭き続けている。
 「今日は別に頑張らなくても客は入ると思うけど、これからは、みんな、もっとお客さん呼んでくれないと、困ると思うのよね。宮坂さんにも、もう頼めないと思うし」
 「あれ、やっぱりダメか」輝広は無責任な口調で言った。
 「ホームページ、あの日以来、全然更新されてないし、あのしつこかった電話も、全然無いわ」
 「まあ、前から期待してなかったけどね」と輝広は言った。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-03-18 00:42 | 第二話 「青い光」
 「この箱に顔出すの、久し振りとちゃうの」
 合間に、缶ビールを買いに入口に出た俺は、鍛冶舎タケシに発見されてしまった。レジは少し混んでいる。
 「・・・・此処でライブを観るのは、四年ぶりくらいかな」
 「神ノ内君のバンド、最初の頃だけやもんな、此処に出てたの。後は、街中のキレイな箱ばっかりやったんちゃう?」
 よく憶えてるな。お前は、俺には興味なかったくせに。
 「・・・・そう。僕は好きだったんだけどね。他のメンバーが演りたがらなくて」
 「僕も、最近は出てへんわ。・・・・今日のバンド観たら、分かるやろ」
 こんなバンドと対バン組まされても、削がれるばっかりで、無駄や、という声が聞こえて来そうだった。
 そうだろうな。鍛冶舎には、合わないだろうな。
 「・・・・この前の、『癩王のテラス』は、酷かったな」
 鍛冶舎は、ハイ・ライトに火を点けながら言った。
 「なんぼ上手でも、練ったもん見せられへんかったら、あれでは、客から金もらえへんで」
 ・・・・俺は、黙っていた。言っていることが正しいからだ。
 「まあ、最後のサックスとドラムのデュオは面白かったけどなあ。・・・・それにしても、相変わらずカッチカチのリズムやね。神ノ内君は」
 「・・・・そうか。大分、ダレてきたと思うけど」
 「全然変わってへんわ。正確で、冷たい鉄筋みたいな音や」
 そう、お前の大嫌いな、な。
 「明日は、ちゃんと練ったものを聴かせるよ。じゃあ」
 俺はそれだけ言って、暗い客席に紛れた。
 ふと見ると、ステージから一番奥のミキサーの前に、腕組みをして立っているYAEを見つけた。ミキサーを照らす暗いスタンドの明かりが、彼女の少し丸い頬を照らしていた。
 意思の強さが、眉間に現れていた。自ずと周囲から浮いて、目に付いた。この前は、観ずに帰ったから、明日が楽しみだ。
 相変わらず平板な音が続く。だが、俺は最後まで聴いた。
 同じように最後までいたYAEの思いが、俺と同じな訳はないだろうが・・・・。
 そう言えば昨日の、最後の練習の中休みに、薫子がみんなに進行表を見せた時、あゆみは「 “White Heat”の次なの?」と言って、露骨に嫌そうな顔をしていたが、あれは何だったのだろう?
 それと、最後に練習したテイクで、冬美がエンディングのテーマを一人中断して、ヴァイオリンを顎で挟んだまま、キツイ目をして一点を凝視していたことが気になっていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-03-11 00:32 | 第二話 「青い光」
     九

 六月一日、俺は“underground garden”に行った。
 練習は前日で終わりということにした。
 イベントの初日、六時丁度から始まったライブには、二〇歳代の前後の若い客が集まっていたが、殆どの客はお目当てのバンドの順番に応じて店を出入りする奴等で、客席よりも店の出入口が混んでいる様にも思えた。
 出入り口で、坂本さんとアルバイトの女の子は、再入店の時に既にチャージを払っている証となる店のハンコを客の手に押すのと、「この階のフロアーとか、階段上がったところで溜まらないで下さーい」という声掛けで手一杯となっていた。
 「盛況ですね」と俺は言った。
 「何時もこれくらい入ってくれていたら、閉めなくても良かったんだけどね・・・・。ダメダメ、色気が出そうになった」
 坂本さんの表情は、サングラスに隠れて見えない。
 「客層も変わったろう?」
 「・・・というか、僕が出させてもらってた時、この店で会ったことがあるような連中の顔が探せないんですが・・・・」
 「そういうメンツは、みんな明日に回したからなあ。今日は、比較的最近出ていたバンドばかりだから。
 そういえば、さっき、鍛冶舎クンが来てくれてたけど、知り合いじゃなかった?」
 「・・・・そうですか」相変わらず、フットワークの軽い奴だ。
 缶ビールを片手にフロアーに入った俺は、それから三時間煙草に噎せながら、“The End of North”とは少し違う客層が密集する空間に、埋もれた。
 その箱は、俺が出ていた四年前とほぼ同じ装いを保ちながら、明らかによそよそしかった。
 箱が「お前など知らない」と言っていた。
 バンドは、どのバンドも上手かった。上手いし、パフォーマンスも計算されていた。みんな格好いいし、可愛いし、それなりに面白かった。
 だが、洗練されすぎていた。そして、俺の心にはあまり引っ掛からなかった。何か、乾いた感じがした。
 俺が出ていた昔の“underground garden”は、もっと硬質でストイックなパンクや、湿った日本の土着性のある地を這うような暗い音や、下手でもオリジナリティーがあれば良いという割り切りでアイデア一発で演ってる奴等とか、何時も見たことのない方法で電子ノイズをまき散らす奴とか、兎に角、聴いたことがない音をどう出すか、みたいな泥臭い拘りがあった気がする。まあ、俺以外の『南蛮』の連中は、そういう泥臭いのが苦手で、この箱を嫌がったのだが。
 ・・・・この感覚は、最早、古いのか?
