人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第二話 「青い光」 第11節の5

 そういえば、冬美はずっと薫子ばかりを見ている。
 そして、時折、俺を。
 さすがに、この変調に気付いたのか、輝広が俺に目配せする。
 どういうつもりだ、冬美?
 俺は、冬美の横顔を注視する。すると、奴は俺を睨んだ。
 その目は、何時もの冷静な目じゃなかった。何か、錯乱している様に見えた。
 そして、冬美は、薫子とあゆみが演出する幻想の野原に、打ち合わせにない、冷たい音の雨を降らした。
 こんなエフェクトを、何時、考えたんだ?
 冬美は、音場を荒涼とした冷気で包み込む。
 そこに輝広が、突然、フランジャーとオーバードライブで大きな雷雲を作り、轟音の固まりで場をねじ伏せる。
 最悪だ。何故、打ち合わせ通りに演じない?
 ・・・・だが、ひょっとすると、この方が良いのもしれない?
 俺は、この混乱の中に長いフィルを入れて、次のパートへの移動を促す。そうだ、この方が繋がる。
 次のパートのソロイストは薫子だ。
 そのはず、だった。だが、薫子は横を向いて、右手を上げ、人差し指を、冬美に向けた。
 冬美の表情が、一瞬凍り付いた。
 小節の頭に輝広がガツンとコードを入れた。
 あゆみがベースにファズを効かせ、高速変拍子リフを出す。さっきのリフに戻ったのだ。
 ソロイストのいない演奏が始まる。これが長くなると、演奏のテンションが、保てなくなる・・・・。そう思った瞬間だった。
 冬美は、躊躇したような、らしくないフレーズを口ごもり、そして俺を見た。初めて見る、不安そうな目だった。
俺は忙しなくビートを刻みながら、同じことを言った。
 “弾け。後戻りは出来ない”と。
 一瞬の躊躇の後、“分かってる”と、薄闇の中で暗く、冬美の赤い唇が動いた。
 そして、エフェクターが調節され、生音に近い音で、堰を切ったように、饒舌なフレーズが流れ出す。
by jazzamurai_sakyo | 2009-05-27 23:55 | 第二話 「青い光」

by jazzamurai_sakyo