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ジャズ侍のブログ小説 ~ 青い光      

jazzamuray.exblog.jp

1990年代半ばの京都を舞台にしたバンド小説を書いてます。文中の場所、人は全く架空のものであり、実在の場所、人との関係は一切ありません。掲載は当面、毎月第一水曜日の予定。

     十五

 冬美は帰る時まで機嫌が悪く、毒を吐いていた。輝広は言葉少なだった。きっと二人は、半身を盗られたように感じていたのだろう。俺だって、今、こいつ等をステージ下から見上げるのは、あまり良い気持ちがしないと思う。
 全体の軽い打ち上げの後、薫子と輝広は、深浦翁と井能さんをつれて飲みに行った。
 俺とあゆみは、寺町御池の「Bar紫煙」に行った。俺は薫子達と一緒に行きたかったんだが、少しブルーなあゆみが帰ると言い、薫子が「今日の歌、良かったんだから、バンドの時もオリジナルを歌うように、あゆみちゃんに言っておいてもらえますか」と頼まれて、あゆみを誘ったのだ。
 土曜の夜だというのに、客はまた、俺達だけだった。
 不意にあゆみが言った。「明日の日曜の夜、空いてる?」
 「ああ」
 「大阪ブルーノートのチケットがあるのよ」
 「誰のライブ?」
 「知らない。カミさん知ってる?」
 あゆみは手帳からチケットを出す。
 「ああ、和製Chick Coreaみたいな奴だろ。こんなチケット、どうしたの」
 「別れた彼がくれた。私、彼と別れちゃった」「・・・・そう」
 「別れてって、私から言ってやった」「そう」
 「予約してたからって、くれたの」「そう」
 「今の職場、辞めるつもりないから、彼との関係は、まあ、ちょっとキツイけれど。
 私は、今までの自分とはサヨナラしなきゃね」
 「仕事は手伝ってやったら。でも、甘やかすのは止めとけよ」
 「そうするわ・・・・」
 俺は突っ込んで聴くつもりもなく、あゆみもそれ以上言わなかった。
 「あ、そうだ。さっきカオルンからカミさんにって、預かったんだけど。これ、この前の“underground garden”の閉店ライブ・イベントの時のオムニバスCD。坂本さんが人数分くれたんだって」
 「・・・・ダサイな、このジャケット。二枚組?」
 「裏見てよ。ちょっとびっくりするわよ」
# by jazzamurai_sakyo | 2011-07-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 ・・・・低くて、暗い歌い方だけど、粘つく感じの無い、すっきりとした歌い方だった。等身大の、あいつの、気持ちの良さが出ていた。
 そうか。あゆみは、今を捨て去って、次の世界に行くつもりだな。歌詞に発言を引用された俺は、少し恥ずかしい気がした。
 そして、アンコールはCarole Kingの「You've Got a Friend」だった。これはあゆみのリクエストだ。名手を従えて、あゆみは自信ありげに歌い切った。
 俺たちが終わったのは、既に十時に近かった。帰ろうとする冬美を見送るため、俺たちばかりか、翁や井能さんまで店の一角に集まっていた。
 どうやら、井能さんはあゆみを気に入ったみたいだ。ベースを教える代わりに、ツアーに同行して歌ってくれないか、というお誘いを、あゆみは丁重にお断りした。
 「大丈夫ですか・・・・、右手は」薫子が翁に言った。
 「ああ、少しくたびれているが、大丈夫だ。ほら、この通り」
 一瞬の出来事だった。翁は右手を伸ばして薫子の胸を揉んだ。蜘蛛の足のように、するすると。
 「草ちゃん!」あゆみが叫んだ。
 「あまり、甲斐がないな」
 そりゃ、“あるやなしや”だもの。
 「・・・・手じゃなければ、叩いても良いですか」と言うが速いか、薫子は翁の頬を軽く平手打ちした。井能さんが面食らっていた。
 「・・・・優しいな。本気じゃないとは。惚れたか」翁はにやりとして右手を離した。薫子の表情は冷静だった。
 「ええ、その通りです。
 私は、深浦さんに惚れました。
 冬実ちゃんにも、先生にも、あゆみちゃんにも、・・・・神ノ内さんにも、惚れてます。それがなにか?」
 「ふん。ワシに何を求める?」
 「何も求めない・・・・。深浦さんが深浦さんでいること以外は。そうね、では、私のバンドにご協力を」
 「入れとは、とは言わないのか」
 「うちは一応、ロック・バンドですよ?」
 「え、そうだったのか」と、俺と輝広は同時に驚いた。
 「・・・・まさかプログレじゃないでしょうね」と、あゆみが言った。
 「フン!」と冬美が鼻を鳴らした。
 「必要な時だけで良いのです。それと、自慢の奥様をご紹介下さいな。料理がお上手なのでしょう?」無視して薫子は続けた。
 「・・・・いいぞ。女の孫が無いから、喜ぶだろう。
 それと、やはり礼を言わねばならんだろうな。
 お前の言う、“ハプニングや間違い”な。つまりそれはワシそのものだ。だから、妻がワシを助け、励ましてくれたようなやり方で、左手がすれば、右手は軽々と飛べるのだ」
 翁の左手は、右手を包み、さすった。
 「ふふふ」と薫子は微笑んだ。
 翁の薬指は血の気も良く、明るい色をしていた。俺は何となく安心したのだが、それに気付いたのか、翁は右手の親指を人差し指と中指の中に入れ、「今日は少し、俺のこいつも熱くなりよったわ」と、ニヤニヤしながらぐっと握って見せた。
 薬指は仕事をやり遂げ、ひっそりと自慢げに添えられていた。
# by jazzamurai_sakyo | 2011-06-01 08:30 | 第三話 「紫の指先」
     十四