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-03-04 06:44 | 第二話 「青い光」
 「学校って、同じ高校なのか」俺は訊いた。
 「同級生で、同じクラスなんです」薫子はしれっと言った。
 「なんなんだよ、オマエは。大体、おかしいと思ったんだ。何で聞いたことも無い名前のバンドが私らの前なのかって。何で此処に入り込んだ?」
 「リズム隊が、少し前の馴染みでね。僕が頼んだの」と坂本さんがフォローする。
 「最近までドラムがいなかったから、この箱には合わないと思って、控えていたのよ。本当は前から出たかった」
 「『シャク王のテラス』なんて、変な名前付けやがって」
 「・・・・YAE、違う違う、あれは“ライ”って読むんだよ」
 男の子三人の内の、メガネをかけた奴がフォローする。
 「え、癇癪のシャクだろ。私は漢字、得意だぞ」
 「違う違う、“ライ”だよ」
 「・・・・何だよ“ライ”って」
 「病気の名前だよ。ハンセン氏病の別名で、・・・・古い、差別的言い方で、あまり良い言葉じゃないよ」
 「そのハリセンってなんなんだよ。知らないぞ」
 俺は笑った。「薫子、君、学校が楽しそうで、良かったな」
 「・・・・誰だ、この性格の悪ソーなオッサンは?」
 「うちのバンドのドラマーで、神ノ内さん」
 「こんにちは。薫子が何時もお世話になってます」
 俺は深々と頭を下げた。
 「・・・・こんなオッサンと何演るのか知らないけど、しょうもない演奏しやがったら、乗っ取るからな。私らにとって、ココで最後のライブ演るには、時間が足りないんだよ」
 うーん、いい目だ。ぎらぎらした初期衝動が押さえられないのだろう。パンクを演る奴は、こういう目をしていないと。
 それに、ちょっと丸めだが、可愛い子じゃないか。
 「どうぞ。でも、良い感じ演奏の時は邪魔しないでね。前のライブで、良い感じの所を何故か邪魔されてね。二度は嫌なの。次、そんなことされたら、私何するか分からないから」
 「・・・・“underground garden”のラストだぜ。坂本さんの顔つぶすようなショボイ演奏したら、殺すからな」
 「私も、曾根崎さんのバンドの演奏が下らなかったら、ミキサーの電源を落としますから。
 ところで、坂本さんと神ノ内さん、何をニヤニヤしてるのでしょうか」
 あ・・・・、ばれた?
 「え、君達があんまり可愛いもんだから」と俺は言った。
 「いやー、良いなあ。女子高生バンド対決か。楽しみだなあ」と言った坂本さんの口元も、激しく緩んでいた。
 「・・・・このエロオヤジどもがっ」YAEは吐き捨てた。
 薫子の、オヤジ達を見る目は、冷酷で凍て付いていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-02-25 00:32 | 第二話 「青い光」
 「良いんですか? こんな良い順番をもらっても?」
 「うーん。ゴメン、そこしか入れられなかったんだ。
 あゆみちゃんから電話もらって、どんなバンドなのか教えてもらったんだけど、イメージが湧かなくって。どの場所にはめても、しっくりは来ないのかな、と思って。
 後の二つは、まあ、最近で一番元気いいのと、最後は大御所だから。どうなっても、まとまってくれるのかなって」
 「最後は、紫野山さんの所ですね」と薫子は言った。
 「あ、本当だ」俺は驚いた。こいつ、よく知ってるな。
 「そして私達の後が、YAEの所、前が、ボイドさんですね」
 「薫子ちゃんて、ウチに顔出してくれてたん?よく知ってるねえ」坂本さんが、びっくりしたように言った。
 「いえ、たまたま知っている方ばかりです」
 「こっちは知らないな。で、その前は・・・・」
 「鍛冶舎タケシさんですね」と薫子は素っ気なく言った。
 予想はしていた。あいつも昔から色々なバンドで此処に出ていたから。だが、また顔を合わすのか・・・・。
 「YAEちゃん、今日も出るんだけどね」
 「・・・・そうみたいですね」
 と、薫子が答えた時だった。店の入り口のドアが開けられ、ダボダボのズボンにTシャツ、ボタンダウンの半袖を着た、最近の若い子然とした男の子三人と、女の子一人が、各々コンビニの袋をぶらさげて大声で何か言いながら入ってきた。
