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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

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1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

第一話 「黒猫は踊る」 第12節 (第一話最終回)

     十二

 片付けている時にふと気付くと、鍛冶舎タケシの姿はなかった。演奏が途切れる瞬間まで、奴はいたのだろうか。
 打ち上げで行った、前と同じ店の同じ部屋の片隅で、俺は冬美の隣に座った。乾杯が終わって冬美は、ミネを飲みながら囁くように言った。
 「凄く美味しかった。もう少しでイケそうだったのにね」
 睫毛バサバサの奥の瞳に、濃厚なエロスが満ちあふれていた。
 薫子が冬美と一緒に先に帰った後、俺と輝広とあゆみは、また勝手に盛り上がって酒を飲み明かした。
 その日のライブの内容については全く話さなかった。
 ただ、俺は「異世界って何だ」と、あゆみに訊いた。
 既に酔っぱらっていたあゆみは、「ん。勢いで言ったちゃった。だって、違う世界に行けそうに感じたんだもん」と言った。
 そうだな。俺もそう思うよ。・・・・色々、問題はありそうだがな。
 後は、宮坂の話を少しだけした。
 馬鹿話の最後に、輝広が、「長い付き合いになりそうだな」とだけ言った。

 俺は『癩王のテラス』の奴らのことを、まだ良く知らない。どんなオリジナルをやっているのか、奴らがどんな生活をしているのか、奴等がどんな音楽が好きなのか。
 ただ、どんな意志の有り様をしているのかだけは分かる。
 それは音を聴けば分かることだから。
 そして、つい最近まで現実感のない感覚に支配されていた俺が、奴等の音に対することで、実感を持ち始めている。
 音によって、場にあり得る、ということの、厳しい嬉しさを感じている。
 ・・・・宮坂は、奴等の音に対してどんな距離の取り方をしていたのだろう。どんな場所であろうと、人が奏でる以上、今、瞬間に向かって放たれている音は、煌めきながら、凄まじいスピードで死に向かっている。
 あゆみは「宮坂さんの気持ちは少し分かる」と言った。
 あゆみ、俺も分かるよ。でも、他人の生は所詮他人のものだから、コレクションしてもダメだ。聴くという行為が、自分の中の命題と照らして、その本質に向かって積極的にアプローチする行為でなければ、喰われてしまう。奴のスタンスでは。
 俺が喰われる人間なのか、否か、お前達も、冷たい目で俺を見ていただろう?
 だが、それで良い。お互いそうでなければ、一緒にやる意味はないし、異世界には行けないさ。
 次の練習はまだ決まっていない。きっと、あのモヒカンの兄さんがやっている店で、あゆみが伝えてくれるだろう。
 夢の中で良い。黒猫と、変態オヤジに、もう一度会いたい。
 今度は俺が、お前達を踊らせてやる。

     (第1話 終わり)
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by jazzamurai_sakyo | 2008-08-13 01:26 | 第一話 「黒猫は踊る」