 緊張が一気に解けた溜息と、申し分の無い拍手があった後、「では、最後に、あゆみちゃんの歌で、終りにします」と薫子が小さくアナウンスした。
 ボーカルマイクが用意される。
 あゆみは客席から舞台へ上がったが、かなり緊張している。
 「ダメだ。ベース持ってないと落ち着かない」
 ボーカルマイクを素通りして、俺の前に来たあゆみは言った。
 「ベースを弾いている時と特別違うようには感じるなよ」
 「私の歌を聴いたら、きっとカミさんと私、合わなくなるよ」
 何、女みたいなこと言ってんだ、こいつ。
 「大丈夫。俺はあゆみのことを良く知っている」
 「何を」
 「鶴亀算の嫌いなことと、ハスキーな良い声だということ」
 すこし、あゆみの頬が赤くなったような気がした。
 翁がイントロを弾く。まだモノになっていない、あゆみのきれいなオリジナルだ。

 「酷く 孤独 こども
  響く 届く ことも
  期待 したい 何か
  誰か 優しい 仕草

  けれど 待ってて どうするの
  自分を 押し込め 殺しちゃう
  そういうのって もう止めない?

  私と貴方 軋轢を 楽しみたい
  お互いの 孤独を 確認したい
  みんな孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの」

 ふふん。絶対に薫子には書けないし、歌えない歌だな。
 薫子のフルートが、優しく絡む。

 「みんな 孤独 こども
  大人に なんて なれない
  なのに 貴方は 自分だけ
  孤独じゃ ないと 言ったのよ

  だから 私は貴方と さよならする
  私たち 対等でないなら 遊べない
  そういうのって もう止めない?