 そして、その髪先を赤く染め、左手首に錨打ちのリストバンドをはめた女の子は、こっちを見ると、何か信じられないものを見たような顔をして、言った。
 「ゲ、藍王!」
 「こんにちは、曾根崎さん」薫子は馬鹿丁寧に挨拶した。
 「あれー、YAEちゃん、薫子ちゃんと知り合い?」
 坂本さんが暢気に声をかける。
 「・・・・藍王、なんでココにいる?」
 「私のバンド、最終日に、曾根崎さんのバンドの前に、出演させてもらいますので、宜しくお願いします。
 “Bloody Feather”は、今日のリハ、終わったの?」
 「・・・・お前がバンドやってるなんて、知らなかった」
 「学校では、誰にも言ってませんから・・・・」
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-02-18 21:11 | 第二話 「青い光」
 ビルの階段を下りて、店の前に着いた時、薫子は今日の出演予定表を注視して、・・・・くすっと、笑ったように見えた。
 店はリハーサル中で、坂本さんはジーンズに木綿シャツ、サングラスと、全く変わっていない。
 「あれ、確か『南蛮』のドラムのカミ・・・・えーと」
 「坂本さん、お久しぶりです。神ノ内です」
 「ああそうそう、久し振り。変わらないねえ」
 「ご無沙汰して、本当にすみません。・・・・寂しくなりますね」
 「いやー、親父からもらった山一つ、注ぎ込んだんだけど、経営努力が足りなくてねえ。神ノ内くんは、今、何してんの?」
 「橘あゆみから、連絡が来てませんか?」
 「ああ! あゆみちゃんと一緒に演ってるの?」
 「それで打ち合わせに来ました。今日、あゆみは来ませんが」
 「へえー、パンクのベースと、ジャズのドラムの組み合わせか。面白い出会いだねえ。・・・・それで、彼女は?」
 「うちの、ええと・・・・、ボーカルの薫子です」
 「初めまして、藍王薫子です。今回は、参加させて頂いて、ありがとうございます」薫子は歯切れ良く話し、ぺこりとお辞儀した。完璧な、優等生だ。
 「いやー、高校生にそんなに丁寧に挨拶されると、困っちゃうなあ」坂本さんの喜悦が、サングラスの奥に見て取れた。
 ・・・・すみません、こいつは本当は猫の死体を鴨川に投げ入れるようなエグイ女です、と教えてあげたかった。
 そして、坂本さんと俺は少しだけ昔話をしてから、薫子が書いたセッティングリストを渡した。
 「一曲なの。まあ、別に良いんだけど」
 「リニューアル中で、曲が無いんです。それで、当日の時間割なんですが」薫子は悪びれる風も無く言った。
 「進行表を渡すから見て」
 「癩王のテラス」の出演予定は、六月二日、日曜日、午後八時。最終日。・・・・トリの二つ前だ。
 “underground garden”は、移転してから、周囲の店の苦情により、演奏を夜九時までに終了しなければならなかった。そのことも、客を集められない理由だった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-02-11 00:05 | 第二話 「青い光」
 「・・・・そのカバンって、ボロボロだけれど、ひょっとするとエルメスのバーキンじゃないのか?」
 「そうです」
 「そんなに使い込んだバーキン、今まで見たこと無いな」
 「使われない道具に価値は無いわ。良いでしょう。・・・・お母さんのなんです」
 「・・・・亡くなった?」
 「そう。あゆみちゃんから聞いたの?」
 「ああ。・・・・ごめんな」
 「何が?」薫子はまた少し笑う。
 「いや。何でもない」俺は、気遣いが苦手だ。
 「・・・・ところで。
 輪廻転生を信じるのか。輪廻転生の話だろ。三島の『豊饒の海』シリーズは?」
 「いいえ。大人のためのおとぎ話でしょう、これは。『美しい星』と同じ。生物は、死んだら終わりだと思いますし。
 “魂”がどの様に存在し、死者の肉体を離れて時間と空間を行き来するかどうか、なんて、おとぎ話は・・・・」
 薫子は、そう言ったが、次の瞬間、
 「でも、“意思”というか、“思い”は残ると信じている」と言った。
 ・・・・なんだ、その“思い”というのは?
