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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第一話 「黒猫は踊る」 第1節の2

 俺は、彼女から離れた場所に、ゆっくりと座った。恐らくは、彼女の年齢よりも古いだろう、ボロボロのフルート。それは、黒いセーラー服には、およそ似つかわしくないものだった。
 俺は彼女に釘付けになった。呆然として、目が離せない。
 だが、川面が乱反射して、ラリった俺の視界を遮り、彼女の顔が見えない。
 突然、小さな小さな、けれど本当に芯の入った安定したピッチで、「You don’t know what love is」が流れ出した。ゆっくりと、ゆっくりと、テーマを二回。
 そして、テーマをバラバラに崩して即興した。
 ・・・・キラキラと飛び散った音。小さな小さな破片。
 全ては切り刻まれている。ただ、その音の破片達は、鮮やかな存在感で、俺の目の中で鳴った。
 そして、最後のテーマに帰る時には、即興によって歌われた全ての音が、全て無駄なく機能して構築された。
 まるでエリック・ドルフィのようだ。
 俺は何時の間にか泣いていた。その涙は腕の中の黒猫を濡らした。
 ・・・・しかし、こいつはもう動きはしないのだ。
 俺は顔を上げた。不定型な視界の中に、彼女がこちらを振り返っているのに気付く。
 目尻の切れ上がった冷たい目が俺を直視した。左の眦に小さなほくろがある。
 俺はその瞳から逃れることが出来なくなった。
 俺はふと、四条木屋町で見た、幾つの年なのか皆目検討のつかない、老いた売春婦の幼い瞳を思い出した。
 そして血塗られたような唇が動いた。
 「あの、失礼ですけど、以前、『南蛮』というバンドでドラムを叩いていた、神ノ内さんですよね」
 その声の生命感の無さに俺も切り裂かれた。
 「ああ」
 「今度、私のバンドで叩きませんか」
 俺は「いいよ」と言って、抱いていた猫の頭を撫でた。
 四月の日射しを受けて、その黒い毛は綺麗に光っていた。
 「ただし、この猫の葬式を手伝ってくれたらね」
 「いいですよ。私にください」
 そう言って彼女はフルートを片づけると、死体を受け取った。
 彼女も黒猫の頭を撫でた。
 そして次の瞬間、その死体を、思い切り川に放り投げた。
 中空を飛ぶ、黒い形象。その後を追う、二、三の赤い飛沫。
 彼女の目もそれを追う。
 「何をしたって、彼はもう生きていないのよ」
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by jazzamurai_sakyo | 2008-01-09 00:30 | 第一話 「黒猫は踊る」