  私は貴方の 寂しさが 好きだった
  お互いの 孤独が 引き寄せた
  二人孤独 だから 楽しいの
  真剣に孤独 だから 楽しいの

  馴れ合いなら いらない
  対等でないなら 遊ばない だから、バイバイ」
# by jazzamurai_sakyo | 2011-05-04 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 小さな鼻腔が、タバコで汚された空気をそれでも健気に吸い、はちきれんばかりの輝かしい音となって解き放つ。
 客達の、中途半端な、情念、雑念をそれでも吸い込んで、アルト特有の、キラキラした、粒の立った、雑味の全く無い音に浄化して撒き散らかす。
 飢えた客は、ただ、それを享受する。
 その輝きを、しっかりと捉えることはできないのに。
 なんて、汚らしい。だが、崇高な儀式・・・・。
 おっと、俺は崇め奉る気はない。
 ただ何故、俺はこいつに会い、何時も、身を削がれるような緊張感で、この音と対峙しなければならなくなったのだろう、と考えていた。
 捉えることが難しい、スパークしながら走り去る閃光。
 眩し過ぎる。だが、こんなに怖くて、楽しいことはない。
 薫子は激情には駆られない。むしろ、次第に冷えていくのが分かる。
 その速度が、硬度が増す程に、俺の力も満ちていく。身体は熱くなるけれど、心は落ち着いていく。
 翁のピアノソロを聴いてから、なんだか、余計な意識が抜けた気がする。俺は、薫子を聴き、薫子は俺を聴いている(ような気がする)。
 俺は運命など信じない。
 だが、出会うべき者は、必ず出会うと信じていた。
 今、はっきりと俺は薫子に出会った必然を感じていた。
 薫子は、「“思い”は残ると信じている」と言った。
 音楽は奏でられる端から空中に消え去る。どんなに音の良い録音をしようが、その生命は削がれ、再生されるたびにまた削がれて行く。人の心にも偏った残像しか記録されない。
 だが、逆に、どんなに音が悪かろうが、断片になろうが、強い“思い”は、決して滅ぼすことが出来ないのだ。
 俺は、それをEric Dolphyの「Last Date」の中に、何時でも鮮明に感じることが出来る。
 だから、そう言い切った薫子に驚いた。
 何故なら、薫子にも、この二十歳前の女の子の中にも、それを感じるからだ。
 きっとこいつは、何処かで、強く決意したのだ。
 それがどんな決意であって、何を成そうとしているのかは、分からない。だが、即興演奏という終わりの無い旅に、向かおうとする人の決意であることは分かる。
 俺も、一緒に行って良いか?
 “そうね。今くらい、しっかりと話せればね”
 薫子の声がしたように感じた。テーマに帰る時間だ。
 本当に楽しかった。
 足元には暗闇が広がる。常に新生しなければ囚われてしまう暗闇。俺たちは必死にスパークする。その光が一時の安らぎに向かう時間。
 薫子が、翁と井能さんの分厚い音に乗り、イントロにも増して、明確に、「Confirmation」を吹奏している間、俺は、二人で共に創造する解放と神秘を、共有できる時が来るのだろうかと、夢想した。
# by jazzamurai_sakyo | 2011-04-06 08:30 | 第三話 「紫の指先」
 被せて入った翁のフレーズは軽やかだった。右手がメロディーを紡ぎ出す。左手が寄り添い助ける。時々右手が言葉足らずになりそうな時、左手がそれをしっかりと説明するフレーズを紡ぐ。そして、さらに右手はジャンプしていく。
 右手がアイデアを提示し、歌い切れない所は、左手が十分に歌って、ストーリーを完璧なものに近づけていく。
 そう、「アドリヴは一瞬の閃光」。示されたその光の先へ、倒れることなく右手と左手は先頭を譲り合いながら、走り去っていく。それがとても美しい。
 薫子が笑っている。なんて無邪気に、子どもの顔で。
 このジジイは、もう心配なさそうだ。やれやれ、また厄介で魅力的な知り合いが増えてしまったようだ。
 そしてピアノソロが終わる。テーマに帰る手前で、左手にフレーズを歌わせながら、翁は立ち上がり、薫子と俺を指差す。“ワンコーラス、二人でやれ”と。
 すぐさま薫子が翁をリスペクトしたような流麗なフレーズを吹く。俺は、少し驚いたが、アクセントを付けて次の小節へ。
 そうか。まだ楽しんで良いのか・・・・。
 翁と、井能さんが俺を見て笑っている。しまった、嬉しげな顔でもしていたのだろうか。どうせガキですよ、三十前なのに。
 と一瞬考えたのもつかの間、俺は二人の世界に入っていく。
 俺は薫子を見つめる。コードの呪縛から離れようとして、でも曲想が提示する世界を否定することなく、自由に飛び回る薫子の音と、指と、頬と、唇と、目を。
 なんて美しいんだろう。そしてなんて怖い。
# by jazzamurai_sakyo | 2011-03-02 08:30 | 第三話 「紫の指先」

by jazzamurai_sakyo