 「神ノ内さんは、輪廻転生を信じますか?」
 「俺は、漠然と信じてるんだ」
 「そうですか・・・・。でも私は、前世で金魚だった記憶なんてない」薫子はまた、それを見る。
 エアーポンプの音だけしか聞こえないほど、店内は静かだった。
 「でも、輪廻転生するとしても、人は人にしか生まれ変わらないと思う」と俺は言った。「“魂”が存在し、“業”が、その“魂”にとって解決すべき問題を意味するとするならば、来世も人間でないと、その解決には近づけないだろうし・・・・」
 ふと、前を見ると、薫子が俺の目を覗き込んでいた。
 俺は、その瞳の冷たい美しさを直視できなかった。
 「聞き流してくれて良いんだけど、あのアレンジと構成、少しそういう雰囲気が出れば良いなと思って、作ったんだ」
 「そう」薫子は、椅子の背にもたれ、顎に右手の人差し指を当てた。
 「でも、その雰囲気に合う様な歌詞になるとは限りませんよ」
 「それは、構わないけど・・・・」
 俺は何故、こんな要らない話をしてしまったのだろう。
 「・・・・そろそろ、行こうか」俺は気まずくなり、そう言った。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-02-04 00:22 | 第二話 「青い光」
     八

 その喫茶店に入るのは、何年ぶりだろうか。同志社大学の今出川キャンパスの西門に、烏丸通りを挟んで対面している、その古い木造の喫茶店「びすけっと」は、何時も昼間は、同大生がコーヒー一杯で本を読んだり、レポートを書いたり、学校関係者が優雅に昼食を摂ったりと、差詰め同大の喫茶部の様だ。
 今は、春の夕方の落ち着いた光線が店内にわずかに入り込むだけで、客もまばらだった。
 その奥のテーブルに、薫子は独り、制服のまま、座っていた。
 隣の席には、ご愛用のカバン、テーブルの上には、カフェオレのカップ、三島由紀夫の『天人五衰』の文庫本、同じサイズのブルーの手帳が置かれていた。
 席の横には、睡蓮鉢があった。白地に濃い藍色のラインが入った鉢の中で、赤と黒の金魚が二匹、ゆっくりと泳いでいる。薫子は俺が目の前に立つまで、その金魚を見ていた。
 「学校の帰りか?」俺は声をかけた。
 「そう」薫子は、少しだけ驚いた様で・・・・、すぐにいつもの冷静な顔をした。夏の制服は半袖で、睡蓮鉢と同じ配色だった。細く伸びた腕が白い。
 俺も店員にカフェオレを注文した。
 坂本さんとイベント出演の打ち合わせをするため、薫子と俺とあゆみは、この店で待ち合わせた。
 “underground garden”は此処から歩いてすぐだった。待ち合わせの時間だが、「あゆみは?」
 「今日ね、私に任せるって」
 「そうなのか?」
 「はい。なんか、お腹痛いって言ってました」
 「あいつ、・・・・身体弱そうには見えないが」
 「あゆみちゃんは、結構、神経質ですし。気遣いが激しくて、お腹にくるタイプかな。生理痛もキツイらしいし」
 「ふーん」
 そういえば、俺は今まで女性とバンドを組んだ経験がない。
 そういう体調のユレが、バンドの運営に微妙に影響する可能性があるなんて、今まで考えたこともなかった。
 「大丈夫なのか?」
 「大丈夫でしょう」薫子は少し笑って言った。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-01-28 00:54 | 第二話 「青い光」
 「少し練習して、つなぎをスムーズにすれば、このアレンジは、この曲に合っていると思う」
 そう言って、輝広は、もう一度テープを巻き戻した。
 「芝居がかっていて、少し恥ずかしいかなあ。それに、こんな曲を演奏したら、他のバンドから絶対にウクよ」あゆみは少し心配そうだった。
 「いいんじゃないか。ウクくらいの方が」輝広がテープを再生する。「どうせ、何演ったって歓迎はされないだろう。昔の顔だけで出させてもらうんだから。
 だが、何時までもクラブ系ジャズのイベントばかりに出る訳にもいかんだろう。パンク系のバンドとか、色々な音の対バンと演る機会が出てくるだろうし、そうでないと面白くもない。閉店イベントに出るバンドとも対バンする可能性はあると思う。その挨拶代わりには、丁度良い曲に仕上がると思うけどな」
 ・・・・輝広は、俺の言いたいことを殆ど言ってしまった。
 「練習は後一回だな」俺は最後に言い残したことを言うと決めた。
 「歌詞書けないか、薫子。これ、歌詞がないとダメだ」
 みんなが薫子を見た。
 「・・・・そうね。やってみます。ぶっつけ本番になるかもしれないけれど。でも、この構成聴いてたら、なんか曲のイメージがハッキリしてきました」
 薫子は、強い目をして言った。
 「最後の主旋律はヴァイオリンが弾くんだよね、たぶん?」
 冬美は少し戸惑った様に言った。
 「そのつもりなんだけど、ダメかな?」と、俺は冬美を見て言った。
 「この曲は薫子の曲なんだから、僕ばかり目立っても、・・・・どうなんだろう?」
 珍しく歯切れの悪いことを言う。ただ、俺はこの構成を作るために、練習テープを何度も聴き返して、冬美のヴァイオリンで締めたいと思っていた。
 「冬美ちゃん、弾いてよ」薫子が突然言った。「そうしないと、多分、この曲は終わらないわ」
 そう言った薫子を、冬美がきつい目で見返した。
 その冬美を、薫子も強く見返した。・・・・が、口の端に、笑みがあった。
 「ね?」
 「私も、その方が締まると思うな」と、あゆみが言った。
 「・・・・分かった。その代わり、薫子、歌詞は絶対に書いてよ」
 「・・・・うん。分かってる」
 「じゃあ、思い切りクールに、お願いします」
 俺は掌を合わせた。
 「さて、構成を大体頭に入れたら、煮詰めようか。
 そう言えば、誰だっけ。『スタジオでの編集は作曲の延長だ』って言ってたのは」と、輝広は伸びをしながら言った。
 それはフランク・ザッパだとは、畏れ多くて言えなかった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-01-21 06:57 | 第二話 「青い光」
 「何って、やっぱり薫子の新曲だろう」と俺は言った。
 「当然よねん」とあゆみも言った。
 「えっ。でもあの曲は、五分も無いし、演るようには練習してないし」
 「良いじゃん、テープの雰囲気の再現で。フルートのソロを十分間演ったら。僕、キーボード弾いてあげるよ。それなら、ヴァイオリン持って来なくてもいいしね」
 「新生『癩王のテラス』の最初のライブとしちゃ、それじゃ派手さが無いな」輝広の言うことは的を射ていた。
 「提案があるんだが」俺は少し謙虚に切り出した。
 「俺も含めて、みんな全然、あの曲を練習でまとめようという気がなかったな」
 「そういう風に練習しようって、私が言ったから」薫子は、太股の間に両手を入れて、床を見ている。
 「すぐにライブを入れる予定でもなかったしね」あゆみが、責任を感じたように言った。
 「いや、それで良いんだ。俺も今の練習方法は気に入っている。このメンバーで、音を型に填めようとするのは、もったいない。あの曲の初期イメージに捕らわれない、色々なアプローチが、ホント、面白かった。俺が独りでシーケンサーに向かったとしたら、この曲であんなに遊ぶことはできなかっただろう。
 ・・・・それで、まあこの二日間の練習とか、その前の練習をネタに、こんなの作って来たんだが、ちょっと聴いてくれないか」
 俺は、鞄からテープを取り出し、スタジオのデッキにかけた。
 ・・・・・・・・。
 「派手だねー」最初に言ったのは、輝広だった。
 「もう一度、聴いて良い?」薫子はテープを巻き戻した。
 そのテープは、新曲を色々なアレンジで演奏した練習を編集したものに、俺が音を被せた内容だった。
 「大体分かるだろう? 俺のやりたいことは。構成表と楽器の持ち替え進行をまとめてきたから、見てくれ」
 「分かるけど・・・・」と薫子は少し考え込んだ。構成表を見ながら、デッキの中でテープが回るのを見つめて聴いている・・・・。
 俺は黙っていたが、少し高揚していた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-01-14 23:30 | 第二話 「青い光」
     七

 「 “underground garden”って、“The End of North”より広い?」練習の合間、休憩タイムで冬美はあゆみに聴いた。
 「三倍位かしら。地下という点では変わらないわね」
 「換気は、“North”より悪いと思うぞ。まあ、四年以上前の記憶だが」と俺は言った。
 「・・・・出演時間に集合で良いね?」と嫌煙家の冬美は、あゆみを睨みながら言った。「どうせ持ち時間は二十分だけなんだから」
 「二十分というのは、使うのが難しい時間なんだ」と輝広は言った。
 「何が。セッティングで十分以上使うだろ。そしたら今やってる曲、三コーラス演奏するだけで五分は過ぎるだろ。片付けたら終わるじゃない?」と冬美は嫌そうに言った。
 「それじゃダメだ。こういうイベントは神経質にやってたら、誰も聴いてくれないんだ。セッティングにはある程度妥協して、いい加減な状態でも初めて、演奏時間目一杯、勢いよく演奏しないと。バランスとか細かいことは、演奏しながら、曲間とかで直すんだ」
 「・・・・僕の耳が腐っても良いだろう、と言ってるなら、行かないよ」と冬美は言った。
 「チューニングさえ合わせておけば、大丈夫よ。直前にしっかり合わせよう、ね?」あゆみがご機嫌をとる。
 「・・・・じゃあ、絶対に事前の音あわせだけは、念入りにね。それと、なら、瀧上さん、ギターに専念してくれる?」
 「・・・・イイヨ。冬美様が出演してくれるなら」
 「問題は、ドラムのセッティングだけど」この辺の話は、結局、冬美のこだわりで決められていくのだ。
 「チューニングは大きくは直すが、シンバルは我慢してくれ。後の配置とかは、手間をかけずにやるから」と俺は言った。
 「僕の耳が腐らない程度にね」
 「大体、決まったかな。・・・・それで、何、演ろうか?」
 薫子は、この時、本当に何も考えていない様子だった。
 「箱が箱だから、・・・・リズム隊でスラッシュでもやってもらって、俺と薫子と冬美は超高速アドリブでも載せるか」という輝広の提案は即座に却下された。
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# by jazzamurai_sakyo | 2009-01-07 00:29 | 第二話 「青い光」
 「神ノ内くんも、結構、芸歴長いんやなあ」紫野山さんは、意外そうな顔をしてそう言った。
 「・・・・この前、あゆみと話していて、思い出したんですけど、俺、紫野山さんのバンド、京大西部講堂の年越しオールナイトで見たことありますよ。八〇年代半ばから、毎年、あのイベント、やってはりましたよね」
 「へえ、パンクも聴くの?」
 「俺は、雑食ですから。それで、“アングラ”は何時、閉まるんですか。
 俺も全然、顔出してませんから、責任、ありますね・・・・」
 「そんな責任は感じんでも、イイんとちゃうかなあ。最近は、そんなに観に行く価値のあるバンドも出てなかったと思うし」
 紫野山さんは、口調は柔らかいが、結構、キツイことを言う。
 「ただ、閉店のイベントを、六月一日、二日とやるみたいで、昔、店に出ていた奴等で、イベントに出てくれそうな奴がいたら、声かけてくれって言われてなあ。
 あゆみちゃんだけじゃなくて、神ノ内君も出たことあるなら、今のバンドで出たらイイんとちゃうかなあ」
 「あゆみ、どうしたい?」
 「 “underground garden”は、前のバンドの時、よく出してもらったし・・・・」
 「坂本君は、あゆみちゃんのファンやしな」
 「でも、うち、今まだ、持ち歌は一曲しかなくて」
 「多分、一バンドの持ち時間って、セッティング込みで二〇分位しか、無いと思うよ。五分の曲で三曲までしか、無理やと思うし、短いのは問題ないのとちゃうかなあ」
 「私、どうしても出たい。・・・・カオルンに聞いてみる」あゆみは携帯電話を持って店を出ていった。
 「神ノ内君は、今のバンドは、居心地良いの?」紫野山さんは、俺のラム・ソーダのお代わりを入れる間に、突然、言った。
 「居心地は、・・・・あまり良くないですね。高校生二人に仕切られてる訳ですから。あいつ等二人は、あゆみも、輝広も、俺のことさえ、年上とは思っていないみたいだ。
 ただ、こっちが言いたいこと言ってもキレる様なガキじゃないし、とりあえず話はできますから。今まで演ってきたバンドの中では、一番刺激的で、破壊的で、創造的で・・・・、まあ、面白いです」
 「ふうん。まあ、イイ感じで演れてるんだ」紫野山さんは、コトンと、俺の前にグラスを置きながら言った。
 「でも、僕も薫子ちゃんとか、冬美ちゃんとは話したことあるけど、やっぱり、まだある意味、ガキやと思うけどなあ・・・・」
 “どんな意味でしょう?”と口にしかけた瞬間、あゆみが店のドアを開け、「カオルン、出る方向で練習しようって」
 「そうか。そしたら、坂本君に連絡しといて」と紫野山さんは言い、俺達はその後、薫子と冬美の話はしなかった。
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-12-31 01:50 | 第二話 「青い光」
     六

 再開後、最初の練習の後、スタジオ近くのロック・バーで、俺は、また、あゆみにタカられていた。
 今日の練習は面白かった。
 スタジオに入った順番から音出しをして、曲を素材に延々とセッションした。だが、誰一人、薫子が録ってきた雰囲気のままに演奏しない。輝広がサビをテーマにやけに粘っこい泣きのギターソロを聴かせるかと思えば、薫子が鳴らした仰々しいオルガンに乗せて、冬美が清々しいファルセットボイスで聖歌隊のリード宜しくAメロを歌い上げたりして・・・・、全く収集が着かなかった。
 誰かが提示する雰囲気を楽しむために乗っかることはあっても、合わせて盛り上げてまとめていこう、などという考えは全く見あたらなかった。
 着いていくのが精一杯、という感じのあゆみは、後半キレた様で、サイケデリックなベースラインを連発し、俺は調子に乗ってハードに着いていったり、全く合わない変拍子を入れ込んでビートを逆にして、また戻ったりと、滅茶苦茶にしていた。
 薫子は笑いが絶えなかった。こんなに笑う女だとは思っていなかった。けして、大声で笑うわけではないが。
 自分の曲をあんな風に弄られて、喜ぶ奴を見たことがない。
 あいつはこういう練習がしたかったんだろうか。
 俺は、一応、最初から最後までカセットを回した・・・・。
 「『癩王のテラス』の練習は、何時もあんな感じだったのか」
 「ううん。前はもっと硬かったな。リズムパターンを決めるのに時間を盗られてね。
 カオルンはパターンに対する執着が結構シビアっていうか。在り来たりなパターンを避けようとするし、同時に、みんなが良い感じになるグルーブを探している気遣いが強くって。
 まあ、気に入らないグルーブだと、冬美ちゃん本当に手を抜いた演奏するからね」
 「今日の練習と一八〇度逆じゃないのか」
 「そうね。今日、カオルン、楽しそうだったな」
 あゆみもそう感じていたことに、俺は驚いた。
 薫子は、責任感が強すぎるのだろうか・・・・。
 「あゆみちゃん、“underground garden”、店閉めるの、聞いてる?」
 ちょっとした会話の間に、あの、ガタイのデカイ、モヒカンの兄さん(名前は紫野山さんという)が、カウンター越しに俺達に声をかけた。
 「え、聞いてない。何で?」
 「何でって、まあ、客が入らんかったからやろ」
 「・・・・坂本さん、店閉めるのか」
 「カミさん、坂本さんのこと、知ってるの?」
 「俺、最初にライブに出たのは、移転する前の、“underground garden”なんだ」
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-12-24 00:03 | 第二話 「青い光」
 俺の混乱を斟酌したかのように、歌はサビに入る前にブレイクして、ピアノとフルートがユニゾンしてメロディーを挿入する。そして、何か吹っ切れた様に、薫子はサビを歌う。
 その繰り返しが終わる瞬間の「間」、右のヘッドフォンの奥の遠くの場所で、「キーッ」と、車の急ブレーキの音が聞こえた。
 その瞬間、場面は鮮やかに転換され、、薫子が息を吸い込むために、唇を開く音が聞こえた。 その瞬間のテンションの高さに、俺は打ちのめされた。
 そして、フルートのソロが、流れ出した。イコライザーで高音を切っているからなのか、エコーのかかり具合が幻想的だ。音数を少なくして、叙情性の排除された冷たいメロディが、正確にコントロールされる。タンポが開く音まで計算しているとしか思えない。
 フルートは、ピアノが演奏を止めた後も、少しだけ続いた。
 ・・・・薫子から渡されたテープを最初に聴いた時のトリップは、そんな感じだった。
 あのミーティングの夜、薫子と冬美が帰ってから、残された三人は、少しだけハッパをやった。
 楽しいパーティーだった。数本のロウソクを灯して、美味いチョコレートを食べ、静かに音楽を聴き、のんびりと春の空気の中に澱んだ。
 余程居心地が良かったのか、あゆみが三時頃にウトウトとしたから、俺は輝広とあゆみに「泊まっていくか。キメている時に外を歩くのは、危ないぞ」と声を掛けた。
 そして、寝間着を出してやり、歯を磨かせて、二階の部屋に寝かせた。
 「この寝間着、オンナモノだけど、私、着て良いの?」
 「ああ、・・・・いいよ」
 「気にしないで、借りといたら?」
 輝広は軽く流して、歯磨き粉をあゆみに渡した。
 「これ小さいから、なんか違うの貸して。
 ・・・・何時も思うんだけど、ホント、歯磨き粉はハッパとは合わないわ」
 それから俺は独り、ミルクたっぷりのコーヒーを入れ、軽い醒めかけの頭にヘッドフォンをして、テープを聴いた。
 続けて、五回聴いた。それ以来、一体何回、俺はこの曲を聴いただろうか。キメて聴いたのは、最初の夜だけだったが。
 「青い光」という言葉が意味する薫子のビジョンは何なのだろうか。テープを聴きながら、何時もそう考えていた。
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-12-17 23:00 | 第二話 「青い光」
     五

 幽かなノイズが、渦を巻いている。
 ペダルから、足が離されて、キュッと鳴き声をあげ・・・・、ピアノがコードを押さえる。
 生すぎて、ガンガンする。ちょっとボリュームを下げよう。
 複雑ではない。だが、儚げなコード進行だ。
 ステレオで録ってるのか・・・・。リバーブやディレイでは絶対に表現できないであろう、箱が鳴らせている左右からの反響音がゆらゆらとして・・・・、その周りにナチュラルなノイズが絡みついて、メチャメチャに気持ちいい。
 そして、一瞬、唇が開かれる音。空気が薫子の鼻腔の中を豊かに吸い込まれ、声が発せられる。
 透明感のある、澄んだ、良い声だ。彼女がアルトを鳴らす時と、鳴り方が一緒だ。彼女の声帯が最も開放的に鳴る鳴り方で、それは鳴っている。
 その声が、素朴だが、キレイなメロディを歌う。
 歌詞は無い。“ラ、ラ、ラ”と、薫子は歌う。おそらく、歌は別録りだな。何処で録っているのか、割と狭くてクローズドな場所で録った時特有のリアルさと、浅いエコーがかかっている。
 トイレ、かな。
 などと考えていると、薫子はサビに入る直前のフレーズで、少し、歌うのを躊躇した。メロディが不明瞭になる。
 だが、サビは、印象的なコードの大きな繰り返しに乗せて、キャッチーなメロディーを歌った。・・・・こんなメロディーを書くとは、想像してなかったな。
 さり気なくフルートのソロが挟まれた。これも、別録りか。録った場所は絶対に風呂だな。ディープなエコーだ。
 二コーラス目、薫子はAメロを少しだけ崩して歌った。この辺は薫子らしい。崩し方が、全然黒っぽくない・・・・。
 などと考えていると、一コーラス目で躊躇したサビ前で、薫子は意を決したように「・・・・アオイ、ヒカリ」と歌った。
 突然発せられた、その言葉が喚起するビジョン、中空を貫く「青い光」が、左右の耳から差し込み、俺の脳室の中心で交差して・・・・、冷たい水滴を落とした。
 何だ、「これ」は?
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-12-10 23:55 | 第二話 「青い光」
 「私が知っていることは、私が聴いた『南蛮』のCDは、ショボかったってことだな。
 まあ、芸歴も長いと色々あるよ。それより・・・・、ああ怖。私、覚えるのって苦手なのよね。これから、全部、やり直しなんて・・・・。大体、スタジオで考えるのも苦手だし」
 あゆみはゴクゴクと赤ワインを飲み干した。
 「でもまあ、何とかなるでしょ。とりあえず、から始めたら?」
 「そうね。それでいい」薫子は俺を見ながら言った。
 その目は、少し嬉しそうだった。
 「じゃあ、とりあえず、私、曲作ってきたから、みんなに渡しておくね」
 ご愛用と思えるブルーの、ボロボロの鞄から、薫子はカセットテープを四本取り出して、みんなに渡した。
 「今、聴くか?」と俺は言った。
 「今は、いい。・・・・恥ずかしい訳じゃないけど、今、この曲についてミーティングしたい訳じゃないから、アプローチは、みんな独りになった時に考えて」と薫子は言った。
 それから俺達は、食べることに専念し・・・・、最後はあゆみが焼きそばを焼いた。キャベツを蒸すのに赤ワインをかけた時にはみんなが叫んだが、・・・・美味かった。小食と思える薫子と冬美も「意外に美味しい」と褒め、俺と輝広は結構食った。
 それから、あゆみは、定期的なミーティングの必要性について言及したが・・・・、惰性になると嫌だから決めるのは止めようと輝広が言い、スタジオで解決できない問題が生じたら、ココに集まって話せば良いと冬美が言った。
 「え? おぼっちゃま、この部屋で宜しいのですか?」と、あゆみが言った。
 「オッサン、タバコ吸わないんでしょ。それに、意外と整頓されてるし、まあ、ココで良いよ」
 “まあ”ですか。“まあ”ね。どうやら、冬美の中で俺の呼称は“オッサン”に落ち着いたらしいな・・・・。
 薫子と冬美は十一時位に、例の如く先に帰った。「もう眠い」と冬美が言い、タクシーを呼んだ。
 タクシーを見送りながら、あゆみは「ねえ、カオルンから聴いたんだけど、良いモノ持ってるんだって?」と言った。
 「良いモノ、とは?」あいつ、やっぱり気付いてたか。
 「・・・・シラ切らないで、ハッパ、あるんなら、ヤラセテよ。きっとあると思って、私、北山通りのゴディバ寄って、チョコレート買ってきたんだから」
 「そうなの。何だ、早く言ってよ」輝広の目も輝いている。
 「・・・・良いよ。じゃあ、今日は最後のパーティだな」
 「なんで」と、あゆみは意外そうな顔をして言った。
 「もう、ハッパは止めることにしたからさ。それが無くても、俺は異世界に行ける・・・・。おまえらと演奏するなら」
 輝広はふふん、という顔をし、あゆみはワイングラスを回しながら言った。「それ、何時か、カオルンと冬美ちゃんにも言った方が良いよ・・・・」と。
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-12-03 00:48 | 第二話 「青い光」
 「それと、シンバルもちゃんとしたの用意して欲しい。
 ついでに言うと、瀧上さんのテナーサックスも、そろそろ虚仮威しのレベルから抜けて欲しい」と冬美は付け加えた。
 「ハイハイ」と輝広は生返事をした。何時も言われているのだろう。
 ・・・・俺は、素直すぎる様な薫子の独白も、冬美の指摘も、本当に嬉しかった。俺のことを踏まえて、バンドのコンセプトを白紙に戻してくれるなんて、とかく便利使いされやすいドラマーとしては、本当に嬉しいことだった。
 輝広とあゆみのCD録音の話も、俺の音を認めてくれるからこそ出たんだなと思った。
 でも、俺には、改めて確かめておきたいことがあった。
 「・・・・薫子、君に訊きたいことがある」
 「何でしょう」
 「君は俺のことを何処で知った」
 「何故、そんなことに興味があるの?」
 「いや、強い興味ではないんだ。ただ、俺が『南蛮』を演っていたのは二年も前だし、それに・・・・」
 言うなら、今しかない。
 「辞めたのは解雇されたからだと知っていて、俺を誘ったのか」
 薫子は、ホットプレートの向こう側から、初めてあった時のように、あの冷たい目で俺を注視した。
 だが、それは侮蔑的ではない。
 冬美は本当に興味の無さそうな白けた顔をした。
 「神ノ内さんを知っていたのは、たまたま、『南蛮』のライブを観たことがあっただけ。初期のね・・・・。それだけよ。それ以外のことは・・・・」
 「知ってたとしても意味がない」冬美と輝広は殆ど同時に言って、目を合わせてお互い苦々しい顔をした。
 「俺達は、この前のライブで、もう十分知り合った」と輝広は言い、「そうだね」と冬美は言った。
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# by jazzamurai_sakyo | 2008-11-26 22:59 | 第二話 「青い光」